第37話 欲望のままに
睡眠を邪魔されたローゼリッテは紫音を睨み付けたと思ったらそのまま二度寝しようと再び棺桶の中に入ろうとしていた。
「なっ!? お、おい、待て! 話があるんだから二度寝しようとするな」
慌てて紫音が呼び止めると、あくびをしながらむくりと体を起こしてくれた。
「……? アナタ……だれよ?」
そう尋ねられたため紫音は手を差し伸べながら素直に答えた。
「俺の名前は天羽紫音。よろしく、ローゼリッテ」
差し伸べたその手に目もくれず、ローゼリッテは再びあくびをしながら再び言った。
「どうもはじめまして……。アタシの名前は……だれかに聞いたのね。……それにしてもアマハ……シオン……?」
この世界の人間にはやはり聞き慣れない名前であったようで首を傾げている。その後、少し思い出すような仕草を見せると、
「ああっ! アナタ、アタシによくわかんない方法で気絶させた人間ね。ねえ、いったいアタシになにしたのよ!」
ハッと襲撃の時に出会ったことを思い出して紫音に詰め寄ってきた。
「いや……その話はまた今度ってことで……今は俺の話を聞いてくれないかな?」
「……? まあ、別にいいけどなんの話?」
聞く耳を持ってくれたローゼリッテにさっそくこちらの目的について要約しながら話した。話している途中、時折苦い顔をしながらも最後まで話を聞き終えたローゼリッテは紫音に向かって言ってきた。
「話は大体理解したけどずいぶんと夢物語な話ね。亜人が、それも多種多様な種族が暮らす国なんて実現不可能だと思うわよ」
腕組みしながらローゼリッテはフィリアの夢に対して否定的な言葉を発した。
彼女の言うことはもっともである。紫音もローゼリッテと同意見で本当にそんな国を創れるのか不安に思っていた。下手をすればフィリアですら本気でそのような国を創りたいと思っているのか怪しいところがある。
それでも彼女に協力すると約束した以上、紫音は全身全霊をもってフィリアの夢に協力するとあの夜、誓ったのだ。
「……でも、俺たちは本気でお前の言う夢物語を実現したいって思っているんだ」
「そう、なるほどね……。つまりシオンはアタシにその夢物語の実現に協力しろって言うのね」
話の流れを読むのが早いローゼリッテはこちらから頼む前にその内容についていち早く理解してくれたようだ。
ローゼリッテは少し考え込む素振りを見せた後、紫音たちの方を見ながら言ってきた。
「それで、アナタたちに協力するとしてアタシにいったいなんの得があるのかしら?」
「それはつまり、見返りが欲しいってことか?」
「ええ、そうよ。損得勘定なしでアタシが動くとでも思ったの。あわよくば一日中動かずに寝て過ごしたいアタシがアナタたちのために働くのよ。魅力的な報酬がなくちゃやってられないわ」
どうやらローゼリッテは、紫音たちに協力する対価として彼女が喜ぶ報酬を望んでいるようだ。
しかも魅力的な報酬という抽象的なものを提示しており、いったいなにを差し出せば、ローゼリッテは仲間になってくれるのか。
まだ彼女と会ったばかりで何も知らない紫音にとってその質問は、なかなか解くことができない難問のようなものであった。
答えが出ず、難色を示していると、フィリアが紫音の横に立ち、助け船を出してくれた。
「だったらまず、あなたの首に付いているその奴隷の首輪、外してあげるわよ」
ローゼリッテの首元を指差しながらそう提案していた。
彼女の首に目をやると、フィリアの言う通り確かに鉄製の首輪が付けられている。この首輪が奴隷の証となっているなら本人としても今すぐ外したいはず。
そう納得した紫音だったが、ここで一つ疑問が浮かぶ。
「そうね。アタシとしては確かに魅力的な報酬ね。……だけど、どうやって外すつもりなのかしら? アタシが吸血鬼だからということもあってこの首輪、特注品で複雑な術式が埋め込まれているのよ」
ローゼリッテも紫音と同じ疑問を持っていたようだった。言葉にするのは簡単だが、奴隷の証となる首輪がそう簡単に外せるわけがない。
しかも特注品ということもあり、一筋縄ではいかないようだ。
いったいどのような方法で首輪を外すのだろうか、紫音は心配そうな表情を浮かべていると、フィリアの口が開いた。
「ディアナ、あなたならできるわよね」
「まあ、時間はかかるだろうが、あの程度の魔法術式なら問題なく外せるはずじゃよ」
「……え?」
「そう、なら解決ね。……ああ、それと背中の羽も元通りになるわよね」
「それはどうじゃろうな。原因が分からないうちはなんとも言えぬな」
「ちょっ!? ちょっと待ちなさい!」
フィリアの二つ目の提案の内容に驚いたのか、ローゼリッテはひどく慌てた様子を見せていた。
「……羽っていったいなんのことだ?」
事情を知らない紫音にとってフィリアの放った言葉にひどく疑問に思ったので質問せずにはいられなかった。
「本来、吸血鬼には背中に羽が生えていて飛べる種族なのよ。それなのにこの娘、私と戦ったとき一度たりとも飛ばなかったのよ」
「それで儂に調べるよう言ってきたのじゃよ。……それで
「再生……? そんなこともできるのか?」
そんな質問を投げかけると、ディアナの代わりにフィアナが答える。
「できるわよ。というよりそれがこいつら吸血鬼族の厄介な能力なのよ。骨を砕かれても再生するし、極端に言ってしまえば、胴体が欠損してもしばらくすれば再生してしまうわ。だから背中の羽だって本当なら元通りになるはずなんだけど……ローゼリッテ。なにか原因について心当たりはあるかしら?」
フィリアは原因について問いかけてみた。その質問に彼女は言いにくそうな表情を浮かべながらも重い口を開いた。
「……詳しく言いたくないから簡単にだけ話してあげる。奴隷時代に一人の主人に虐待を受けた結果こうなったのよ。そいつかなりのサディストでアタシが不死身なことをいいことに様々な拷問をしてきたのよ。」
原因となったであろう過去を振り返り、苦い顔をしながらもローゼリッテは話を続ける。
「その中の一つにアタシの羽をむしり取り、再生したらまたむしり取る。そんなことを繰り返してきたのよ。アタシの悲鳴を聞くたびに悦に浸っていたものだから、さすがのアタシもこれには怖くなってそれから羽だけはどうしても再生しなくなったのよ」
その話を聞いたディアナは少し考え込む仕草を見せながら言った。
「どうやら最初に羽を痛めつけられたせいでその部分の再生に自分自身、恐怖を抱いているようじゃな」
「それで羽だけ再生できなくなってしまったのね。……それで今の話を聞いて治療はできそうかしら?」
「まあ、問題ないじゃろう。儂の見立てでは、体に異常は見られなかった。おそらく精神的な問題をかけているだけじゃから時間をかければ自然と治るはずじゃよ」
ディアナのその言葉にローゼリッテは少しだけ嬉しそうな表情をこぼしていた。治ると聞いたフィリアは彼女の方を見ながら言ってくる。
「私たちからあなたに出せるものはこれで全部よ。十分魅力的な報酬のはずよ」
「……うっ!?」
フィリアたちから出された提案にローゼリッテは困惑した顔を見せる。冷や汗を流し、おどおどと目を泳がせている。
(……この状況はまずいわね。まさか羽まで治す見込みがあるとは……。無理難題を押し付けたはずが、すっかり条件に見合ったものを出されてしまったわ。アタシは日々、
思ったように事が進まないことにローゼリッテは慌てていた。
このままでは労働を強いられる未来が待っているためそれだけは絶対に阻止したいと彼女は強く願っていた。
そのためにはどうすればいいか考え抜いた結果、ある結論に辿り着く。
「そ、そうね……。たしかに魅力的な報酬……ね」
「……それじゃあ」
紫音が淡い期待をしながら次の言葉を待っていたが、ローゼリッテから放たれた言葉は紫音を落胆させた。
「でも、もう一つ欲しいところ……だわ」
「なっ!? あ、あなたね……。これだけやってまだ足りないって言うのかしら」
あまりにも欲張りな態度を示すローゼリッテに対してフィリアは、体を震わせ、今にも怒りそうな状態だった。
「そ、そうよ。ずっとアタシに協力させたいなら永続的に出せるものでなくちゃいけないわ。アナタたちが出せるものは首輪を外したり、治療が終わったりしたらそれで終わりじゃない」
ローゼリッテが望むものは、それで終わりのものでなく、恒久的に出せるようなものがご所望のようだ。
しかしそれなら、紫音に考えがあった。ここは紫音がいた世界とは別の世界。長年この世界を生きてきたローゼリッテでも前の世界の知識をもってすれば、その中のいくつかに興味を示すものを出せるはず。
材料などこの世界でも手に入るかはまだ不明だが、時間をかけて出していけばいい。そう考え、この提案を出してみようとするが。
「言っておくけど、これから先とか、いつかなんて不確定なものはダメよ。今すぐ出せるものじゃなきゃ協力しないわよ」
紫音の考えた提案は、今の言葉であっさりと崩れてしまった。
残り三人も出せるものはないといった様子で下を向いていた。その様子にローゼリッテは勝ち誇ったような顔を見せる。
(予想通り、これでアタシは働かずに済むわね。なにも出せないなら頃合いを見てここから逃げ出そうかしら。……そうね、そうしましょう…………あっ、あれ? ま、まずい。)
そのとき、ローゼリッテの体に異変が生じる。
体が熱くなり、あるものへの欲求に駆られる。すぐにでもそれを手に入れ、欲求を満たしたいという気持ちが強くなる。
抑えきれない衝動、乱れる息。……そして目の前には若い健康体の肉体がある。
(はあ…………はあ……もう……我慢……できない……)
理性を保つのに限界がきたローゼリッテは、後先も考えずに本能のまま行動しようとする。
紫音の方へと腕を伸ばし。
(あと……少し……)
欲望にまみれたその手が紫音に襲い掛かろうとしていた。
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