第35話 救われた命
あれからいったいどれくらいの時間がたったのだろうか。
「……ん…………んん…」
鳥のさえずる声、朝日が差し込む光によって紫音は、長い長い眠りからようやく目を覚ました。
目を覚ました紫音はまず、体を起こそうとするが、
「……うっ!」
突如、激しい胸の痛みに襲われる。胸元に視線を送ると、身に覚えのない包帯が巻かれていた。
痛みに耐え、なんとか体を起こした紫音はとりあえず辺りの状況を確認する。すると、ここがどこだかすぐに分かった。
(ここは……ああ、フィリアの家か)
なんだか見覚えのある部屋だと思ったらつい最近まで寝泊まりしていたフィリアの住処だった。
なぜ俺はこんなところに、そんな疑問が浮かんできたが、徐々に何があったのか思い出してきた。
獣人族のリースとレインに会ったことから……紫音が敵に斬られたことまで。
この包帯はそのせいか、と紫音はようやく理解した。
「また……生き延びたのか」
紫音はベッドに横たわりながら深くため息をついた。
今回の件に関しては完全に自分のせいだった。自分に見合わない能力を身に着けたせいで慢心や
元々紫音は死を求めていた。
そして今回の自分の失態の責任を取るためあの時死んでしまってもいいと思っていた。しかし、フィリアの拘束を解いた後、意識を失いそうになったとき。
(あの時……なぜか、まだ死にたくないと思ったんだよな)
紫音の中で死にたいという気持ちはだいぶ薄れていた。
それはフィリアと交わした取引も要因の一つだろうが、紫音が思うに誰かに求められているという事実がこの想いを引き起こしたのだろう。
前の世界でも、求められることはあったが、それはすべて自分の利益を得るために紫音を利用してやるという
フィリアに関してもおそらく紫音を自分の目的のために利用しようとしていたことは紫音自身、薄々感づいてはいたが、不思議と邪な感じはしなかった。
昔からそういう悪いものには敏感だったのだが、フィリアの性格のせいか、それとも感情を表に出やすいせいなのか紫音にもよくわからなかったが、それでもフィリアに求められることに悦びを感じていた。
そんなことを考えていると、鈍い音を立てながらドアがゆっくりと開いた。ドアの方に首を回すとそこにはリースの姿があった。
なんでここにリースが、と紫音が不思議に思っていると、リースは目に涙を浮かべながら。
「……し、紫音さん。よかった……目が覚めたんですね」
「ああ、ついさっきな……」
その返事に対して安心した顔をした後、ディアナたちを呼びに再び部屋から出て行った。
紫音はというと、ディアナたちがここに来ることに気まずさを覚えていた。それもそのはず、ディアナの忠告を無視して行ったのにこんな有様になって戻ってきてしまった。どう顔向けしたらいいのか分からず苦悩していた。
しばらくすると、リースに連れられてディアナとフィリアが部屋に入ってきた。ディアナは紫音に対して特に何も言わず、傷の様子を見ており、フィリアの方はなぜか頬を赤くし、こちらをチラチラと見ていた。
「ふむ、どうやら傷の方はだいぶ治ってきているようじゃな。もう少し安静にしておれば完治するはずじゃからそれまでは大人しく寝ているのじゃぞ」
しばらく紫音の体を診察していたディアナにそう言われ、紫音はほっと胸を撫で下ろした。ひとまずケガについては安心したが、依然として何も言ってこないディアナに耐えかねた紫音は、
「そ、その……ディアナの忠告を無視して敵に挑んでしまって……あの……とにかく本当にごめんなさい!」
頭を下げながら深く謝罪していた。それに対してディアナはため息を深く吐きながら紫音に言った。
「それについてはもうよい。そのおかげでフィリアが助かったのじゃからな。むしろこちらとしては感謝したいくらいじゃ。……しかし、儂の忠告を無視したことは事実じゃからな……今回のことはよく自分の胸に刻み込んでおくことじゃ。まあ、紫音は賢い方じゃから儂に言われんでもどうしてこんなことになったのか理解しておるのじゃろ」
「それはもう……痛いほどにな」
紫音の表情や言動を見たディアナは、それに対して満足したような表情を浮かべながらうんうんと頷いていた。その後、ディアナはハッと何かを思い出したかのように表情を変え、紫音に耳打ちするように言ってきた。
「それとシオンよ。お主につけられていた無数の傷跡や痣の件じゃが……触れないほうがよいか?」
「……っ!?」
おそらく傷の治療を行ったときに気付いたのだろう。
両親に傷付けられた痛々しい記憶をディアナに知られてしまった。
「悪いけど……あまりいい話じゃないから触れないでくれ」
紫音自身、この傷について語れるほど精神が強くなかった。
「そうか。それならこのことについてこれ以上は追及はせんよ。他に知っておるのは儂とフィリアだけじゃが、フィリアの方には後で口止めしておくから安心せい」
「悪い……。助かる」
「気にするな。………そういえばそうじゃ。……紫音、話は変わるがお主フィリアに感謝することじゃよう。フィリアのおかげで紫音は助かったようなものじゃからな」
その言葉に全く身に覚えのない紫音は小首を傾げる。何をしてくれたのかさっぱり分からなかった紫音は答えを求めるためにフィリアに視線を送るが、まるでこちらを見ようとしていなかった。
ちなみにリースも紫音同様、何も知らないようで首を傾げていた。
そんな状況を見かねたディアナが代わりに説明する。
「シオンは自分の身に起きたことはどこまで覚えておる?」
「ええと、確か……敵に胸を斬られて重傷を負った後、フィリアを拘束していた術者を倒したところ……までかな?」
ディアナの質問に対して記憶の糸を辿りながら答えた。
「そのとき、どうやらシオンはすでに虫の息だったようじゃ。すぐに治療しなければ死んでしまうほどにな」
そんな事実を突きつけたディアナはそこで一息入れ、続ける。
「しかしその場には治癒魔法など治療できる手段がなくてな……そこでディアナがシオンと『竜血の儀式』を行ったのじゃ」
「……? その……『竜血の儀式』っていうのはいったいなんなんだ?」
初めて聞く単語に紫音はオウム返しのように聞き返した。
「ああ。その儀式は、竜人族にしか行えない儀式でな……主に女性の竜人族が男性の竜人族に対して行うものじゃ」
「……竜人族? でも俺は人間だぞ」
「そうなんじゃよ。本来は竜人族同士で行うものであって今回のように人間に行ったという前例はないんじゃよ。……まあ前例がないだけでどうやらシオンのおかげで人間に対しても儀式を行えることは立証できたようじゃがな」
自分の知らなかった知識を増やせたことにディアナは喜びを感じていた。
しかし、今の説明を聞いてもまだ疑問に残っていることがある。
「俺にその儀式を行ったのは分かったが、それがどうして俺が生き延びたことにつながるんだ」
紫音の問いかけにディアナは再び答える。
「この『竜血の儀式』は元々、男性の竜人族を強化させるために行っていたんじゃ。簡単に言えば、女性の竜人族が持つ力を儀式を通して男性の竜人族に受け継がせることができるのじゃ」
「受け……継ぐ?」
「そうじゃ。例えばその者が持っておる能力や魔法などじゃな。今回の場合じゃと竜人族が持つ高い生命力や自己治癒能力のおかげで儂のところまで来るまで命が持ったようじゃな」
そこで紫音はディアナの言った意味がようやく理解できた。
治療させるためにディアナのところまで向かいたかったのだが、このままではそこに辿り着くまで紫音の命が持たなかった。しかし、フィリアが儀式を行ったおかげでなんとか命を繋ぐことができた。そこまでは今の話を聞いて理解しているのだが、ここでまた疑問が生まれる。
「じゃあ……なんで助けてくれた張本人があんな状態なんだ?」
恥ずかしそうに両手で自分の顔を覆っているフィリアを見ながら言った。
フィリアは時折、「うぅ……うぅ……」と唸っているだけでまるでこちらの質問を聞いていなかった。
ディアナはため息をつくと、やれやれといった表情をしながら再びフィリアの代わりに答える。
「それはじゃな。おそらく儀式を行うために必要なことが原因だったようなんじゃ」
「……ん?」
「儀式を行うためには二つ必要なものがあってな。まず一つ目は女性の竜人族の血を相手に飲ませること。二つ目は儀式を行う者同士でせっ――むぐっ!?」
肝心な説明をしている中、突然フィリアがディアナの口を塞ぐために襲い掛かってきていた。身長差が大きいためフィリアがディアナに飛び掛かる形になっている。
「よ、余計なことは言わなくていいのよ!」
「むぐっ……し、シオンが知りたいと言っておるのじゃから別に話してもよかろう」
「だ、ダメよ……。そんなの私の沽券に関わるわ。紫音が助かったんだからいいじゃない」
「しかし……それではシオンは納得しないじゃろ。大体お主はいつまで顔を赤くしておるんじゃ人間より遥かに生きておるくせに」
「そ、それは……」
「シオンとしたせいじゃろ」
「えっ!? 俺、いったいなにされたの? ねえ、フィリア!」
二人が言い合っている中、どうやら紫音にした行為が原因でフィリアがこんな状態になっていることが分かったので、真相の究明のためにフィリアを問い詰める。
「だ、だから……それは……」
「どうせいずれバレることじゃから早めに行った方が身のためじゃぞ。何なら儂から言ってやろうかお主がシオンにせっ――」
「だから言いたくないのよ! 紫音とキスしたことなんて…………はっ!?」
口が滑ってしまい、紫音に知られたくない事実を口にしてしまったフィリアは顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせていた。
なるほど、ディアナが言いかけた言葉はおそらく『接吻』のようだ。なんとも古風な言い方だが、そんな事実を知った紫音は。
「はあ、そんなことか……」
なんとも気のない返事をしていた。この態度が気に食わなかったフィリアは紫音に対して無性に腹が立っていた。
「なによその態度! この高貴な私がキ、キスをしてあげたんだから喜んだらどうなのよ!」
「いや、だってお前……何百年も生きているのにキス一つでこんなに慌てているなんて思わないだろ。……なんというか、喜ぶ以前に……呆れた?」
「なっ!? あなたっていう人は本当に……もう知らない!」
すっかり拗ねてしまったフィリア。さすがの紫音も今のはまずかったなと後悔した。助けてくれたのは事実だからフィリアをこんな風にしてしまうのは不本意であった。
「ごめん、フィリア。助けてくれた恩人にこんな言い草なかったよな。フィリア……助けてくれてありがとうな」
そう言うと、フィリアはふんと鼻を鳴らしながら。
「まあ、私も紫音に助けてもらったんだからもういいわ。大人な私に感謝することね」
小さい体でそんなことを言っているフィリア。いろいろと言いたいことがあるがまた拗ねられるのも困るので今日のところは何も言い返さないでおこうと誓った紫音であった。
今はとりあえず、自分が生きていることを噛み締めておこう。
これから先も今日のことを忘れないためにも。
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