第29話 吸血鬼の少女 ローゼリッテ
先に動いたのはフィリアの方だった。
まずは様子見ということで巨大な拳を振り上げ、そのままローゼリッテに向けて放つ。
ローゼリッテは避ける素振りを見せず、真っ向から向かい打つ。
ドオオオンッ!!
爆発にも似たけたたましい音が辺りに響き渡る。
「なっ!?」
突如、フィリアの目に信じられない光景が飛び込んできた。
振り下ろされたフィリアの拳をローゼリッテの小さな両手で受け止められていたのだ。まさか、紫音と同じようなことができるものが他にもいるなんて思いもよらなかったフィリアは悔しそうに苦虫を噛む。
「い、意外と、アタシの力でもなんとかなるものね……。……ああ、でも、もうムリ。重いし、支えきれないし……あとなんかだるいし、もう……限界……」
受け止めてはいるものの相当無理をしていたのかプルプルと身体を小刻みに振るわせており、悲鳴を上げている。
「うぅ、こうなったら……《チェーン・ブラッド》!」
次の瞬間、赤黒い鎖がローゼリッテが先ほどまでいた森から突然現れ、その鎖はフィリアの腕に
「こ、このおぉっ!?」
ギイィンッ!
鎖を振り払おうと力任せに引っ張ってみるが、その鎖は地面にも突き刺さっており、まるで植物のように根付き、固定されているため振り払うことができない。
「ムダよ。その鎖はそこら辺にあるような鎖とはわけが違うのよ。何しろ強度が別格なのよね」
いつの間にかフィリアから少し離れたところに移動していたローゼリッテが得意げに話していた。その内容の意味が分からないでいたが、ふと嗅ぎ慣れた匂いが鎖から漂ってくる。
「……この匂いは……血か」
「そうよ。アタシたち吸血鬼族は血を自由自在に操れる能力を持っているのよ。おまけにその鎖にはアタシの魔力も込められているからそう簡単には壊れないわ」
吸血鬼にしか保有していない固有
このスキルはただ血を操作するだけでなく、液体から個体にそして形すら変幻自在に変えることができる。
しかし、このスキルを発動させるにはそれ相応の血が必要となる。フィリアほどの大きなものを拘束するには当然、大量の血を要するはずだが、それだけの量をローゼリッテが急遽、用意できるはずもない。
「くっ……これほどの血……いったいどうやって……」
「さっきまで向こうで休んでいたときに偶然、ちょうどいい材料を見つけられたおかげよ。……それ全部、魔物の血よ」
(そういう……ことね……)
群れを成している魔物に出くわしたのならそれだけ大量の血を獲得することは容易なこと。こうなる展開を予想していたのか、それともただの偶然かは定かではないが、現段階ではローゼリッテの方が戦況を有利に運んでいる。
「魔物を倒すのはしんどかったけど……おかげでまだまだ血液のストックはあるわよ」
突如、ローゼリッテの背後に複数の赤い球体が現れ、その球体は宙に浮いていた。話から察するにこのすべてが魔物から採取した血。あれほどの数があれば、フィリアを捕獲することもそう難しくない。
そう考えたフィリアは、距離をとるために翼を広げる。繋がれた鎖のせいで引き離すことは叶わないが、それでもローゼリッテから少しでも離れるための苦肉の策であった。
(……はっ!? しまった……もしあいつも同じように飛んできてしまったら空中戦では勝ち目がないじゃないか)
吸血鬼族にも竜人族と同じように翼という飛行手段が備わっているため空中戦に持ち込まれてしまえば、鎖という枷が付いているフィリアが不利となってしまう。そのことを後になって気づいてしまい激しく後悔した。
……しかし、
「ふうん、空に逃げるのね。……だったらこの手で行こうかしら」
なぜか飛ぼうとする素振りすら見せないローゼリッテ。その代わりに球体の一つを器用に操作し、フィリアの頭上に陣取らせる。
「《
詠唱後、球体はぐにゃぐにゃと暴れまわり、やがてそれは複数の槍へと形状を変える。
「なっ!?」
フィリアが驚くのも束の間、ローゼリッテは腕を天高く上げ、
「血の槍よ。串刺しにしなさい!」
勢いよく振り下ろした瞬間、まるでそれに呼応するように一斉に降下を始める。銃の弾丸のような速さで向かってくる血の槍がフィリアを襲う。
「まだよ!」
それに対応すべく、即座に炎の球を数発放ち、応戦する。いくつもの爆発が夜空に広がり、黒く染まる空に真っ赤な明かりが灯される。
この光景にすべて撃ち落としたと思ったフィリアは一時の安堵を漏らすが、爆発の中から何本もの槍が飛び出してくる。
「ガアアアァッ!?」
撃ち漏らした槍がフィリアを襲い、四肢や背中、翼に突き刺さる。
キイイィン。
そんな中、ふと金属同士がぶつかるような音がしたと思えば、急にフィリアの体が軽くなる。
「……あ、しまった」
「……っ!? しめた」
無作為に襲い掛かる槍の中で偶然にも地面に伸びていた鎖にも衝突してしまい、破壊されてしまうというローゼリッテも想定外の事態が起きてしまった。
これを好機と見たフィリアは即座に横へと旋回し、残る槍を躱す。突き刺さった部分からは血が漏れ出し、動くたびに痛みが走る。
長引くと戦況が不利となると判断したフィリアはここで決めるべく勝負に出る。
「喰らえええぇッ!」
さきほど放った炎の球より大きくないが、比較にならないほどの無数の炎の球が雨のごとく降り注ぐ。
(これなら獣人たちに被害は及ばないはず)
この戦況下で以外にもフィリアは冷静に状況を把握していた。
本来の威力で攻撃してしまっては獣人族にも被害が及ぶ可能性がある。それでは紫音との約束を反故にしてしまうための苦肉の策。威力が小さくともこれほどの数をくらえばさすがの吸血鬼といえども無傷では済まない。
「はあ……あれだけ串刺しにしたのにしぶといわね。……そろそろ終わりにして休みたいわ……。…………ん、そうね。あれで行きましょう」
昼間にもかかわらず蛇牢団の連中に活動させられていたため体力的に限界を感じていたローゼリッテも勝負に出る。
炎の雨が襲い掛かる中、彼女の頭の中にはフィリアを捕獲する方法がすでに思いついており、ローゼリッテの顔から不敵な笑みがこぼれていた。
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