第20話 負けられない男
相手は紫音よりも背丈も体つきも大きい獣人族のジンガ。
獣人族としての能力も合わせると、この戦いの結果は誰の目からも火を見るより明らかであった。
しかしそんな不利な状況の中、二人だけはある可能性と勝利を望んでおり、敗北という二文字を頭に持ち合わせてはいなかった。その二人とは、フィリアと紫音のことである。
フィリアをも倒す紫音の能力が獣人族のジンガにも通用するのか否か、これから行われる戦いはまったくの未知の領域。
しかし、もしもジンガ相手にフィリアと同様の現象が起こるとすれば、この能力にある仮説を立てることができる。
そう考えた紫音はこの不利な状況下の中でも笑みがこぼれる。紫音の持つ好奇心や探究心が彼の表情をそのように変えさせた。
「ほう、この場において恐怖を見せないか。威勢のいいことだが、それもいつまで持つかなっ!」
言葉を言い終わると同時にジンガの
開始の合図でもあるのだと思っていた紫音にとって予想外の攻撃に思わずたじろいでしまう。そのせいで防御の姿勢に入るのも遅れてしまった。
ドゴォッ! あまりにも力強い拳圧に紫音の顔面に直撃したのち、後方に向けて風が吹き荒れる。
その強さは紫音が身体強化魔法をかけた状態で打つ拳よりも強力であり、常人であるならば一発で打ちのめされるほどであろう。
「どうやら勝負の合図でも待っていたようだな。……だがこれは喧嘩だ! 人間には悪いが、『よーいどん』なんてお行儀のいい始め方はこちとら望んでないんだよ!」
ジンガには確かな感触があった。防御をとらせることなく、振り下ろした拳が間違いなく紫音の顔面に直撃したその感触がジンガの拳に確かに残っていた。
彼自身、これで終わりだと勝利を確信したが、
「……これがお前の全力の攻撃か?」
「な、なんだと!?」
それはまるで泡のように儚く消えていった。
まさかと思い、ジンガは振り下ろした拳をもとに戻し、紫音の様子を確認する。
「き、貴様ぁ、一体何をした」
紫音はまったくの無傷であり、まるでジンガの拳が当たっていなかったように見える。信じ難いこの現状にジンガはただ恐怖した。
ジンガのその顔を見た紫音は満面の笑みを浮かべ、胸中でガッツポーズをとる。
「どうやらお前にも通用するようだな。とすればこの能力、もしかしたら俺の予想通りの能力なのか」
「な、なにをごちゃごちゃと訳のわからんことを言っている!」
「もう少し試してみるか……おい、ジンガ! もっと全力でかかってこいよ!」
能力の実験に付き合ったもらうため、ジンガに攻撃を仕掛けさせるよう挑発の言葉を発した。
「な、な、舐めるなよっ! 人間風情がっ!!」
紫音の挑発に乗ったジンガは両拳で交互に振り下ろし、拳打の連撃をお見舞いする。
ドゴッ! ドスッ! ボゴッ!
という拳から発する鈍い音が紫音に直撃するごとに何度も繰り返される。ジンガは何度も何度も腕の力が尽きるその時まで必死に打ち続けた。
それはジンガにとって短いようで長い時間だった。腕の力がとうとうなくなり、打ち続けていたその拳にジンガは静止をかけた。
全力の攻撃を何度もしていた反動で肩を上下に揺らしながら息をしていた。
「はあはあ…く、くそぉっ!!」
しかしジンガの全力の攻撃も空しく、さきほどと変わらず紫音は平然とした表情を立っていた。
紫音の顔、腹、腕、頭というあらゆる体の部位にジンガの拳の連撃をお見舞いしたというのに紫音はびくともしなかった。
この光景にジンガは目の前にいるのがただの人間ではなく、正体不明の化物という認識に変わり、恐怖が沸き上がり、体の震えが止まらずにいた。
「もう、終わりか? それじゃあ次はこっちの番だな」
ジンガの攻撃が終わり、次は紫音のターンと宣言し、ジンガと同じように拳を握り、そのままジンガのみぞおち向かって振り下ろす。
「っ!?」
瞬時にジンガはお腹に力を入れ、紫音の攻撃に真っ向から向かうような姿勢を取る。
ジンガにもプライドがある。攻撃においてジンガは圧倒的に負けていたが、このまま負けを認めるわけにいかなかった。フィリアという尊敬を抱いている人の目の前で敗北を喫することはフィリアを失望させることと同じ意味になるためそれだけはなんとしても避けたかった。
それに、ジンガにはまだまだ余裕がある。紫音の細い腕であれば威力は大したことなく、何よりこれまで鍛え上げてきた自慢の筋肉に獣人族としての並外れた身体能力が兼ね備えていれば、紫音の攻撃など十分に耐えられる。
攻撃を防いだあとにもう一度攻撃を仕掛ける、そういった考えのもとジンガは紫音の攻撃を待ち構えた。
「ガハッ!!」
紫音の拳は筋肉で覆われたジンガのお腹にめり込み、そのままジンガを後方へと殴り飛ばす。
ドンッ! という音を上げ、後方に立っていた樹に背中を打ち付けられる。
「ゲホッ、ゲホッ!」
あまりの痛みにお腹を抑え、むせ返りそうになるジンガは何度も咳込む。
ジンガ自身、今自分の身に起きたことに信じられないというような顔をしながら目を丸くさせた。
「どうやら攻撃においてもフィリアのときと同じようだな」
予想通りの結果を得た紫音は、小さく口角を上げ、喜んだ。
「どうする? ……降参するか?」
両者の格付けは圧倒的に紫音に
しかしこの喧嘩は、どちらかが「参った」というまで終わらない。この喧嘩を終わらせるためにも紫音はジンガに降参するよう促す。
「ば、バカめ……ハア……ハア……この俺が……人間ごときに……負けるはずがないだろうが」
負けを認めずにいるジンガだが、紫音の一撃でほぼダウン状態なのは誰の目から見ても明らか。しかしジンガはそのことを認めようとはしなかった。
この喧嘩の終着点はまだまだ先のようだ。
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