第2章 亜人国建国編
第7話 竜人族の少女 フィリア
紫音の突拍子もない提案にドラゴンはしばらく
あのまま殺されると思っていたドラゴンにとって特に断る理由もなく、生かしてくれるならむしろありがたいとも思っていた。
……しかし、
「いいわ。教えてあげる。……でもその前にいい加減尻尾を掴むのやめてくれないかしら? 今さらあんたから逃げるつもりもないし、なにより、この状況であなたと話すの正直言ってとても不快だわ」
いまだに尻尾を放さないでいる紫音の行動に苛立ちを覚えていた。
まるで首輪で拘束されているような感覚が身体を伝わっている。ドラゴンからしてみれば負けた身であるため強くは言えないが、この状況だけは変えてほしいために紫音にお願いしてみる。
「あぁ、悪い。でも掴んでおかないとお前、飛んで逃げるだろ。そうなったら飛べない俺はお前に手も足も出ないんだから我慢してくれ」
紫音の言い分に一理ある。確かにこのまま逃げてしまえば、紫音とも再び遭遇する心配はなくなるが、こちらとしても一度は了承した身であるためその言い分はまるでドラゴンを信用していないように聞き取れるため大変失礼に聞こえる。
「安心しなさい。逃げはしないからいい加減……その手を放しなさい!」
「イ・ヤ・だ! そんなこと言ってどうせ放した瞬間、逃げるつもりだろ。それ以上言うと手出すぞ!」
拳を振り上げ、今にもドラゴンに手を出そうと構えていた。
「なっ!? それは卑怯よ! あなたの拳、かなり痛かったのよ! おまけにこっちの攻撃がまるで通用しないから必然的にあんただけが有利じゃないの!」
「そう思っているならこのまま観念してさっさと話せ!」
「こいつ……私に勝ったからって調子に乗りおって……」
「自覚があるんなら敗者は勝者の言うことを黙って聞け!」
「なっ!? ずいぶんな横暴な言い草ね。そんな態度取っていると、あなたに情報を提供しないわよ」
「さっきお前了承しただろ。自分が言った言葉には責任を持てよな。……それとも、あの誇り高いドラゴン様はそんな小さなことでいちいち文句を言う心の狭いお方なんですか?」
「こ、このガキが……なんて口の聞き方かしら。少し下手に出ているからって舐めた口ばかり聞きおって」
「なんだやるつもりか? こっちはお望み通り手出すぞ」
「あら、手を出してもいいのかしら。もしそんなことしたら後悔するのはあなたのほうよ」
一向に話が進まない不毛な会話が続く中、いよいよ殴って言うことを聞かせようとした紫音に対してドラゴンは意味深な言葉を言い放つ。
なんだこの自信は……いったいなにをするつもりだ。そう思った矢先、突然ドラゴンの躰が突然光りに包まれる。
あまりにも不可解な現象に思わず後ずさりをしてしまう。
やがて光はどんどんと小さくなり、紫音の腰の辺りまでの大きさとなって光は粒子となって消えていった。
「ん?」
光の跡に残っていたのは小さな女の子であった。
背は高校生である紫音の腰よりも少し高いくらいの小学生ほどの身長。凛とした佇まいに、肩に届くほどのウェーブのかかった金色の髪。炎のように燃え盛るような真紅の瞳にツンと伸びた鼻先。フリルがたくさんついたドレスの服からまるでどこかの国のお姫様のようにも見える。
「こ、子ども……?」
冷静に目の前の少女を観察してしまったが、問題はそこではなく、消えていったドラゴンの行方についてだ。
しかし、この状況を鑑みるに紫音は一つの馬鹿げた仮定を思いつき、疑念を抱きつつ目の前の少女に訊いてみる。
「お前……まさか、さっきのドラゴンか?」
「どうかしら? 私達、竜人族は竜に変身することができる高貴な種族なのよ! …どう、驚いたでしょう!」
少女は体をのけぞりながら無い胸を突き出している。
ドラゴンが少女に変身という我が目を疑うような信じられない出来事を目の当たりにしてしまった紫音。
しかし冷静になって考えると、ここはドラゴンが実在するような世界。それならばこういう非現実的なことが起きることも不自然ではないのだろうと無理やり頭の中で納得させた。
(それにしてもかわいいな……)
思わずため息が出るほど可愛さがその少女から溢れていた。
端正な顔づくりでまるで西洋のお人形にも見えるせいか、紫音が少女を見た瞬間、そんなことを考えていた。
「というより、お前本当に女だったんだな」
「そこ!? もっと驚くところがあるじゃない! そもそも私、女だってあなたに言ったじゃない!」
「え? ……あぁ、そういえばそんなこと言ってたな」
たしかに、ドラゴンを殴り飛ばしたあとでそのようなことを発していたが、その後の戦闘や自分の能力について考えていたせいでそんなことなどすっかり紫音の頭の中から抜け落ちていた。
「……でも、なんでいきなりそんな姿になったんだ?」
「あら、決まっているじゃない。男は女を殴れないんでしょう。しかも小さくていたいけな少女よ。さっきはドラゴンの姿だったけどこれなら私に暴力を振るうわけないわよね」
どこからその情報を仕入れたのか、
「そうだな、お前の言うとおりだ。……だったらやり方を変えるまでだ」
「やり方……ってどういう意味? え!? ちょっと待ちなさいよ! イタイ、イタタタッ!!」
普通の人間ならそうだが、彼は普通ではなかった。できないのならギリギリ暴力に入らない方法を即座に思いついた紫音は、すぐに行動に移す。
少女のこめかみに両拳を当てると、そのままぐりぐりと力を入れる。
「や、やめなさい! イタ…この私を誰だと思っているのよ……この…って力強っ!? あんたどんだけ馬鹿力なのよ!」
地味に痛い攻撃が長く続き、止めようと紫音の腕を掴み必死の抵抗を見せるが、まったく外れる気配がない。
どうやらこの姿になっても紫音の能力は健在のようだ。その証拠にいまだ力関係は紫音のほうが上であることは一目瞭然である。
やがてこの攻撃にも飽き、もう懲りただろうと思い、開放することにした。
「ハア……ハア……な、なんてやつよ。女の子に手を挙げるなんて最低よ」
「お前がしょうもないことを言い始めるのが悪いんだぞ」
「しょうもないことって……もういいわよ。私が悪かったわよ」
ようやくこの不毛な会話に終止符が打たれたところでいよいよ本題へと入る。
「それでまず、お前が知っていることについて……だが……あっ、そういえばお前名前なんて言うんだ?」
「……まず知りたいのはそこかしら?」
「そりゃあ、いつまでもお前だとかドラゴンとか言われるのイヤだろ」
「たしかにそうね。……それにしてもまさか人間に名乗る日が来るとは思わなかったわ。」
「前置きはいいからさっさと言え」
「あんたはどうしていつも上から目線で物を言うのよ。……けどいいわ。私のほうが年上だし、我慢してあげるわ。……私の名前はフィリアよ。竜人族で、故郷ではお姫様をやっていたわ」
「竜人族……お姫様?」
聞き慣れない単語と信じられない言葉が出てきたが、とりあえず名前を言ってくれたので礼儀として紫音の方からも告げることにする。
「俺の名前は天羽紫音だ。よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ。それにしてもアマハ……シオン、変わった名前ね。ここらへんでは聞かない名前だし、なによりあなたさっきの反応から察するに私達、竜人種がどういう存在かわかっていないでしょう」
「当たり前だろ。俺はこことは違う世界から来たんだからな」
「…………ハァっ!?」
紫音の言葉を聞いた途端、今まで見せたことのないような可哀想な人を見る目で紫音のことを見ていた。
その目を見た瞬間、一発殴ってやろうかと本気で考えた紫音であった。
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