第2話 目を開けるとそこは……
――おかしい。
紫音は、目を瞑った状態である異変を感じていた。
(屋上から飛び降りたというのにどれくらいの時間が
そしてもう一つおかしいことがあった。
目を瞑っていてもわかるほどの草花の匂いや鳥の鳴き声が聞こえる。
紫音が飛び降りた先には硬いコンクリートがあるはずだから草花の匂いなどするはずがないし、夜だったためか風の音は聞こえるが、それ以外はまったく音がなく、鳥の鳴き声など一切聞こえなかった。
いろいろと疑問点が残るが紫音は思い切って目を開けることにした。
目を開け、まず周囲を見渡してみる。
そこには、木、木、木が周囲を囲むかのように立っている。森……とでも言うべきところだろうが、この状況がさらに疑問を産み出していく。
それもそのはず、さきほどまでの光景がまるで嘘かのように変わっているのだから当然の疑問である。
もしかしたらここがあの世なのかと、紫音はそう思ったが、もしここがそうだとするならば何かしら使いの者が送り込まれるものだと思ったが、いつまで経ってもそれらしき者が来る気配すらない。
「まさか……死ねなかったのか」
紫音は死ねなかったという事実に絶望を感じ、打ちひしがれていた。
意を決して自殺したというのに気づけば訳の分からない場所に飛ばされ、本来なら困惑するところなのだが、今の紫音には死ぬことができなかったことの方で頭がいっぱいだった。
「……ひとまず、歩いてみるか」
冷静なってきた紫音は何も起こらないこの現状に嫌気がさし、状況を打破するという考えも込めて行動に移すことにした。
……それからしばらく歩いてみるも、一向に何も起こらない。
見たこともない鳥が上空を飛び、見たこともない植物が自生していてここがどこかすら未だに分からないままだった。
しかし、これだけ歩いて一つ分かったことがある。
「こんなっときでも腹が減るんだな……」
ぐぅというお腹の鳴る音が紫音の耳に届いた。お腹が空くということは生きている証拠。つまりここはあの世でも何でもないということがはっきりと分かった。
そして歩き続けていた最中、紫音はこの馬鹿げた現状について考え、ある一つの仮説に至る。
「ここが異世界ってところなのか?」
教室にいた奴らの中にそういう話をしていたことを思い出していた。目を覚ますとそこは異世界、魔法陣が出たと思って気がつくとそこは異世界、そういう展開の物語があるのならば今のこの状況はまさにその通りだと思う。
いっそのこと、ここを次の人生だと思って過ごしてみるのも悪くないという考えが一瞬頭の中をよぎったがすぐにあきらめた。
もしもここが本当に異世界なのだとしたらいろいろと問題がある。言葉が通じるのか、文字の読み書き、住む場所や食べ物の調達などなどさまざまな不安要素が多すぎる。
そしてなにより、この世界で生き抜いていく自信が紫音にはなかった。
こういう異世界モノでは何かしら人間離れした力をもって転生や転移することが一般的なはずなのだが、
紫音にはそのような力はなく、強力な力を持っているような感覚も今のところはない。
こんな世界で暮らしても数日で野垂れ死ぬのが関の山。餓死のように苦しんで死ぬのは紫音が望む死に方ではないのでできれば避けたい。
それならいっそまた自殺でもしてみるか、などと考えを巡らせていると、
ギャオオオオオオンッ!
怪獣のような巨大な鳴き声とともに、木々がそれと呼応するかのように震え上がる。
「な、なんだ今のは……」
普通に生活していたら聞こえない鳴き声に紫音は冷や汗を流していた。
その鳴き声はどんどんと近づいていき、次第に風が吹き荒れている。それと同時に空から何かが飛んでくるのは見える。
遠近法のせいで最初は小さなものだったが、近づくに連れて次第に大きくなって近づいてくる。
いったいなんだ、と紫音は訝しげに謎の正体を掴もうと目を細める。
すると、バサッという音とともに目が開けられないほどの強風に覆われた。それは、気を抜いてしまえば体ごと持っていかれそうなくらい激しい風だったが、紫音は地面に根を張るくらい負けじと、体に力を入れて耐える。
やがてその風はドン、という何かが地面に落ちたような音とともに止んだ。
紫音は状況が読めない中、確認する意味も込めておそるおそる目を開ける。
「……うそ……だろ」
今、目に写っているありえない光景に紫音は唖然とした。
ギョロリとした見開いた金色に輝く瞳。体全体を覆うほどの紅く硬そうな
こんな生き物を昔、本で見たことがある。
それは、実在する生き物ではなく、空想上にいる生き物。ファンタジー世界においては定番の生き物だった。
紫音はそっとその生き物の名前を呟く。
「……ドラゴン」
その瞬間、紫音はようやく確信した。ここはどうやらあの世ではなく……異世界だと。
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