第119話 願って止まない現実は

 猪の肉をさばき、買っておいた野菜を使って、庭で食べることにした。ジニーと芽衣が二人で暮らしている時にはなかった光景だ。こうしてみれば、たまの来客も悪くはないと思う。

「は? 朝霧お前、A級ライセンスをとっただと?」

「十日前くらいにな。あんなものはくんしょうと同じで役に立たん」

「おいジニー、こりゃやりすぎだろ。まだ一年くらいなもんだ」

「んなことはねえよ。なあ?」

「うむ、未だにわたしはししょうのサーバを突破できてないからな」

 あのなあと、肉を食べ終えた串をもてあそびながら、アキラは苦笑する。

「朝霧、いいことを教えてやる」

「ほう! それは女のくどき方くらいには有用なんだろうな?」

「ちょっと待ってろ。――ジニー、こいつ口が悪すぎる。お前どんな育て方したんだ」

「俺が育てる前にそうだった」

「どうしようもねえな……」

「きさまらほどではない。アキラ、続きはどうした」

「ったく……朝霧、そもそも狩人ハンターとは何だ?」

「町の便利屋さんだ」

 なんとも的確に核心を衝いた言葉に対し、アキラは額に手を当てて俯いた。

「どうした、きさま妙なびょうきを持っているんじゃないだろうな?」

「そうじゃねえよ……あのな、狩人ってのは一単位で完結する戦力そのものだ。戦場に一人、狩人がいるだけで状況が一変することだってある。朝霧、一般人にとって銃を持ったヤツは脅威になるだろう? 銃口を突きつければ、やりたい放題だ――が、じゃあ警察に向けて同じことをしたとして、同じ効果があるか?」

「その馬鹿が一人ならば、あまり意味はない」

「そして、戦場で同じことをしたら、ただの間抜けだ。その拳銃ってやつが、あらゆる状況下での狩人なんだよ」

「ふむ」

 次の串に手を伸ばした芽衣は、小さく首を傾げた。

「では各国は、狩人を囲いたいのではないか?」

「実際にジニーもそれを危惧していたし、狩人同士の代理戦争が引き起こされる懸念は、小規模ではあったが、現実になった。どの国を中心に仕事をするのか? そう問われた時、やはり馴染んだ母国を選択する狩人は少なくないからな。あるいは同盟国――そうじゃないと、逆に仕事もしにくい。諜報員じゃないのかと疑われるからな。しかし、現実にそうはならなかった」

「なぜだ?」

「まず一つ目の理由は、認定試験だ。中国なんかは人海戦術として、狩人の育成を国家主導で行ったことがある。だがその九割は、一次試験で脱落だ。三時間で三百問の一次試験、朝霧ならどうする?」

「二十秒くれ」

 肉を食べながら、視線を左に投げた芽衣を見て、アキラは鉄板の用意を始めたジニーを見る。

「なんだ、次は鉄板焼きか?」

「串焼きばっかじゃ、野菜がとれないだろ」

「つーか、狩人に関してはお前が教えるべきだろうが」

「俺が? どうやって? 事実、狩人なんてのは町の便利屋さんか、どぶさらいなんかをやる清掃業者と何ら変わりねえだろ」

「そう思ってんのは、お前ら狩人だけだ」

「だから、アキラがこうやって丁寧に教えてやってんだろ? いいことだ、そいつを孫にもやってやれよ」

「うるせえ」

「――ふむ」

 頷きが一つあったので、軽口はそこでおしまいだ。

「せいぜい五問くらいじゃないか?」

「へえ? 続けろ」

「時間的に無理なら、別の考えがあると思うのは当然だろう? わたしなら、ふくざつな問題の中に、必ず答えなくてはならない問題を入れる。多くてもだめだ、少なくても同じだろう。だから、五問くらい」

「それを想定できたとして、だから教えることが可能か?」

「……むずかしいだろうな。一律な答えを求めているとは思えない」

「その試験を突破した狩人に愛国心があったとして――お国のためにと働くか? 答えは、ゼロとは言わないにせよ、そうでもない」

「ほぼゼロだよ。何しろ、愛国心ていどで抜けられる試験じゃないし、国のために仕事をしたところでランクは上がらない」

「そんなものか?」

「そうだよ。さっきアキラが言っただろ、狩人は一単位で完結する駒だ」

「二つ目の理由がそれだな。狩人に敵はいるのか? もちろんいる。誰だと思う?」

「いっぱんじん」

「はは、皮肉としちゃ上手いな。現実的には、さっき銃を突きつけた時の話と同じだよ」

「同業者だろう」

「そうだ。どんな状況であれ、依頼の取り合いこそ鳴りを潜めちゃいるが、同業者に背中を狙われることなんぞは、日常茶飯事。酒場で隣同士、一緒に飲んでいたって、一歩外に出れば。依頼がありゃ喜んで同業殺しだってやる。さて、ここで問題だ朝霧――だとして、母国と敵国、仕事をするのに何が違う?」

「一人、二人と敵がふえたところで、同じだと?」

「同じじゃないが、結果は出た。なあジニー」

「んー? なんの話だったっけなあ?」

「この野郎……」

「ししょうが何かしたのか」

「アメリカンのこいつが、ふらりと仕事で中国に行ったのは、ハンターズシステム自体が安定した頃でな。中国は国家として狩人を囲おうと動いていたわけだが、その機先を封じるための来訪だ。こうなると国としてどう対応すると思う?」

「ししょうが敵になるなら、さつがい依頼を出せばいい」

「ルールに基づいた対応だが、国家主導の殺害命令みたいなもんだ。当時、確かランクC――」

「ランクBが三人いた」

「いたのか? 俺の見た資料には書いてなかったが」

「その三人は挨拶したあと、母国を出て外で生きてる」

「なるほどな……ま、つまりランクCまでの狩人が五十四人、中国内部から全員消えた。いわゆるこれが、モデルケースになったわけだ――国家主導で狩人を戦力とみなすならば、たった一人の高ランク狩人が、そいつを簡単に無力化するぞ、ってな」

「モデルケース? 見せしめだよあれは。議員連中も何人か殺した――依頼じゃなく、気に入らないって宣言してからな」

「その件以来、国が狩人を意図して囲うことをしなかった。もっとも、猫なで声で対応して、うちに留まっていてくれと、暗に伝えるくらいのことは、あるんだけどな」

「ふむ、なるほどな」

「でだ、そんな狩人の親玉みてえなジニーに対して、電子戦で勝とうとすることが、どんだけレベルが高いことか理解できたか?」

「わからなくもないが、それは挑まない理由になるのか?」

「……お前、社会に出た時、苦労するぞ。自分を基準にして相手を計るなよ?」

「きじゅんなんてものは、自分にしかないものだ。むちゃを言うな」

「これから朝霧と関わる連中に、ご愁傷様と同情したくもなる……」

 しかも、当人にはまだ自覚がないから、余計にトラブルが起きそうだ。あとはジニーが、どうやってその差異を埋めてやるか――だが、俺の仕事じゃないと切り捨てられるほど、縁が薄いともアキラは思っていない。

「アキラ、ついでに話してやれ」

「――、まだ話してないのか」

「今日、ついさっき術式を見たんだぜ、どう説明しろと。お前の仕事だろ」

「あー……朝霧」

「んぐっ、なんだ? わたしはまだ肉を食うぞ」

「お前の両親が殺された時の話、聞きたいか?」

「――ふむ」

 次の串に手を伸ばしながら、芽衣は軽く下唇を舐めた。

「いいか、アキラ」

「なんだ?」

「わたしは今、どうであれ両親はもういないのだと、現実を見ているし、納得もしている。ジニーはわたしの親じゃない、ただのししょうだ。そしてジニーは、わたしにこう言った。わたしの親にはならないし、なれないと」

「なるほどな」

「だから、わたしは聞くべきだと思っている。それは、必要なものだろう。何しろ当事者だからな。しかし、そこにきさまが気遣いを見せるのならば、腹が立つかもしれん。決めるのはわたしじゃない、きさまだアキラ。話したいのか、どうなんだ?」

「一丁前に言いやがる……理解が及ぶかどうかはともかく、覚えておけ」

「では聞こう」

「米軍の命令により、うちの組織、インクルードナインから三名が動くことになった。これに関しては、俺の指示が届かない場所で抜け駆けをされたかたちだ――が、それを言い訳にするつもりはない」

「そのそしきとは何だ?」

「軍部に間借りした、独立をうたっておきながらも、結局は軍部の意向が強く反映されちまった組織だよ。ちなみにどうするんだ?」

「上の指示があったから、内部を掃除して名称も新しくするって、企画書が俺の手元にもきてるよ」

「なるほどねえ……ま、いいか。続けてくれ」

「ああ。でだ、お前の両親が調査していたことに関してだが」

「どこにしょぞくしていたんだ?」

「あいつらは情報部だ。少し長くなるが、きちんと説明した方がいいだろう。日本にある芹沢企業について、どこまで知っている?」

「せいひん開発の本部所みたいなところだろう? たしか、技術屋が好きかって作る場所だ。あれは商売じゃないと、キリタニが言っていた」

「かなりデカイ仕組みなんだ、あそこは。だから内部に、違法取引なんかが紛れ込んでる。そいつらはほとんど個人だが、数が多かった。通称では嵯峨さがと呼ばれる連中でな――詳しい仕組みは割愛するが、朝霧夫妻はそこを調査していた」

「麻薬ちょうさみたいなものか……」

「ま、確かに似てはいるけどな。軍部が掴んだのは――朝霧が、嵯峨の実態を知ったと、そんな情報だった。作戦名、A一〇八四ヒトマルハチヨン号。内容は襲撃じゃない、夫妻の確保――厳密には話し合いだな。つまり、夫妻が掴んでいた情報がどの程度のものなのかを教えろと、そういうことだ。しかし現実には、ああなった」

「わたしは覚えていないが、じゅうせいがあった気はしている」

「結論を言えば、三名のうち一人を、お前が喰ったんだよ」

「――食った? この肉みたいにか?」

「その感覚を説明するのは難しいし、言うなれば俺の専門じゃない。ただ結果として、食ったお前は魔術師になったわけだ。ジニーが言っていた通り、それはいずれ理解できるだろう。しかし、親和性が高かったか、いずれにせよ簡単に引きおこるような事態じゃない」

「いずれにせよわたしが食ったとして?」

「その結果があれだ」

「しつもんが二つある」

「なんだ」

「まず一つ目、弟はどうしている?」

「祖父母に引き取られて、普通に暮らしてるよ。お前みたいに魔術師になったわけじゃない――いや、なったって表現も、お前に合致するかどうかはさておき、変質した部分は何もない。心配か?」

「わたしがしてやれることは何もないが、ないからこそ、あたり前の生活をしていればと思う」

「なるほどな。二つ目はなんだ」

「あの二人が集めていたものはどうなった」

「ジニー。……おい、なんだそのキャベツの山は」

「ん? 最後の春キャベが余ってたから、とっとと食おうと思って。なあに、火を通せば減るから問題ねえよ。味付けは塩コショウ、バター、これで完璧だ」

「そうじゃない、どこまで掴んでるんだお前は」

「あー、アサギリファイルに関してか」

「そんなよばれ方をしているのか?」

「まあな。だが、そいつは空想の産物だ――ねえんだよ、そんなものは。だが、それはどこかにあると考える連中にとって、それは脅威だ」

「……つまり、わたしが持っていると、そう考える連中がいるわけだな?」

「そういうことだよ。ハッピーだな?」

「気を付けておこう」

 それ以上、面倒な話もなく、野菜を食べ終えた芽衣は、珈琲をいれてくると、家の中へ。

「――で、どうなんだジニー」

「ガキを育てるってのは、かなり大変だと痛感したよ。お前よく子育てなんかしたな、アキラ。尊敬する」

「馬鹿言え、うちの息子は途中から好きにさせた。俺は半端者だ」

「だが、それ以上に楽しいぜ。あいつはよくやってる」

「過ぎないようにな」

「どうだかなあ。――でだ、アキラ。今のうちに本題を話しておく」

「有休を取れとせっつかれてたのは確かだが、お前からの呼び出しとは、驚くより前に警戒したもんだ」

「言ってろ。……、たぶん五年前後だ」

 その言葉に、がりがりと頭を搔いたアキラは空を見る。そろそろ陽が落ちる時間だ、ちらほらと空には星もあった。

「わかってんだろ、アキラ。俺はもう無茶をし過ぎた、躰の中はぼろぼろだ。誤魔化してるし、芽衣に悟られるつもりもないが……」

「そう年齢の変わらないお前に、そういうことを言われると、クソッタレだな」

「仕方ねえだろ、事実だ。――そこから先、芽衣を頼む」

「どうするつもりだ」

「状況に応じてだが、俺がくたばる前に、もう二人か三人くらいガキを引き込む。そいつらを軍式で育ててやるから、俺がいなくなったら、お前の組織に誘ってやってくれ……」

「――それでいいのか?」

「ああ、決めるのはそいつらだが、道を示してやってくれ。訓練校に入って、お前が引き抜いた時点で、芽衣の過去は綺麗に清算されて足がつかない。そのために追加のガキを使うことになるが、まあ、上手くやる」

「そこから先は?」

「そうだな――その頃になったら、折を見て、一度でいいから芽衣を日本に返してやってくれ。そこからはもう、気にしなくていい。ちゃんと一人で生きられるよう、教えるつもりだ」

「軍人にしていいのか?」

「今のところ、そっちには興味を持ってる。それに、狩人として生きる面倒さは、嫌ってほど俺が話してるよ。認定証を取るくらいなら、まあいいが、俺みたいになる必要はない……」

「……」

「頼むよ、アキラ」

「……わかった。それでいいなら、そうしよう」

 頼むと、もう一度ジニーは言って、空を仰いだ。

 ――ああ、だが、できるのならば。

 五年と云わず、もっともっと長い時間、芽衣を見てやりたいと、そう願って止まない。だというのに、今まで積み重ねてきた狩人としての思考が、五年前後という区切りを否応なく、現実として突きつけるのだ。

 祈りも願いもできないなんて、そんな生き方をして欲しくはない。だってそんなものが産むのは、後悔ばかりだから。

 人生に後悔はない? ――まったく、嘘だらけだ。自分で決めて、自ら足を踏み出してきた結果なのに、それを飲み込みながらも、喉を鳴らす行為そのものが無理をしていて、死期を悟れば悔いに気付く。

 誰だってそうだと諦めれば、それでいいのかもしれない。諦めも一緒に飲み込めば、笑って死ねる。

 ――ただそれは、ひとりであった時の話。

 今のジニーの隣には、朝霧芽衣という少女が、現実にいるのだ――。


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