第111話 たまに家へ帰る
正式オープンの前には、プレオープンというものがある。どちらにしたって、内部の人間にとっては本格始動と変わりない。
どこまで続けるかはわからないが、事前予約制を導入した。商品のシリアルナンバーと同じで、誰がどのようにそれを手に入れたのか把握しているので、転売した時点で無効化されるどころか、処罰が下る。
チケットの販売は良好で、ファーボットに言わせれば最初のオープン段階で混雑しないようなら、この先はない、とのことだが、ともかく客入りは
同時進行でやっているのが、住人の募集だ。現時点でもそれなりに集まっているらしく、電子戦公式爵位、公爵の存在が一人、住人の裏取りに動いてくれているので、ファーボットが気にすることはない。
気にする――ことは、始動した時点でもう、何もないのと同じか。
何故って、立場上、警備部の一員でしかなく、問題が起きても基本的には社長が対処するし、ほかの問題まで抱えるつもりもない。
ということで。
可能な限り、月に一度はそうしているよう、自宅に帰った。
妻はいつものよう、ああお帰り、なんて気軽に言う。続く言葉は。
「今日は楽ができそうだね。あんた、夕食は頼んだよ」
「おう」
これも、いつものことだ。たまに帰宅したのなら、食事くらい作らなくては父親としてどうかと思う。これはうちのルールだ。
だからといって、仕事帰りのファーボットをないがしろにしているわけではない――が、彼としても断りにくい事情があって。
珈琲を落としてもらって飲んでいると、二階から息子が下りてきて。
「お、父さんお帰り」
「おう」
「じゃあ夕食が楽しみだ」
なんて笑いながら言う息子がいるものだから、嫌だとは言えない。
「――そうだ」
ふと、思い出して。
「お前、そういえば
「そう……だね、うん、覚えてるよ。だいぶ前だけど」
「そんなに前だったか?」
「俺はもう大学二年だぜ、そんなことは忘れてたくらいだよ。将来ってものはまだ曖昧だけど、そんな選択肢はないよ。でも」
「ん?」
「たぶんその頃の俺は、いや、今でもそうだけど、父さんの仕事に興味があったんだよ」
息子は対面のソファに腰を下ろした。もう背丈も変わらないし、顔つきはまだ若造だが、落ち着きは出てきている。
――と、ファーボットは思うのだが、世間的には昔から、落ち着きすぎていると言われているらしい。
「というか、父さんって本当に仕事してるのか? 狩人なのか?」
「今さら何を言ってるんだ……」
「こう言うと、いいのかどうかわからないけど、俺は一度も父さんが怖いと思ったことはないぜ」
「それと狩人じゃないことが、イコールじゃないんだが」
「そんなもんか? だってランクを聞いてもはぐらかしてたじゃないか」
「そうだったか? だとしても、昔の話だろう。それに俺はもう、半ば引退したようなもんだからなあ」
「え、初耳なんだけど」
「安心しな、私もだ」
「いや母さん、それはもっと安心できないよ」
「……? いや、あえて言うようなものでもないだろう? 大したことじゃない」
「相変わらず、父さんの基準はよくわからない」
そう言われても、ファーボットにはよくわからない。家族というのは、一般人とも違うし、仕事仲間とも違うものだ。どう対応すべきかは、いつも迷う。
「俺はランクCだな」
「――は、え、……は!?」
「へえ、あんたよくやってるんだねえ」
「いつの間にか上がるようなもんだ。このランクになってからは、積極的に上がろうとはしていなかったけどな」
「母さんは落ち着きすぎでしょ!」
「なに言ってんだ、そのくらいでも不思議じゃないさ。それに、引退したようなものなんだろう?」
「まあな。体力的にも、思考的にも、そろそろ無理が来る。それを自覚してからじゃ遅いから、新しい仕事はしばらく引き受けていない」
「冗談だろ……ちょっと待ってくれ、落ち着いて考えたい」
「動揺するようなことじゃないだろうに。ああそうだ、じゃあ別の話題にしよう。お前、ヨルノクニを知ってるか?」
「うん? ああ、軽くは知ってるよ。日本から独立した国家で、いわゆる遊び場だね。ニュースサイトの見出しくらいは目を通してるけど、どこもギャンブルや独立国家っていう点ばかり注目してるみたいだ」
「三年くらい前から俺が関わってるんだが、引っ越す気はあるか?」
「――父さん」
「なんだ」
いやに真面目な顔を向けられて。
「落ち着いて考えたいことが二つに増えた」
「おう、そうか」
なんなんだと、頭を抱える息子を見て、ファーボットは小さく肩を竦めた。
「今すぐにって話でもないし、実際に引っ越すわけじゃない。そういう可能性もあるってだけだ」
「あんたは今、そっちで仕事してるのかい?」
「まあな。かなり気楽なもんだ――今は、な」
「どうだ?」
「半年くらいすると、あれこれ問題がまた出てくる。本当に落ち着くまでに一年半くらいはかかるだろうな」
「なるほどねえ……」
「父さんが仕事の話をするの、そういえば初めて聞いたかも。母さんとはしてるのか?」
「いや」
「あんまりしないね。聞いたってしょうがないだろう、そんなもの。この人は昔からそうさ」
「言っても、しょうがないものばかりだからな。それに、家にいる間は仕事の連絡を切ってる。普段から、そんなに連絡も来ないが」
嘘だ。
連絡は基本的に電話ではなく文字で届く。あちこちに置いてあるベースや、サーバーを経由して、音声も自動文字起こしで手元の端末に届くわけだ。ただ、それでも家族を優先する時間に、慌てて行動を起こそうとはしない。
「父さんは、狩人になって後悔してる?」
「そんな暇はなかったな。違う生き方を想像したこともない。良いこともあれば、悪いこともあるのは、どんな仕事でも同じだろう」
「それはそうだけど……どっちも怖そうだね、狩人は。じゃあ父さんはどうしてそんな仕事を選んだんだ?」
「難しいことを聞くんだな。いつの間にか、こうなっていたと答えるのが正解なんだが……昔から、よく相談されることが多かった。全部を解決していたわけじゃないが、相談回数が多いってことは、上手く助言できてたんだろう」
「まだ学生の頃の話だね?」
「そうだな。で、友人がちょっと大きめのトラブルに巻き込まれた。さすがに俺のやり方じゃ手が届かなかったが、それでもまあ、なんとか助けたし、今でもたまに逢う。あれ以来、あの馬鹿も落ち着いたからな」
「それで狩人になろうって?」
「――いや」
タイミングは合っているが、そうではなく。
「その事件に、狩人が絡んでたんだよ。実質、解決をしたのはそいつだ。確か、年内にもう一度逢ったはずだ。その時に、手が届く範囲を広げるには、立場を得れば良いってことに気付いて、車の免許を取る代わりに、じゃあ認定証を取るかと思って」
「そんな気楽に……」
「だから十六くらいか? で、まあ受かったから、じゃあ適当にやるかと」
「そんな気楽に!?」
「狩人になりたいと意気込むやつほど、なれない職業だからな。なれたとしても、長続きしない」
「一応、狩人には専門っていうのがあるんだろ?」
「あるな。俺はだいたい、事件の解決なんて言ってる。何しろ説明が簡単だからだ。ほとんどの狩人は、そのくらいの感覚だな」
「ああ、対外的にってやつか。じゃあ、依頼を受ける傾向とかは?」
「あるにはあるが、参考程度だな。俺くらいになると、いちいち受けなくても仕事は舞い込むし、やるかやらないかの判断は、自分の実力に見合っているかどうかだ。つまり、失敗しないかどうか。依頼によっては危険なレベルの仕事も、引き受けるけどな」
どうしたって、そういう場面には遭遇する。しかも、危険性が高いのにも関わらず、準備する時間がなかったりするから、余計にシビアだ。
普通ならば断るべきだろうが、それでもやらなくてはならない時がある。
「まあ、どんな仕事でも同じだろう」
「いや、さすがにそれは、危険度が違うと思うよ……」
「責任を取るのが誰なのか、そこが違うだけだ。金は稼げるが暇はないし、割に合う仕事じゃねえよ」
「今さら、狩人になりたいとは思わないけどね」
「そろそろ就職先を考える頃か?」
「まあね。営業なんかは適正がある、なんて言われたけど、やりたいかどうかは別だからね。まだ考えてるところだよ」
「何かあったら言え」
「わかった。それと、俺の彼女は紹介した方がいい?」
「結婚する時でいい。それとも、裏取りをして欲しいのか?」
「裏取りってなに」
「経歴を洗って目的を探る行為だ。昔に言ったと思うが、狩人の名を口にするやつに近づくなよ」
「いつもそうしてるよ。意味がわかってきたのは最近だ。今じゃ友達から、狩人嫌いなんて言われるけどね」
「わかってきたか」
「狩人の知り合いがいる――なんて言うやつの大半は、見栄だね、あれは。父さんとしては、俺を通じて父さんに接触したいって場面を想定してたのかな? ありうる話だよ」
「そもそも、子供を通じて本人に接触しよう、なんて考えを持つ同業者はいない。いたとしたら、テロリストか何かだ」
「恐ろしい話だよ」
「かーちゃんには話をしているんだろう? どうせ結婚する時には、お前にも黙って裏取りはするから、俺には黙っておけばいい」
「わかったよ。じゃあ夕食は楽しみにしてるから」
「おう」
言って、息子は二階へ行った。
「……言えば良かったじゃないか。私だって、あんたに助けられたってさ」
「聞かれなかったからな。それにまだ学生だった頃の話だ、助けたとは思っちゃいねえよ」
狩人になってから、その仕組みに関しては嫌というほど感じた。
誰かを助ければ、助けられない何かが発生する、ということ。あるいは、犠牲や負担を必ず発生っせること。
自己満足。
だからファーボットは、目の前のものだけに手を貸す。
「こっちはどうだ」
「なんにも。楽しんで生活してるよ」
「そうか」
「ヨルノクニに呼ぶってのは、手の届く範囲にいて欲しいってことかい?」
「ああいや、深読みはしないでいい。思ったよりも面白い場所になったから、移住はどうであれ、一度は遊びに来てくれ」
「遊び場かい?」
「似たようなもんだ。住民以外なら、ギャンブルもできる。治安も良いしな」
「じゃあ主婦友達も誘って、一泊二日くらいの旅行がちょうど良さそうだね。ショップは?」
「独自のものってのはないが、それなりに金を落としてもらわなくちゃ困るから、にぎやかにはしてる」
「ふうん? あんたのことだ、一般人の意見なんてとっくに取り入れてるんだろうし、純粋に遊びの誘いみたいだねえ」
「お前らを仕事にはしない。それに、これから正式に依頼を受けることはないだろう。基本的にはヨルノクニに引きこもる――が」
「まだ時間がかかりそうかい」
「年齢が理由で、仕事ができなくなってるのは事実だ。どうしても引き受けなきゃいけない仕事も、誰かに任せることになる。それでもまだ、ヨルノクニの中が安定しないことには、生活が落ち着かないからな」
「その時には、一緒に住めそうだね」
その言葉に、ファーボットは思わず笑った。
「なんだい」
「お前、四六時中、俺が家にいることを想像できるのか?」
「……、……ああ、そうだね」
彼女も笑う。
「三日で、とっとと出て行けと尻を蹴り飛ばしそうだ」
実際にそうなるかどうかはともかく。
それもまた、いつかの話だ。
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