第38話 運び屋の真似事

 失踪した人物の足取りを追うには、セオリーがいくつかある。けれど、いずれにせよそれは、調査員であることを表向きとして、第三者と会話をしながらも情報を集めなくてはならない部分が必ず出てしまうものだ。

 可能な限り足跡は残したくない。それがたとえ、身分を偽り、詐欺めいた真似をして雲隠れするような結果になるにせよ、だ。


 ジィズ・クライン――米国陸軍情報部所属、実働第七班隊長。


 相手がこんな肩書きを持っているのならば、なおさら、資金の流れを洗ったところで当人にまでたどり着くことはできない。辿れるのは生活だけ、となると聞き込みが必要になる。

 ――だから、そこに推測を入れる。隙間を埋めるように、あるいは道を作るように。

 そんな作業は飛行機の中でノート型端末を叩きながら、充分に考察したし、目的地の割り出しはもうできている。


 必要なのは準備だ。


 想定外に想定外を重ねて、対応できる範囲を広げておいて現場入りすれば、やることは少なくて済む。

 ――なのだが。

 どういうわけか、たちばなれいが一緒について来た。

 暗殺代行者キルスペシャリストの中では世界的に有名な橘一族、その本家は全てシングルナンバー。ベルから見ても充分に、その暗殺技能は高い。

 最初は監視かとも思ったが、そうでもないようだ。

 よくわからないが、好きでついて来ているだけ。邪魔も手伝いも今のところはない。

 ならば、自分の仕事をすべきだろう。

 二ヶ所回って服や靴、それから食料を適当に買って、荷物を片手にベルは駐車していたタクシーの運転席をノックした。

「空いてるよ」

「そりゃいい」

 ベルは気楽な調子で、封筒を男の膝上に落とした。

「あんたは、今からきっと、ちょっと目を離した隙に車をどっかの誰かに奪われるんだろう」

「――」

「三時間後くらいに会社へ連絡をすれば、お説教の始まりだ。しかし、どういうわけか、あんたの車は空港で発見される――わかるか?」

 言えば、男はハンドルから手を離し、見せつけるようゆっくりと、封筒を片手に持つ。

「発見された俺の車は無事か?」

「運が良ければな」

「オーケイ、次はメルセデスにするよ」

 笑って、素直に男は車から降りて、鍵を座席に投げた。

「ハンターか?」

「そんなもんだ。ほれ、これも持ってけ。合計で二万ドル、メルセデスの足しにはなるぜ」

「気前も良い、今日のことを黙っておくには充分だ。じゃあな、幸運を」

「飲み代に全部使うなよ」

 車に乗り込めば、助手席には当然のよう零が乗る。まだついて来るのかと思いながら、荷物は後ろへ置いて、無線を切って走り出す。

「――脅さないんだ」

「人は金でも動くし、あいつは俺が脅しもできると理解したさ」

 装備はない、現地調達もまだしていない。それでもやりようはある。


 三十分ほど走った先の居住区にて、そのうちの一軒の前に車を停めた。


 荷物を手にして降りてすぐ、零が嫌そうな顔をした。

「さすがに気付くか」

「うん、荒事の匂い」

 それは実際に、硝煙の匂いがするわけではない。

 総合情報だ。

 張り詰めた空気、よそよそしい態度、視線の行き来が多く、足音に重さが混じる。そうしたものが、荒事の事前準備を想像させられれば、匂いになる。

「掃除、しとく?」

「俺の仕事を取るな。それに今回は、被害をあまり出さないでおきたい」

「わかった、手出ししない」

 お互いにアマチュアではない、仕事に口出しや手出しは気軽にしない。

 しかし、手早く済ませた方が良いのは確かだ。


 ベルは真正面から、玄関をノックした。


 最初の一度では出てこないところを見ると、住人に許可を得て滞在している様子はない。何故なら、違和を出さないよう、住人がいるなら最初にすぐ出てくるからだ。

 つまり、何かしらの理由で住人のいない場所を利用している。

 三度目のノックで、玄関が開いた。チェーンロックはかけたままだ。

「……」

 無言。

 不愛想にも見える表情、睨むような視線。無精ひげは手入れされておらず、それは余裕のなさの証明でもある。

「説明はあとだ。証明もあと。日本への亡命の用意がある、受ける気があるなら着替えろ」

 相手は無言のままだ。

 当然だ、そのくらい慎重でなくては生き残れない。初対面の人間なんて、疑うくらいが丁度良い。

「下着も全部替えろよ。それと食料もある。そうだな……二十分、周辺の掃除をしている間に決めろ。できれば銃器も捨てろと言いたいところだが、そこはまあ、何とかする」

「――お前は誰だ」

「ベルだ、狩人ハンター。こっちはおまけ。とりあえず飯だけでも食って、決めておけ。そこのタクシーが俺らの乗り物だ。――以上」

 信頼関係を築くだけの時間はないと、おそらく相手にも伝わっただろう。


 二十分と少し、戻ってきたベルは少し不機嫌だった。


 玄関を改めてノックして顔を見せれば、男はもう着替えている。

「準備はできてるが、心の方はどうだ」

「話を聞く時間が欲しい」

「道中でな。女を連れて車に乗れ、ジィズ・クライン。面倒になったら俺に拳銃を突きつけて、下ろせと言えばいい」

「……一つだ。どこへ向かう」

「日本の鈴ノ宮すずのみや、協会に所属する家名だ」

「魔術師が?」

「一つだと言った、とっとと乗り込め」

 もう一人は少女で、おそらく零よりも年齢は下だ。場慣れしていない様子なので、完全に保護をしている状況だろう。

 ベルが乗り込むのは最後、助手席には零。フリーウェイまでは少し遠いか。

「米軍の錬度は、あれで普通か? それとも、低くなったのか?」

「は?」

「お前の追跡をしてたクソどもに顔を出したら、なんて言ったと思う? ――狩人が介入するとは、だ。思わず笑っちまったよ、事前に聞いてなきゃ介入できないのかってな」

「……現状では、狩人そのものが敵対する場面は、少ない」

「じゃあこっちの錬度不足ってことに、しておいても良さそうか?」

「何をしてきた」

「とっとと米軍基地に戻れと言ってきただけだ。安心しろ、殺しはしてねえよ――結果、死ぬかもしれないが」

「追っ手はそれだけじゃない」

「現地の連中だろ、知ってるし対策はしてる。お前は気にせずに、俺の指示通りついて来ていれば、大した損害も出ねえよ。零、その書類を渡してやれ」

「ん」

「空港に到着するまで時間はある、何度も読んで納得できたらサインしろ」

「内容は?」

「お前らの雇用規約」

 鈴ノ宮が保護する代わりに、仕事を任せる。その仕事内容と、保護ができる証明などの文章だ。

 ちらりとバックミラーを見れば、二人で読んでいる。どうであれ、一人で確認しても見落としがあるので、複数人で読むのがセオリーだ。

 それはともかく、今のところ尾行車両はない。

「この程度のことは、運び屋に任せるべきだろうな……」

「確実性がある運び屋?」

「そういう知り合いも必要だと――いや、そもそも、お前は何故ここにいる?」

「んー」


 直後、ベルの持っている携帯端末が音を立てた。

れい、運転変われ」

「あ、ちょっ」

 狭い車内で、停車せずに位置を変わる。車通りの少ない道なので助かった。

「経路しらない」

「まっすぐ走ってろ」

 携帯端末に目を落とせば思った通り、監視衛星へのアクセス警報だった。

「米軍専用の衛星か。――封殺してやる」

 さすがに対応の流れを常時見ることは不可能に近いので、手近にあるサーバからプログラムを実行させる。使い捨てのサーバだ、逆探知されても問題ない。

「問題か?」

「米軍のセキュリティは一通り洗ってる、目隠しを中心に時間稼ぎくらいは問題ねえよ。空港への先回りも手を打ってある」

「そうか……任せる」

「多少は前向きになったか?」

「お前への疑いは減った」

「さようで」

 最初から信用しろ、とは無茶な話だろう。それはたとえ、ベルが正規の狩人で、認定証を持っていても同じことだ。

 しかし時間が限られた場合、今回のよう交渉が面倒になる。

「信頼のある筋から、狩人の増援が向かうと連絡があった場合、お前ならどうする、ジィズ」

「状況が状況だ、疑いはかける」

「なら余計なことをしない方が正解か」

「まあな。メリットとデメリット、俺をはめてどう得をするのかは考える」

「好意には裏を?」

「この鈴ノ宮だとて、それほど困っているようには思えない」

「これから困るだろうことへの備えとは考えないんだな?」

「これから?」

「自分の代わりはいくらでもいる、そう考えるのは自然だ。特に軍人はな。逆に考えろ、だからお前が選ばれた。代わりがいくらでもいる、その一人としてな」

「代わりくらいで充分だと?」

「馬鹿、――代わりが利かない人物にこれからなるんだよ、お前らがな」

「……よくわからん」

「若いな」

「お前に言われたくはねえよ……」

 それもそうかと、笑っておいた。


 空港に到着してから、迂回して裏口へ。そのままフェンスを通り抜けて用意されていたヘリに乗る。

 次の空港で待っていた戦闘機に乗って、あとは鈴ノ宮まで直通だ。

 ちなみに運転手は元軍人で、やや老いた人物である。趣味で乗り回したいお年頃、久しぶりの長距離でハッスルしていた。

 こういう人物こそ鈴ノ宮で確保したいのだろうが、さすがに年齢の問題で見送りだろう。


 出迎えは五六いずむがして、そのまま執務室まで向かった。


「ああ、戻ったのね。早くて驚いたわ」

 手元の書類から、ちらりと顔を上げるだけで、すぐ作業に戻る。

「五六、シェリルを隣へ。用意してあるから着替えなさい。ジィズは――そうね、なにか質問は?」

「お、おう……いや、なんだ、思ったよりも若いんだな」

「そうね。あなたのすることは、とっとと事務を覚えて私の机の書類を減らすこと。どうして、あなたたちを選んだのか、その理由はもう少し先に理解できる。シェリルは屋敷の掃除。仕事の質問は五六へして。寝泊まりは、敷地の隣にある詰め所で。安心なさい、そのうちに人手も増えるから。その時に仕事の説明をするのは、あなたの仕事。わかったらとっとと動きなさい」

「事務所で仕事もできるんだな?」

「今ここには、私と五六、あなたとシェリル以外は客人しかいないから、好きに歩きなさい。そうね、二時間あげるから自由にしていいわよ」

「……すまん、時間をもらう」

「そうなさい。ああ、シェリルは屋敷に寝る場所を作るから。男連中は詰め所、その方が気楽でしょう?」

「わかった。少し歩いてくる」

 ジィズが出てから、清音きよねは大きく吐息を落とした。

「煙草いいわよ。それと、そこにある書類に目を通しなさい、ベル」

「……お前も、随分と手が早いな」

「優先順位を間違えないだけ」

 ソファに腰を下ろして書類を見れば、資金の貸し付けに関することだった。

「――土地の手配もしたのか」

「まだ手はつけてないわ、参考程度に。専門業者もリストにあるけれど、図面があれば早いわよ」

 今の状況ならばねと、付け加えられれば、なるほど、鈴ノ宮の手腕もさすがと言えよう。

「俺がリストアップしていた業者だし、土地も半数重なってる」

「あら、それは私への誉め言葉ね?」

「そのつもりで言った」

 小さく笑い、ベルは煙草に火を点ける。

「じゃ、次の仕事の合間に、資金の流れだけ決めておく」

「ええ、そうしてちょうだい。それ以降は、ノータッチにしたいわね」

「その方が良いだろうな」

 さて。

 運送屋の肩代わり、その報酬はいかほどのものか。

「――で、れいはなにしてるの」

「んー、おなかすいた」

「…………?」

「俺を見るな」

 まだいるとは思わなかった。

 というかこの女、どこまでついて来る気だ……?



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