第6話 技術の闇が集う場所

 公人は深く訊ねない。

 一日休んで多くのことを知り、その説明もしておかないといけない――そんなふうに思い、いろいろと情報整理をしていたのだが、公人は口を歪めて一言。


「証明できるなら話せ」


 たったそれだけで、青葉は口を噤むしかなかった。

 証明できるはずがない。

 意味と意味の競り合いに対し、自分がその仲介役となって場を沈めた、だなんて、どう証明したらいいのだろうか。


 ――拾われて三日目の朝。

 問題が発生した。


「ちょっと公人、話を聞きなさい」

「俺はいつも話を聞いてる」

 欠伸が一つ。朝食はパンと卵、それからハムサラダ。朝は手をかけないんだと、公人は言っていたが、これだけでも充分だ。

 朝の公人はいつも眠そうだ。シャワーを浴びて、歯を磨いて、着替えをしてもその顔には眠たいと書いてある。朝が弱いのかと思えば、完全に夜型になっており、寝ていないだけらしい。

 なんというか――。

 青葉を拾った翌日から、公人はいつも通り学校へ行っているのだが、どういうメンタルなのかちょっと疑うくらいである。

 ともあれ。

「公人」

「んー」

「あなたが学校に行っている間、――私は暇なのよ」

「へえ」

「深刻な問題なのよ。外にも出られない、いや出る気はそうなかったけれど、とにかく室内でやることがないの。まだ寝室以外に足を踏み入れてもいないし――聞いてる?」

「おう。死にそうなほど暇なら、掃除機にでも話しかけるといい」

「なんで」

「会話になるから」

「そういう冗談は――……え? 会話になるの?」

「そこで――」

 視線をリビングの隅で充電中の、円形自動掃除機に向けて、公人はソファで頬杖をついて。

「定時に起きては仕事を終わらせるついでに、まるで俺がゴミだと言わんばかりの態度で脚に体当たりを繰り返すクソッタレなうるせえ掃除機がいるじゃねえか」

「知らないわよ?」

「おい掃除機、会話をお望みらしいから、期間限定でしゃべっていいぞ」

『……』

「なんだ、一丁前に不機嫌ってか?」

『四十八日と13時間13分ぶりですね、所有者オーナー様』

「ほれみろ、嫌味ったらしい開口一番で目が覚めた」

『では感謝を』

 僅かに、機会音声のようなノイズ混じりにはなっているが、その声はとても流暢で。

『初めまして青葉様、私は――』

芹沢せりざわ企業の開発課にいる知り合いから押し付けられた、性能だけは一丁前の掃除機だ」

『データ収集を代金として受け取ったにも関わらず――』

「押し付けられたんだ」

『――私の頼みに答えず会話もせず、義務放棄をした男は、挨拶すら遮る愚か者です』

「聞いての通り性格が悪い」

『それは所有者の反映です』

 公人はため息を一つ、落とした。

「名前はレイン、そう製作者が名付けた。躰は掃除機だが、内部プログラム――本体は、俺の知り合いが作ってな」

「作った? AIを?」

「いや、AIじゃない。――生命体だ」

「――え?」

「電子の世界で作り上げた生命体。まあ、掃除機自体も高性能だし、まだ育成途中ってこともあって、多少の制限はある」

「ちょっとまって、……可能なの?」

「現代の技術レベルを知らないのか。あー……じゃあ連れてくか。レイン、芹沢に面会予約アポイント。フラーケンから二村にむらに繋げ」

『お時間は?』

「十時過ぎ」

『では目覚ましのセットも』

「こういうところが気に喰わねえ……」

 ため息を一つ。

「二時間寝る、そしたら出かける。寝室のクローゼットから服を見繕っておけよ、青葉」

「公人の買ってきてくれた服、かろうじてサイズが合うだけだものね」

「俺に女っ気がないことがわかって、よかったな。ふわ……じゃ、寝る」

 ごろんとソファに横になった公人は、そのまま眠った。


 起きたのは、二時間と少し過ぎてからだった。


「おはよう」

「……おう」

「驚いたわ、この掃除機のジャンプ機能に」

『内部ブラシも変更できますので』

 だからって腹の掃除はどうかと思うが、目は覚めた。

「準備――は、してるか」

「ええ、先に起こされたもの」

「さようで。レイン、室内は頼んだ」

『お任せを。行ってらっしゃいませ、青葉様』

 そうして、揃って外へ出た。

「……顔は隠さなくていいのかしら」

「そこまではいいだろ、気にするな。野雨のざめに入るが、お前はもう。そのつもりでいればいい」

「わかったわ」

 だったら堂堂どうどうと歩けばいい。人目を気にするなんて、慣れないことはするものじゃない。

「……え? 私が死んでるって、何も話してないわよね?」

「あ? よくあることだろ」

「ないわよ」

「あるんだよ、こっちではな。事故にせよ、故意にせよ、身を隠すには死ぬのが一番だ。まあお前の場合は、望んだものじゃないだろうけどな」

「…………」

「なんだよ」

「カルチャーショックって言うのかしら、これ」

「現実なんて知らないことが多いもんだぜ。俺だってそうだ」

「納得しておくわ……」

 考えだせば、頭が痛くなりそうだ。特に、自分がいつの間にか、そっち側に数えられるようになった現実からも、まだ目を反らしたい。

 野雨の市街はインフラが発達しており、公共交通機関を使えば、すぐ目的地に到着する。どちらかといえば、会社の多い区域に、その巨大なビルは存在した。


 世界的にも有名な、芹沢企業、その開発課である。


 公人に連れられ、堂堂どうどうと中に入って受け付けへ。スーツ姿がちらほら見られるエントランスでは、あまりにも場違いな子供が二人、そういう点で気後れしそうだったが、公人は態度を変えない。

「公人だ、二村はいるか?」

「――はい、聞いております。研究室にいますが、ご案内が必要ですか?」

「んや、自分の足で行く。それとたぶん、携帯端末の要求をするから、契約の準備くらいしといてくれ」

「あら、彼女の?」

「俺の女かどうかはともかく、そうだ。あとはあいつの気分次第」

「はあい、用意だけしておくね。じゃあどうぞ」

「おう」

 こちらはエレベータが四つ、その中の一番左に入り、五階へ。

「……え? 公人の家、この建物のレベル?」

「なに言ってんだお前は、比較対象が違うだろ」

「私は決めたわ。携帯端末を手に入れたら、まず家賃の平均を調べることにする」

「ああそう、俺の目的がわかったようで何より。さすがにお前も不便だろうと思ってな……双海ふたみは、俺と同じ学校で、まあサボり魔って感じでな。たまにはこうして、顔を合わせて話すこともある知り合いだ」

「女性?」

「おう。ちびっこい――よう」

 エレベータが到着したら、ややガタイの良い男がいた。

「ん? おう、公人じゃねえか」

「元気そうだな、双海に逢いにきた」

「お前そりゃいいが、俺の名前を使ったろ」

「丁度良かったからな。お前の研究室って、こっちだったか?」

「いや、また双海の馬鹿がインターホンを分解しやがったから、修理してた」

「毎度のことだな」

「注意しとけ」

「俺の仕事じゃねえなあ」

 そのまま入れ違いで別れて、少し歩いたところの扉が開いていた。

「双海、来たぞ」

「おーう」

 中を覗きこめば、足の踏み場は入り口だけ、あちこちに部品のようなものが散らかっていて、その中央に彼女はどっかり座り込んで、手元を動かしていた。

「聞いてる聞いてる。サファイアのカッティングで失敗した間抜けの言い訳タイムだろ? やり直せと言ったあたしへの文句なら、鏡に映ったどっかの馬鹿を相手にしといてくれ。だいたいコンマ5で失敗ってどうなんだよ、こっちの要求はコンマ2だってのに」

「相変わらず話を聞かねえな……」

「聞いてる、聞いてる。それで――おう、公人か。結婚報告なら他所よそでやれ、お前の人付き合いなんて知らねえよ。珈琲はそこだ、好きに飲め」

「何してんだ」

「暇潰しに時計のギミックをな……ん?」

 こちらを一度見て、また作業に戻り、更にこちらに顔を向けて。

「――おう、公人か」

 また同じ台詞を言って。

「なんだ、こっちで逢うとは珍しいな。用事か?」

「結婚報告じゃねえよ。この前、どういうわけか? ちょっとした挨拶ついでに俺がここに来たら、携帯端末は芹沢で調達しろってうるさく言ってただろうが。それを覚えてた俺に対して感謝したらどうだ?」

「言ったか?」

「言った」

「じゃあその時、携帯端末を作ってたんだろうな。あたしは双海だ」

「青葉よ」

「あー、……携帯端末だったか、タッチパネル形式があったはずだ。ちょい探すか」

「開発は落ち着いてんのか?」

「おう、電気エンジン搭載車は既に工場のラインに乗ってるし、予約が始まって車会社は頭を抱えてるところだ。ははは、販売課も容赦を知らないから」

「え? 電気エンジンって、ガソリン車じゃなくて?」

「おう、完全電気式。そのうち携帯端末も、タッチパネル形式が主流になるぞ、あっちも――どういうわけか、あたしの開発品をベースに、値段を下げて開発ラインに乗ってたから」

 採算度外視。

 商売のために作らない――それが、芹沢の標語だ。

 もちろん薄利多売になるのだが、その赤字を補填する投資が山ほどある。寄付金という名目で集まるらしい。青葉が知っているのは、それくらいなものだ。

「で、自動運転用のAIを搭載する」

「――え? ちょ、ちょっと待って。AIってそんなに高性能なの?」

「馬鹿か、いや馬鹿だろうことは顔を見りゃわかるか、すまん」

「謝らないでちょうだい」

「室内AIがもう導入されてるだろ、あれの発展系だ」

「なにそれ」

「うちについてるの、気付いてねえのか。屋内の温度から電化製品まで、全部管理してるぞ。レインは別物」

「そりゃそうだ。そもそもAIなんてのは、。あくまでも選択をするだけだ。特定の状況に対する判断を下す、多くの選択肢から限りなく正解を導き出す、そういった行為だな。電子サーバの構築にAIを使ったものがあるだろ」

「し……知らないわ」

「じゃあそういうもんだと覚えておけ。どうせわからんだろうが、ついでに聞いておく。自動運転の一番の問題はなんだ?」

「ええと」

「公人」

「考えさせてやれよ、双海。自動運転にとって、歩行者や障害物が問題となるのと、同じことでな。結論から言うと、が問題だ」

「――ああ、聞けば、わかるわね。確かに全部が自動なら、レールの上をおもちゃの車が走っているのと、似たような感じになる」

「で、芹沢の馬鹿は、じゃあ実際にやろうって、やっちまうんだよ。一年くらいでそいつが現実になる」

「待って……ねえ、待って。現実になるのに、どれだけお金がかかるの……」

「時間に比例するのが現実だろ。それは経理が考えることで、あたしは知らん」

「技術屋しかいねえからな、ここ」

「現実の闇を見たわ……」

「んな大げさなもんじゃない。とはいえ、トシなんかは不満ばっか言ってたけどな」

「誰だ」

「キリタニって、まだ若いやつだ。新卒か、そんくらいのな。車が趣味で、電気エンジンの制作なんかは、あいつが趣味でやってた。冗談交じりに、軍に行ってジープでもいじってろって言ったら、真面目に考えだしたぞ。ははは、笑ってやった」

「へえ? 軍にも技術屋は必要か」

「それは知らん――お、あった。ちょい大きめだが、ポケットには入るだろ。厚さも4ミリで抑えた」

 放り投げられたそれを公人が受け取れば、もう一台も投げられた。本人は腰に手を当てて躰を伸ばしてから、珈琲サーバーに向かう。

「さっき言った気もするが、うちの製品として出回るから、そう気にしなくていいぞ」

「既製品と違うところはどこだ」

「ん? 薄型のインカムが付属してるところと、充電速度やスペックが倍くらいあるのと、電池の持ちと、スイッチの形状と、スピーカーがついてねえのと、OSがデバッグ可能な開発用なのと、機能制限がないのと、ガワに合金入ってるから40グラムくらい重いのと」

「多いわね……」

「もう一台あったから公人も使えるってのと」

 珈琲を片手に、ガラクタの中からシルバーの同じものを拾い上げ、黒色と並べて。

「――サファイア使ってるくらいか」

「ああそう」

「最後にとんでもないのが出てきたのに、平然と対応するの!? 相場知らないけれど高いのは知ってるわよ!」

「うるせえなあ、どうでもいいだろそんなの」

「二台でいくらだ?」

「じゃあ三万円な」

「おう」

 当たり前のように財布から三万円を取り出してテーブルに置く。

「使用データは自動アップロードか?」

「おう、あとでサーバを作っておく。製品版とは違って、こっちは実働データ取ってねえからな。うちで契約してけ」

「そのつもりだ」

「二台で三万……破格じゃない」

「あ? 細かいな青葉、あたしが趣味で作ったもんに、大それた金額をつけれるかっての。給料なんて、飯が食えりゃそれでいい。つまりここで過ごすあたしにとって、金なんかなくても、材料さえ手に入るなら、どうとでもなる」

「こう言っちゃいるが、一つ開発するたびに相当な金額が手に入ってるはずだぜ、こいつ。制作者の利権ってのは、ここじゃ最大限の保護が入る」

「マージン取られるけどな」

「い、一応聞くけど、……どのくらい?」

「単純計算、一台百円として計算してみろ。三十万人が購入したら?」

 大げさな人数ではないことは、わかる。何しろ、芹沢の製品は総じて、性能の割に破格の安さなのだ。そもそも、儲けではなく流通が目的だから。

 ――いや。

 目的は、作ることか。

「実際にあたしの手取りが一つ百円ってことはないけどな」

 言って、珈琲を一口。

「そういや、お前んとこのステレオ、調子どうだ?」

「毎日とはいかないが、ほぼ電源は入ってる。カナエとは何度か連絡も取ってるし、データはレインが送ってるはずだ。不具合はないし、今のところ不満もねえよ。やたら新しいのを押し付けようとすること以外はな」

「はは、そりゃ仕方ねえだろ。こっちは作って、データ取らなきゃしょうがない」

「なんなの、あんたたちは……」

「あ? 何がだ青葉、言いたいことがあるなら言えよ。バストアップ体操の効果があるかどうか、なんて話題は知らんぞ」

「なんだやってねえのかよ」

「大きくしたって邪魔なだけだ」

「いや、サイズの話はともかく、ええと、同年代? 同い年? 馬鹿なの?」

「馬鹿はお前だ。おい公人、ちゃんと教育しろ」

「俺の仕事じゃねえよ。ただ、責任の負い方ってやつを知ってるかどうかだ。違いなんてそれだけだぜ?」

「……なんの責任よ」

「自分がやったことの、責任だ。俺がお前を拾ったり――こいつが、好き勝手に開発したりな」

「ああもう、普通の生活がしたい……」

 公人と双海は顔を見合わせて、青葉を見て。

「普通だろ、こんなの」

「まったくだ。学校なんてクソ面倒だし……そういや公人、お前、やたら口数の多いセーラー服の女は知り合いか?」

「その話はまた今度にしたかったんだけどな。たぶん青葉も知ってる」

「――え? 驚きすぎて疲れてきてるけど、なんで、知っていることを知ってるのよ?」

「お前を拾ったタイミングと、繋がりだな。俺もまだ一度しか逢ってないが双海、何があった」

「フルダイブ機器はあるのかと、打診してきた。まだ不具合もあるし、最長でも二時間って制限付きで、ついこの前に使ってた」

「――寝狐ねこか」

「言ってはないし、あたしは話してないが、たぶんそうだろうと当たりはつけた。契約上、ログは消すって取り決めだったから」

 何かを言おうとした公人は、ため息でそれを止めた。

 わかったからだ。

 あの少女が寝狐の話をして、現実で逢っても意味がないと言った時点で、芹沢を頼って電子世界にダイブする機器を借りるだろう、と。

 そこまで予想した上で、まず公人から、それを問うのが順序だ。甘かったと言われても、反論できそうにない。

 そしてあの女は。

 こういう公人の反応すら、予測していたに違いない。

「なるほどな……」

「なんだ」

「いや、気にするとハゲそうだからやめとく。で? 今日はオフか?」

「おう、プロジェクトも終わったからな。お前らの相手をしないほど忙しくはねえよ」

「だからって学校に行くほど暇じゃねえんだろ」

「当然だ」

「つーか、そのフルダイブ機器、俺にも使わせろよ。面白そうだ」

「まだ試作品だって言っただろ。たぶん流通には乗らないし――残念ながら、予約が入ってる」

「物好きが多いな」

 青葉は円形の椅子を見つけて引っ張り、腰を下ろすと額に手を当てた。

 同い年。

 何が違うのか考えるのは後にしたところで、ともかく、この二人と同い年である事実から目を背けたい。

 自分が子供であることを、痛感するから。

 だからといって、手に職を持ちたいとは――まだ、思わないけれど。もしかしたら、その点が違うのかもしれない。



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