一夜のキリトリセン 『同題異話SR』

灯生すずな

桜花一片に願いを[April]


桜花おうか一片いっぺんに目を遣る

「花弁が薄紅色から白に変わりつつある」

そんなことに気付いた今日日

父が残した物のひとつ、鶯色うぐいすいろのスタジャンも

大分肌寒くはなくなっていた

90'sのメンズ物だ


染井吉野そめいよしのの花弁の色が

日に日に薄くなっていくのを見るために

日参している私は

余程の暇人なのだろうか

なに、花屋だった父に吹き込まれた

桜の知識を確かめに来ているだけさ


――なんて、強がり


私は桜木の元のベンチに腰掛け

煙草をくゆらせる

生憎、父の嗜好品であったセブンスターではない

世知辛いご時世である

ふと、煙で景色を濁してみるのは私がこの風情ふぜいに陶酔している故か


はらり――と、ひとひらの花弁が膝上に舞い降りた

散った桜を愛おしくてのひらに包む

「この桜花一片一片に、命が込められているのだから」

そう、願うのはこの季節がさせること


この桜木の元で

この空色のもと

この咲き乱れる桜花の

ひとひらひとひらの生命たち

みなそれぞれ想いを抱いていないだなんて――ありえない

この季節にみる私の酔興だろうと言われようが


私は、彼らに耳を方向けようとする

目映まばゆい景色にくらみながら


ふと、桜木に

「また、来年――」

そう言われた気がした


はらり、ひらり、桜花

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