玲瓏の翼
珍歩意地郎 四五四五
第1話001:御前試演のこと、ならびに控えの間のこと
パイロットの顔面から、眼球がとびだした。
つづいて、
噴出し、
スタジアムを満たす群衆の中から叫びと悲鳴。
しかしそれを圧する歓声――そして尾を引く
宙空に浮かぶ、一辺五○m近くの大モニターは、惨状を
「ハイ!えー、と言うコトで。つかまっちゃったワケですけどもぉ」
「ねー?これで6人目?ですか?ヒドイことになりましたネェー」
「おまえ全然ヒドイと思ってないダロ」
スタジオからの、手を打ちたたくバカ笑い。
だが、居ならぶ数万の観衆はモニター画面などそっちのけで、耐撃ガラス張りのドーム天井ごしに外を見つめたまま動かない。
全天を、
気流がはげしいため、明暗・濃淡が入れ替わりせめぎ合う。
その
同調機体からの
さしわたし一○○mはあろうかというその腕が、最後にオレンジに赤熱する。
航界機の放つ界面翼が、やせ細ってゆき、やがて機体は爆散した。
巨大な光の腕は、それにまるで満足したかのように色をうすめ――消える。
機体の残骸がスタジアムの方に落下してくるが、今回のため、特に配備された
砲声、雷鳴、空震。その他もろもろが重なる轟音。
一○万人規模を誇る広大なグラス・ドームのトラス構造が、地震か、あるいは爆撃を受けたかのようにゆれた。
どこかでひびく硬質な金属音は、
――
三年に一度。
断片化した各世界がニアミスを起こすときに発生する、
そして集まった、数多の観客……。
彼等の関心は、この公開試験に出場する候補生達の“首尾”だった。
機動に要した時間。
あるいは採点の総点数。
東と西の修錬校の対決判定。
さらには、候補生の「生死」まで。
バイパス回廊のゲート通信を使い、他の事象面世界にも実況中継されるこのイベントは、その結果予想に小国の国家予算規模にも等しい賭け金が動く。
唇のはしに、
* * *
「またもや、ドッカぁ――――ん!……か?」
重い沈黙を破って、候補生の一人がおどけた風に。
しかし、それに続く者はいない。
選抜候補生たちが試演の順番を待つ、
いまの機動を、部屋に設置されたモニターで見ていた少年・少女たちは、己の内をさらすまいと、
そしていずれも18を出ているようにはとうてい見えない。
ひ弱なアゴの線。
小鹿を想わせる透明な
面差しには、ただ
彼等がまとう航界士候補生の礼服は、出身錬成校の校長がその趣味を反映させるのか、大戦中の軍服を思わせる物もあれば、時代がかった中世の装束を連想させるものもある。唯一共通なのは、礼服の胸に勲章や略章のたぐいを並べたてていることだろうか。
一見して、古今東西の若くして
のこらず生気なく、おしなべて
逃亡防止のために窓のない広間は、思いのほか息がつまる。
さらに加えて豪華な調度品が所せましと並ぶだけに、余計にその感をつのらせた。
交差ヴォールト様式の解放感ある高い天井が、せめてもの救いとなり、少年少女候補生たちの頭上に広がって……。
大扉がノックされた。
候補生たちはビクリと身をふるわす。
入ってきたのは、『控えの間』付きのメイドだ。
王宮付きの派遣要員だろうか。冷たく、洗練された印象。
栗色の髪をピンで押さえつける整った顔だちは、
ヴィクトリア風の重々しいバッスルがついた、黒白の給仕ドレスに身を包み、
宮廷伍長――つまり、平軍でいうところの先任曹長階級だ。
彼女が紅茶の道具を載せたダイニング・ワゴンをゆるゆると押し、部屋の中央にしつらえた巨大なサモワールに近づいて、
彼女もまた無言のまま一連の義務をはたすと、おもむろに一礼。
ワゴンを押し、少年たちの目前から去っていった。
大扉の
「――これで五機つづけて、か」
スプーンが、ティーカップに幾分激しくうち当てられる音。
「単座四機に、復座一機……みんな瞬殺だったな。」
「機動の内容だってそんなにワルくなかったぞ」
「にしても、今回の事象震。ちょっとヒドくないか?」
「自信ナイ、とか?」
「――自信があるヤツなんて居るのかよ」
どこかで湧いた、ふてくされたようなこのひと言は、効いた。
広間のあちこちに陣取る候補生たちの顔が、一様にかたくなる。
予想外の『
かといって、試演をキャンセルということは、できない。
それは出身修練校の限りない不名誉であり、在校生の進路にまで多大な影響が生じる。いまさら後になど、とうてい引けない彼等だった。
まだ幼年校ともみえる一人などは、幼い顔をさらに涙ぐませて椅子の上でひざを抱える。さまざまな思惑をふくんだ視線が、部屋に飾られた高価な
壁に掲げられたラファエロのレプリカ画。
額縁のなかで予言者が、おもわせぶりな微笑とともに天を指して。
その隣に据えられた、人の背丈以上もある柱時計は
「『
やや久しくして、赤地に金の縁どりが印象的な、どことなく近衛兵めく礼服を着た少年が、手にしたカップごしに部屋の片隅にいた候補生を“
『九尾』と呼ばれたその候補生のほおには、うっすらと尾を引く白いキズ跡。
首もとに
彼は背後の問いかけに、スタジアムの情景を映し出すモニターを
べつの声がイライラと、
「どうだィ『九尾』!“
「――さて、ね?」
* * *
「さて、ね?じゃねーだろ『ポンポコ』!」
ヒソヒソとしつこく話しかけてくるのは、となりにすわる候補生1021『牛丼』だ。外象人特有の金色の瞳を、文字どおり好奇心でかがやかせている。
「こんどの秋の大戦技会、ぜったいオマエ選ばれるって!」
「でも、こっちは1年だよ?しかも“三級”候補生の」
『ポンポコ』と言われた彼は先日の技能審査フライトを、苦い思いと冷や汗が
高々度試演中、余計な界面翼をハンパに出してバランスを
「さっき教官室で盗み聞きしたんだ。こんどの特殊作戦?だかナンだかに、加えるかもって。オマエを」
まさか、と彼は苦笑し、
「――どうせ赤点のリストでも読み上げてたんだろ」
午後もおそい授業だった。
航界士候補生・修錬校〔
秋の陽ざしが、教室に
ときおり、防爆用の土手を
運動場ではラグビーだろうか。ホィッスルや、かけ声。
スクラムを組むときの
そんな中、
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