俺の入院日記 その7
食事が終わり、後片付けが終わると、午後9時の消灯時間までは特に何もする事はない。
午後6時に夜勤の看護師2名が出勤して来て引き継ぎを終える。
俺達入院患者は、自室でベッドに潜り込むか、テレビを視るか、各々好きなように過ごせば良いのだ。
テレビでは、プロ野球の中継が流れている。
俺はあんまり野球に興味のある方ではないので、隅のテーブルで壮太と二人で声優談議に花を咲かせていた。
(本来趣味じゃない話題について話すというのも、結構辛いものだ)
話ながら、俺は何気なくホールの中を見渡した。
今ここにいるのは、俺達二人と、髪の長い20代後半と思える色白の女性、編み物の本をテーブルの上に置きながら、レース編みに集中している。
はす向かいのテーブルでは、短髪で眼鏡の40がらみの男性が、若い男と二人で、小声で何か喋っている。
残りは三人、男が二人と女が一人、みんなテレビの前に集まって、ナイター観戦としゃれこんでいた。
こうやって見ていると、ここが精神科の病院だなんて、誰も信じやしないだろう。
テレビドラマや映画なんかの影響で、こうした病院てのは、薄暗くて、患者は全員檻にでも入れられ、何か意味不明のことを呟いていると思っているみたいだが、表向きは至ってまともに見える。
時折、さっきの食事のような光景に出くわすことはあるようだが、人は見かけでは分からないものだ。
いや、そうじゃないな。
むしろ俺達外にいる人間の方が、
『まともじゃない』のかもしれない。
『中村君!』
後ろからちょっとハスキーな、いわゆる、
『アニメ声』というのが聞こえてきたので、俺はふっと後ろを振り返った。
壮太も慌てて振り返る。
そこには丸顔で切れ長の目に、ピンク色の縁の眼鏡をかけた女性看護師が立っていた。
(どこかで見た顔と聞いた声だな)
俺は思った。
『どう、元気?少しはましになった?』
ああ、そうか・・・・
『横川めぐちゃん!』
恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だ。
ちょっとばかり仕事の必要上名前と顔を覚えただけだっていうのに、俺の脳の中に、ばっちり刷り込まれていたんだからな。
『ああ、みつきさん、今日は夜勤だったの?うん、僕は少しはましになったよ』
壮太は周りをきょときょと見渡しながら恥ずかしそうに彼女の顔を見た。
『そちらが・・・・今日入院された乾さんね?私看護師の遠山みつきっていいます。よろしく』
俺も慌てて頭を下げた。
(世の中には似た顔の人間が3人はいる)
などというが・・・・それは本当だったんだな。
『ね?そっくりでしょ?』
彼女が行ってしまうと、壮太は俺に囁くように声をかけた。
『うん、そういや似てるな』
俺はわざと気が付かなかった風で答えた。
『僕がここで入院してられるのも、いってみれば彼女がいるからなんですよ』
彼女はそこにいる患者に次々と声をかけていった。
誰にでもきさくに、分け隔てなく話しかける。
それが彼女の魅力なんだろう。
やがて午後8時40分になった。
一日の最後の儀式・・・・寝る前の薬を飲む時間だ。
薬は毎日食後と、それから寝る前に服用しなければならない。
それが終わると、寝る支度のため、全員がホールから引き上げ、自分たちのベッドの中へと帰ってゆく。
俺も壮太と二人で廊下を歩き、自室へと引き上げた。
ふと、視線を感じた。
頭を上げると、廊下の片隅、丁度トイレの斜め向かいにある喫煙室のガラス窓、その中から三人の男がこちらをじっと見据えていた。
壮太はちらっと男たちの方に目をやると、慌てて視線を逸らせ、そそくさと歩き出した。
一人はあの、夕食時に怒鳴り声をあげた髭面の30男。
あとの二人は目つきは悪くないが、ちょっと気になる表情の男だった。
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