俺の入院日記 その6
ホールに向かうと、もうそこには入院患者のほぼ全員が集まっていた。同時に、大きなワゴン車が二台、夕食を運び込むために入っている。
配膳をしているのは日勤の看護師(女性2、男性1)三名と、補助をしている中年の女性介護士二名の合計5名だ。
俺はホールをざっと見渡した。
どうやらこの西4病棟には男女合わせて凡そ50人ほどが入院していると見た。
後で壮太に聞いたところによれば、中には食事を食べることを断る人間もいるそうだ。
患者たちは全員列を作って並び、看護師たちの手から盆を受け取る。
献立は毎日違っているらしいが、まあ、病院のメニューなんてものは、あまり期待するほどでもない。
今日の夕食は、和風ハンバーグに、わかめスープ、野菜の煮物に漬物。そしてご飯だ。
コップを持ってくるのを忘れたといったら、中村君が、
『ちょっと待って』といい、看護師に何やら話しかけると、プラスチックのコップと割り箸を借りて来てくれた。
(お茶は大型のテレビのすぐそばにあるサーバーでセルフで汲んでくることになっている)
『自分のものは、明日介護士さんに頼んでおけば買ってきてくれるから』とのことだった。
流石に元ADをしていただけのことはある。気が利く青年だ。俺は思った。
食事を受け取り、俺が開いている席に適当に座ろうとすると、彼が俺の肩に手を置いて、
『ちょっと待って』という。
ちょっといぶかしく思った俺だったが、すぐにその理由が飲み込めた。
俺は壮太が案内してくれた、窓際のテーブルに腰をかけた。
テーブルは一脚四人掛けで、それが十~二十ほど並べられていた。
俺たちのテーブルには、二人きりで、何故だか他の人間は座ろうとしなかった。
席について食事をしようとした、丁度その時である。
『どけぇ!』
鋭い怒号が響いた。
声のいた方に首を向けると、そこには髪も髭も伸び放題に伸びた、茶色いスウェットの上下を着た、三十代と思われる背の高い筋肉質の男性患者が盆を持ったまま、椅子に座っている女性を怒鳴りつけているのが見えた。
女性は小太りで、二十代後半だろうか。怒号に驚いて、びくっとしたような表情をすると、すぐに大声で泣き始めた。
周りにいる患者たちは、一瞬そちらの方に目を向けたが、やがて何事もなかったかのように知らん顔をして食事を続けている。
すると、配膳をしていた看護師の一人が慌てて飛んできて、スウェット男をなだめると、座っていた若い女性をなだめて立たせ、別の空いている席に移動させた。
『ここは、座る席が決まっているんですよ・・・・』
壮太は小声で俺にそっと教えてくれた。
席割については別に病院サイドがそう決めたわけではなく、患者たちが自然に、
『決めた』ということになっているらしい。
壮太によると、さっきの男性は一時期症状が安定せず、ここより一階下にある『男性専門棟』に移されていて、昨日こちらに戻されてきたのだそうだ。
あの席は彼が前から座っていたところで、それで癇に障ったのだろうということだった。
他の患者たちが別に騒いだりしなかったのも、今のような光景は日常の風景で、格別珍しくもないからだという。
『彼女が大人しいから、あれで収まったんですよ。前なんか別の患者さん同士で取っ組み合いの喧嘩になったことがありましたからね』
壮太は当たり前の様な顔をして、そう付け加えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます