むしょくのにーちゃん

木兎太郎

むしょくのにーちゃん、いいことをする

「大丈夫?どうかしたのかな?」


 一人の少女が、交差点でキョロキョロとしている。とても不安そうだ。僕はそんな少女が心配になり、つい声をかけてしまった。もちろん他意はない。


「私・・・迷子なの」


 予想通り迷子だったようだ。


「う~ん、そうだな。君のお家からはどれくらい歩いたのかな?」


「・・・わかんない」


 少女と会話していると、徐々に悲しくなってきてしまったのか、次第に少女の目に涙がたまり始めていた。このままでは家を探すどころではなくなってしまう。


 それに僕は子供の扱いが上手いわけではない。一度泣き出してしまえば泣き止ませる自身ははなかった。


 僕は辺りを見渡して、何かないかを探した。


 そして少し離れたところに、コンビニを発見する。


 少女の見た目から5歳程度であることが分かる。


 僕は思いついたことを実行するためにコンビニに向かうことにした。


 ポケットの中には二百円ほど入っていた。これで足りるだろう。


「少しだけここで待っててね」


 僕はすぐにコンビニへと入り、棒付きの平たい飴を購入する。袋から一つだけ取り出し、残りは手荷物にしておく。


 買い物を終え、すぐに少女の元へと戻る。まだ泣き出してはいないようでよかった。だが、それも時間の問題のような気がする。


「これ、あげるよ」


 僕は少女の小さな手を持ち、平たい棒付き飴を一つだけ乗せた。そんな僕を少女は疑問気に見る。


「でもね、今はまだこの飴をなめちゃいけない。お母さんと会えれば、その時にお母さんに開けてもらってね」


 少女の口角が上がり、少しだけ笑顔になったのが分かる。


「うん、わかった!」


 聞き分けのいい子でよかった。


 でもまだ問題が解決したわけじゃない。


 おそらく五歳児程度のこの少女が、親なしで出歩いているとは考えずらい。近くを歩いて探してあげたいが、残念ながら僕にはそれができない事情があった。


 それに今は夏だ。暑い中少女を連れ歩けば、熱中症になってしまう可能性もある。


 仕方がないので僕は目的地を警察へと変更する。飴も渡してあるし、お母さんが来るまで待てるだろう。


 幸いにもこの近くには交番がある。


 僕と少女は十分程歩いて交番の前までたどり着いた。少女の手を引いて、ゆっくりと歩いてきたので考えていたよりも時間がかかった。


 都会でもないので、ここまで来るまでセミがせわしなく鳴いており、夏本番だという感じがした。やはり少女をあまり歩かせないようにしたのは、正解だったと感じる。


 交番に入れば、若い男性の警察官が対応してくれた。


「迷子ですか。わかりました、すみませんが少しお話を伺ってもいいですか?」


 警察官に対応してもらえば当然だろう。事情聴取ほどではないが、こういった聞き取り調査から少女の情報を集めるのだろう。


 予想通りだが、正直それは遠慮したいところだった。 


「はい。わかりました」


 僕と少女は交番にある椅子に座った。


 警察官と僕はいくらか質疑応答を繰り返した。当然と言えば当然だが、会話を続ければ警察官は、僕に確信に迫る質問をした。


「一つ気になったんですが、こんな平日の昼間から大人が手ぶらで、それもトレーナーで歩いているなんて・・・失礼ですがご職業は何でしょうか?」


 正直この質問はされたくはなかった。これに答えれば警察官がどんな反応をするか目に見えているし、僕にとってそれはデメリットでしかない。


「・・・無職です」


「・・・そうですか」


 やはり警察官が僕を見る目は変わってしまった。


 先ほどまでは優しい目をしていたが、今では少女を誘拐したのではないかという、疑いすらかけられてそうな目線に変わっている。


 警察官は少しだけ僕らを観察している。少女の手には、棒付きの平たい飴。僕の手には明らかにそれを取り出したであろう袋。


 子供の頃飴を貰っても、大人にはついて行ってはいけないと、良く習ったものだ。少女を泣かせない為とは言え、飴を上げたのは失敗だったのかもしれない。警察官の視線はより、疑い深いものへと変わった。


 そこからは少しだけ僕にとってはどうでもいいやり取りが続いた。


 仕方がないこととはいえ、無職ではいいことをするのも困難なものだ。


「とりあえず少女の件が終わるまであなたはそこにいて下さい」


 警察官は僕とのやり取りに匙を置き、少女の件にようやく取り掛かってくれるようだ。


 ようやく少女と母親が一歩近づいた。僕はホッとした。


 若い警察官は、僕が思っていた以上に優秀だったようで、それから一時間もすれば少女の母親がこの警察署にたどり着くことができた。


 若い警察官は少女を連れ、一度外に出る。


 いくつか彼が母親に事情を説明すれば、母親の目もまた、警察官のように疑うような視線に変わる。


 もしかすると母親が目を放したせいで少女は迷子になったのかもしれないのに、無責任なものだ。


 少しだけ会話を繰り返すと、母親と子供は交番から帰っていった。


 当たり前だが交番には警察官だけが戻ってくる。そしてまた椅子に座った。


「さて、君の件だが私も警察官として、疑わないわけにはいかないんです。もしも君が少女を助けただけだったとしてもね。でも君を急に捕らえたり、そんなことをするわけではありません。ただご両親のどちらかをここに呼んで、君についていくつか質問をさせて欲しいんです」


 そういうと警察官は僕の方へ、小さな紙きれを渡した。


「そこに電話番号を書いてもらえますか?もちろんご実家の」


 なんとなくこうなる予感はしていた。こればっかりは僕の力ではどうにもならないので、電話をするしかないだろう。


 ここで渋れば怪しいだけだ。


 僕は電話番号を書いて、警察官へと紙を返した。


 また三十分もすれば、その場に母親が駆けつけてくれた。


 僕の隣で母親が警察と会話をする。途中母親が何度か怒りそうになっていたが、それは僕が止めた。こんなところで怒っても自分の立場を悪くするだけだ。


 僕たちが警察署から帰宅できたのは、母が来てからさらに一時間ほど後になった。




 母親に連れられる少女が、母に声をかける。


「ねぇママ、飴あけて」


「ん?どうして飴を持っているの?」


「あのね、むしょくのにーちゃんが飴をくれたの。それでね、お母さんに会えたら食べてもいいって言ったの」


「・・・そう、あの人が言ったの」


 母親は子を優しい表情で見つめる。


「私、少しだけあの人に態度が悪かったかな」


 そして母親は子供を優しく撫でて、飴をあけた。


 

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