第2話 祖父との別れ

 それから少年と祖父は不毛の地でさらに数年を過ごした。そして今、年老いた祖父は寿命を迎えようとしている。

 彼自身、こんなに長く生きるなどとは思ってもいなかった。

 日除け風避けのために作った掘っ建て小屋の中で最後の瞬間を待ち、静かに横になっていた。


 その手を握り、金色の髪をした少年が青い瞳からボロボロと涙を流す。

 祖父はその涙をもう一方の手でそっと拭き取る。

 それでも拭いた先からまた新しい涙が溢れ、祖父の手を伝い流れ落ちた。


「不思議なもんだ。笑うことも泣くことも、お前には教えてないのになぁ」


 そう言う祖父の顔は本当に嬉しそうに笑っていた。

 これから別れの時だというのに。


 祖父と少年。

 薄い白髪頭に黒い目、骨筋ばった顔の高齢の男と、艶やかな金髪に青い瞳、目を見張るほど整った顔だちをした少年。

 容姿に似通ったところはなかった。


「ぅうっ、…っぐ」


 少年は必死に言葉を紡ごうとするが涙と嗚咽ばかりが先に出て伝えたい事が音にならない。

 そんな少年の姿を見て祖父はまた笑う。

 しかし声を出す力がもう身体からはなくなっていて、音のない空気だけが口からもれた。


「ぅっじいちゃ……っ死な……いで」


 それを聞いて祖父はまたわらった。

 声はもう出ていない。でも少年にはそれを聞き取ることができた。


『初めてのわがままが、それか。本当にお前は……』


 少年の頬に触れていた祖父の手がゆっくりと落ちる。

 地面に落ちるその前に、少年はその手を支えた。


『優しい子だ。……そのまま育てよ、思いやりのある……』


 うん、うん、と少年はうなずく。

 祖父の両手を握ったまま、次々に流れる涙を拭う。


『わしは、幸せだった。こんな幸せな最期を迎え、られるなんて……』


 祖父の黒い瞳から、だんだんと光が消えていくのを少年は見た。

 いやだっ、と首を振るが声は出なかった。


『お前と、いた時間が、楽しかった』


 何かを思い起こしているのだろうか、光の消えかかった瞳は、確かに何かを見つめているようだった。


 楽しかった。その言葉に少年もうなずく。

 記憶の限り、祖父とここで過ごした全てが楽しくて、これを幸せと言うんだ。と少年は実感する。


 少年の瞳からは、また涙がこぼれた。

 祖父の両の手がわずかな力で握り返してきた。


『ありがとうな、アース……』

 笑顔だった。

 それきり、祖父の体の全ての力が抜けたのがわかった。

 もう動かない。心臓も脈も呼吸も止まった。


 何一つできなかった。無力感と喪失感に胸の内を支配され。


「ぅっ、う、っわーーーーあぁ~!!!」


 少年は生まれて初めて声の限りに泣いた。

 その日一日を泣き暮らした。

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