エア

千夜

第1話 最果ての地

 そこは大陸の西にある最果ての地。

 木々はまばらで、それ以上先に進めば草木の1本も見当たらない無命の地帯。

 岩と乾いた砂だけが続く不毛の地は、砂漠に住まうような生き物すらめったに見ることができない。


 そんな場所に少年は祖父と二人で住んでいた。

 いつからここにいるのか覚えてはいない。

 ただもう何年も、この枯れ木で組んだ掘っ建て小屋のような家に住んでいる。


 時折、東の方から生き物が歩いてくる。人間もいれば牛や馬のような動物もいるし、一風変わった生物の時もある。

 ただ、その誰もがみな一様に虚ろな目をして一心に歩いていく。けして速くはなく、むしろ一歩一歩重そうな足取りで、それでも確実に進んでいく。こちらを振り向きもせず、眺めている自分にいちべつもくれず。西へと去っていく。


 その姿が不思議で、少年は何度か祖父に聞いてみた。


「おじいちゃん、あの人はなんで向こうに歩いてくの? 西には何があるの?」


 祖父は目を細めて西へと続く地平線を見た。砂ぼこりでかすみ、そう遠くまでは見通せない。


「彼らは生きていることに絶望したのだよ。全てを失って、あきらめてしまったのさ。この先には何もありはしない。生き物のいられる場所じゃない。無限の無の世界だ」


 それからシワだらけの顔に微笑みを浮かべ、少年のことを愛しそうに見つめる。


「お前がそんな顔をすることはない」


 そう言ってから祖父は筋ばった手で少年の金色の髪を撫でた。

 細く柔らかい毛はクシャクシャとまぜられ、絡まるようにボサボサになった。

 それでも少年は撫でられたことが嬉しいようで輝くような笑顔を見せた。

 その笑顔を見て祖父はいっそうシワを深くする。


「お前はそのまま育てよ。優しく、他人ひとを思いやれるような人になりなさい。そして笑顔を忘れるな」


 祖父が少年の頬をかるくつねるように両側に引っ張ると、少年は声をあげて笑い、頬を抑えて祖父の手からぬけ出した。


「あははっ。おじいちゃん、僕今日の食べ物探してくるね」


 そう言うと、少年はくるりと向きを変え乾いた砂地を元気に駆け出していった。


「気を付けてな」


 ひさしの下から祖父は手を振る。

 この荒れ果てた土地で、少年は必ず何かを持って帰ってくる。

 一握りの青草の時もあれば、大きな鳥を仕留めてくることもある。

 満足に食えることはないが、二人で細々と暮らしていく位はできた。


 だが、……祖父は自分の腕を見る。足も、そして見えないが頬に手をやる。やせほそり、もうほとんど骨と皮のようだった。

 自分はもういつまで生きられるかわからない。祖父はそう感じていた。


 だが、後悔も恐れることもない。

 この不毛と呼ばれる地で自分はなんと生きた日々を過ごしたことか。

 いったい誰に想像できるだろう。来るもの全てが虚無に過ぎていくこの場所で、幸福に暮らす者がいるなどと。


「おじいちゃーん!」


 日暮れを前に少年が笑顔を浮かべて駆け戻ってきた。

 その手には雑草の様なものと小さなとかげらしきものが二匹握られている。

 十分とは言えないそれを見ても、祖父は嬉しそうに笑う。これだけのために、少年はどれほどこの砂地を走り回ったろう。10Km、20Kmでは足りないだろう。


「おかえり」


 祖父は少年の頭をクシャクシャと撫でる。


「ただいま」


 昼間と同じように輝く笑顔で、少年は笑っていた。

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