今日、約束の場所で【フリー台本】
江山菰
ここはどこ?
僕「なんだろうここは……?」
色んな花が咲いている。
四季の野の花が混在し一斉に、狂い咲きしている。
よく見かける路傍の草花なのに、どこか、作り物めいた美しさだった。
その中に一本通る小道を僕は歩いている。
そしてこの風景全てに奇妙な既視感があった。
蜜蜂の羽音、鳥の声、どこかから聞こえるせせらぎの音。
僕「僕は……いつも通り、学校へ行こうとしてたのに……駅までの途中にこんな自然だらけっぽいとこ、無かったはずなのに」
僕「スマホの地図はっと……」(ゴソゴソ
僕「あれ? 今朝充電したのに電池切れ?! マジで?!」
僕は2年前に交通事故で生死の境を彷徨った。
奇跡的にどこも損なわず後遺症もないが、2か月に一度の経過観察の通院は続いている。
それに、小さなころから頑張ってきたピアノ。
全日本学生ピアノコンクールの本選が迫っていて、会場までの移動と調整のために数日学校を休むことになっている。
だからもう義務教育ではないとはいえ、出席日数はできる限りキープしたかった。
それで僕はイライラして、スマホにしばらく当たった。
僕「まさか壊れた? マジであり得ない! 学校にも家にも連絡もできないじゃないか!」
僕「とりあえず、人に道聞こう……絶対ここ学校の近くのはずだから、変な顔されるだろうな」
僕「誰もいない……通勤通学の時間なのに」
僕「あれ? この道、林に入っていくけどヤバくないか……」
引き返そうと振り向くと、何かひどく嫌な、固いものを壊す音がした。通ってきた道で工事でもしているのだろうか。じゃあ前に進んで迂回しよう。だから、てくてく、てくてく。
僕「林の中に入っちゃったよ……林っていっても、中は明るくて歩きやすいんだな」
僕「自然に触れたせいかな、なんだかすごく頭がクリアですっきりしてる。目も耳も、すごくしゃきっと見えてるし聞こえてる。気分がいいな」
僕「あれ? 家がある!」
僕「変なやつと思われそうだけどちょっとここの人に道聞こう」
ファンシーな、童話に出て来そうなログハウスだった。
他には建物らしい建物はない。
用心しいしい門から入る。
鄙びた草花が甘く薫る
珍しく思いながら足元の赤い小石を一粒手に取り顔に近づけてみる。
僕「なんかこれ、あれに似てる……」
僕「やっぱり! これ、いちご飴だ!! 」
それは、色も形も香りも、さらに味までイチゴのドロップだった。
僕「よく見ると、草も花も、砂糖菓子と飴細工だ……じゃあもしかしてこの家も?」
僕「うわ! マジか!!」
僕「木だと思ったのに、壁やドアも、木や石や漆喰にものすごくそっくりのビスケットやチョコレートだ!」
僕「すごいなあ、お伽噺の世界だ……」
僕「もしかして、小規模テーマパークみたいなやつに迷い込んだのかな? まだ開園の時間じゃないから人がいないのかもしれない……係員の人だったらいるかな?」
僕「すみませーん! あのー! 誰かいませんかー!!」
僕は、このお菓子でできた小さな家がひょっとすると受付か、事務所になっていやしないかと思い、ドアをノックしてみた。
木材そっくりのビスケットの一枚板に、ノックの衝撃で罅が入り、小さな屑がパラパラと落ちた。
僕「わっ!! ごめんなさい!!」
僕「ノックしたら危ないな……ドアノブ、ドアノブ……っと」
バタースコッチキャンディのドアノブを捻って入ると、室内はヨーロッパのカントリー風にまとめられていた。
小さな
僕「すみませーん! どなたかいらっしゃいませんか?」
入ってすぐに居心地の良さそうな居間とキッチンがあった。民芸調の木の丸椅子やキャビネット、素朴なクッションやラグが可愛らしい。
もちろん、まるっと全部、菓子細工でできている。
老婦人「あら、遅かったわね」
小柄な、品のいいおばあさんがキッチン脇の
やはり前時代的な農婦のようなドレスを着て、手には
これを取りに、ストレージに入っていたのだろう。
そして彼女は、執事風の黒いスーツを着た若い男と貴婦人然とした白い服の女を従えていた。
僕「遅かったって……???」
老婦人「ここのところ、あなたが来るんじゃないかと思ってお茶の支度をしていたのよ」
男が僕を見た。端正な顔立ちだ。
彼は僕に対する悪意とも敵意ともつかぬ
男「彼は何も覚えていませんからね、マダム」
僕「(この人の声、なんか迷惑がってるように聞こえるな)」
男「このクソアマが変なことを言い出さなければこんなことにはならなかったのに……」
彼は白い女を睨んだ。
女は細い白い首をつつましやかに傾け、俯いていたが特段
そのとき、男の背から黒い
老婦人「汚い言葉は使わないでって言ってるでしょ、レイヴン」
どうもこの男はレイヴンというらしい。
確かに、黒ずくめで、他人を少々見下したような態度の彼に、レイヴン……ワタリガラスという名は似つかわしい気がした。
レイヴン「失礼しました、マダム」
おばあさんは僕に向き直った。
老婦人「さあ、座って? お茶にしましょう」
僕「え? このお菓子でできた椅子に……ですか?」
老婦人「壊れたりしないから大丈夫よ」
彼女は真新しいキッチンクロスを、木製に見えるクラッカーの椅子の上に敷き、僕に座るよう再び勧めた。僕はこわごわ座った。
椅子は素材の割に頑丈で、壊れなかった。
僕「あの、本当にお構いなく……ただ道に迷って、学校への道を伺いたかっただけですから」
老婦人「大丈夫よ、とって食いやしないわ」
居間の隅のキッチンで甲斐甲斐しく茶の支度をしながら、黒服の男の翼が生えた肩が揺れた。
おばあさんの台詞に笑っているようだ。
この男は、どことなく感じが悪い。
白ずくめの女は無言でティーマットやティーコゼをテーブルに並べていた。
老婦人「あら、レイヴン! お客様がおいでなのにいつものお
レイヴン「ええ、いつものが一番おいしいんですよ」
さすがに茶器はちゃんとした陶器のようだ。熱い紅茶にも溶け崩れない。田舎の家で使われているような素朴なもので、部屋のしつらえとよく合っている。
白ずくめの女が小さなティーケーキを山盛りにした皿をテーブルの中央に置き、優しい声で言った。
白ずくめの女「お茶菓子よ。ミルクや蜂蜜は遠慮なく使ってね」
僕「……ありがとうございます」
おっかなびっくり、茶を飲み菓子を食べる。
おばあさんは満足そうにそれを見ていた。
老婦人「おいしい?」
僕「はい、おいしいです」
老婦人「それはよかったわ」
本当はこの珍妙な事態に、味などよくわからない。
羽の生えた男女が僕に向ける視線も、あまり心地よいものではなかった。
しかしおばあさんは上機嫌だった。
老婦人「今日はあなた、一人なの?」
僕「え?」
老婦人「前に来たときは二人だったじゃない」
僕「え?! 僕、ここに来たことがあるんですか?!」
おばあさんはため息をついた。
老婦人「レイヴン、この子本当に覚えてないみたいね。あなたはいい仕事をするわ」
レイヴン「覚えてないのにまたやって来るなんて、本当に困ったものです」
レイヴンは顔を顰めた。
僕「あの、ご迷惑かけてすみません。もう、すぐ帰らせていただきますから」
老婦人「帰るってどうやって?」
おばあさんはにこやかに言った。
老婦人「あなた、帰る道どころか、自分の名前も憶えてないんじゃないかしら?」
僕「……あ」
そこで気がついた。
自分の名前が思い出せない。
まるで記憶障害でも起こしたかのように、そこだけすっぽりと記憶がない。
それはかなりのショックだった。
慌てて足元の鞄からスマホを取りだし、自分の個人情報を読み取ろうとする。
僕「あ」
――そうだった。
なぜか電池が切れていたんだった。
ならば、と学生証や財布の中の診察券やポイントカードを出してみる。
皆、ただの真っ白い紙片、プラスチック片と化していた。
僕「まさか……そんなはずは……」
レイヴン「無駄に足掻いてるね」
カラス男がからかうように言った。
レイヴン「君はなにも覚えていやしないって。前に君がここから帰るとき僕が記憶を消したんだから」
僕「それは、どういう……ことですか」
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