魔族が生まれた日

夜煎炉

魔王様の愚かで恐ろしいお手紙

「まぁたやってる。よくもまあ、毎回飽きもせず、懲りもせず、続けられるっすねぇ。オレがアンタなら、もうとっくに諦めてるっすよ」

「う、うるせぇ! ここで匙を投げでもしたら、それこそ永遠に終わらないじゃねぇか」

 上擦った声と、真っ赤な顔でもっともらしい反論を頂いてしまった。でも、「もっともな」反論だと言えないのは、言えないだけの理由がある。だからこそオレは今日に限らず「相変わらず無駄な事をしてるっすね」なんて、からかってしまうのだけど。

 確かにミスティの言い分にも一理ある。

 オレの幼馴染にして、親友、そしてこの世界の王様でもあるミスティが何もかもを諦めてしまえば、何も変わらなくなる。これから先の何千年、魔族は悪だと言われ続けて、天使族に疎まれ、人類からは悪人扱い。そうして本来、種族の区別なく恩恵を頂戴出来るはずの神族からも、無関心を貫かれるのだ。

 種族を維持する上で、神族からの恩恵が一切与えられないっていうのは、ちょっとしんどい。

 だから何としてでも天使族との争いを終結させて、平和な世の中と、叶うなら神族からの恩恵を手に入れなければいけないし、魔王様がそれを何よりも優先させるのは、何も不自然ではないと分かっている。


 それが、何よりも難しい事だっていうのも、また。


 しょせん、種族に根付いた性質っていうのは、簡単に変わる物じゃない。天使はあくまで私利私欲のために動く事を止めないだろうし、何度世代交代したって戦闘狂のままだ。天使族に生まれた以上、絶対に消える事のない、呼吸や食事と同じレベル。

 だからオレが生まれるより遥か前、ミスティが魔王になるよりもずっとずっと昔から、天使族との争いを止めたい魔王様の無茶は繰り返されて、……失敗に終わっている。

 オレ達に対して強固な固定概念を持ってしまった人間達も変わらない。オレ達を分かり易い悪にして、天使達の思い通りに動く。人間にとっては膨大だろう、何百年という時間が経ったって、アイツ等の言う事は変わらない。「天使サマの遣いとして、お前等魔族を打倒しにきた」「悪しき魔王は滅びろ!!」ってね。誰1人、天使が自分の戦闘欲求を満たしたくて駒にしているとは考えずに。


 何百何千という時間が経って、天使長は世代交代をし、人間は死んで、天使族でさえ死んで、次世代に引き継がれる。新しい天使長。勇者の子孫。大人になった天使族の子供。

 それでも彼等のする事が変わらないように、戦争や人類の奇襲によって何度も魔王様がお隠れになって、新たな魔王様が誕生しても、新魔王様がする事もまた、変わらなかった。


「それで? 今度はどんだけ下らないコトを考えてるんすか?」


 ミスティの隙をついて彼が向かっていた紙をひょいと取り上げれば、「……おい」と普段より少しだけ低めの声が返ってきた。若干お怒りらしい。

 それは魔王様に対して不遜な態度を取ったから、っていうのではない。天使族や人間の1部では存在するらしい、「不敬罪」ってヤツが魔族には存在しないから、他の魔族と魔王様の距離はとっても近いし、みんな気軽に接している。オレ等世代は、同年代の友達のように。ちび達は近所に住むやさしいお兄ちゃんに懐くように。大人は、まるで自分の子供みたいに、って。

 そうは言っても、さすがにここまでミスティを馬鹿にして、言いたい放題しているのはオレだけなんだけど。幼馴染で親友。ミスティが正式に魔王様になる前からそうだったんだから、今更態度を変えるなんておかしな話だ。

「どうせまた、粗だらけな対策を考えてるんだろうけど。アンタ、頭良いんだよね? いい加減学習したらどうっすか? アンタの練った策がバレて、みんなが城に押し駆けたの、記憶に新しいでしょ」

 わざわざ内容を見なくても分かる、とんでもない内容が書かれた紙をひらひらと頭上で振った。魔法を使えばミスティの方が魔力は上、あっさりと取り返されてしまうけど、身長ではオレの方に分がある。普通に手を伸ばすだけじゃ届かない高さで振られる紙を、ミスティは悔し気に睨み付けながら、

「返せ」

 やっぱり普段よりちょっと低めで、だけどさっきより焦った様な声で言いながら、手を差し出してきた。あ、コレ、誰かに見られたらヤバイ様な内容が書かれているんすね。この前の暴動がまた起きるようなレベルの。

 予感は段々確信に変わっていくけど、決定打はミスティが自分で打ってくれた。

「それは天使長に送る大切な手紙なんだよ。いくらシィラでも、雑に扱う事は許さねぇぞ」

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