月に揺れる妖精のブランコ

仇野 青

1

長年の夢を叶え、家族のためにある屋敷を手に入れた。それはそれは重厚で、茶色いレンガ造りの構えは威風堂々の風格だった。

三棟造りと呼べば良いのだろうか? カーブを描くレンガの壁が三つ。窓はアンティークな格子窓、やや歪んだ透明な硝子に趣があった。とても、良い。

まさに邸宅と呼べる、私に相応しい屋敷だ。

屋上にはなだらかなカーブに沿って植えられた芝、イングリッシュ・ガーデン風の庭園が広がっていた。ここにテーブルを置けば、妹は喜んで私とのティータイムを愉しんでくれることだろう。


小鬼がその屋敷を案内してくれることになった。そう、棲まう前に内観を案内してくれるらしい。何でも、この屋敷の部屋の造りは少々混み入っていて、初めてでは迷って出られなくなることもあるそうだ。余程、注意深い人物が建てたのか、それとも変わり者か。まあ、それはいい。そんな凝った造りをしているということ自体、価値のあることなのだから。


まず小鬼は、二階にある部屋を案内してくれた。ここは小鬼が言っている程、奇怪な造りでもない。一本の廊下にただ3つの部屋が並んでいるだけ。正直なところ、こんなものが、と思った。だが、小鬼は気を付けて下さいませ、と何度も何度も私に繰り返し言ったのだ。


一つ目の部屋に座った。小鬼は、また別の小鬼を呼んで、私に茶菓子を出してくれた。そこは、外観とは異なり和の趣を残した部屋だった。大正浪漫と形容すれば良いだろうか。美しく磨かれ滑らかな畳に、織物が敷かれていて、そこに飴色の茶卓がある。明らかに一本の樹からとってきたと思われる木目は大層立派で、永い年月を感じさせる。そのてらてらと怪しく輝く飴色を彩るのは、天井からの暖かな光。

照明は意匠が凝らされているとは言い難い、しかしシンプルながらその風格を損なわない、和紙の呼吸を感じる質素な佇まい。天井は極楽を表した絵で彩られ、梁は朱色に塗られていた。

良い部屋だ、と私は小鬼に言った。左様でございますか、と小鬼は頷く。

気に入ったよ、と私は言う。そうだ、客人をここで出迎える。そんな風景が思い浮かぶ。客人はきっと、この誂えを見て内心でため息を漏らしながら微笑み、私が上座に座るよう促せば、おずおずと座布団にその尻をもたげて、そして細君が茶を運んでくる。

今、小鬼に出してもらった茶を啜ると余計にそんな光景が浮かんだ。決して意図しているわけではないが、客人もきっとこれで、私の人生というものを僅かながらでも感嘆してくれるものだろう。


出された饅頭に手を伸ばした時のことだった。正座して、温もりある茶器のまろやかさを愛でていた時だ。

チリンチリン! と凄まじく響く鐘、だろうか、それとも何だろう。機械じかけではない、誰かが鳴らしている気配のする音が聞こえた。

あ、と小鬼が息を呑んだ。

私も、小鬼の向いた方を伺う間もなく、何かが飛び出してきて、熱い、ぬめりとしたものが腕に触れた。驚きすぎる、あるいは突然すぎると、人間は動くことができない。却って冷静になった私は、右腕に絡みつく何かを見つめた。


犬。それも大きな、大きな。きっと、体があれば数メートルにも及ぶ大きさだったろう、そんな犬の首があって、血の痕を残しながら私の元へ擦り寄ってきた。

嬉しそうにじゃれつき、まるで茶菓子のおこぼれを待つように目を細め、ハッハッと息をしている。

撫でてやろうと手を伸ばしたら、数匹の小鬼が、いけませぬ、いけませぬと私を止めに入った。まあその勢いが凄まじいものだから、私だってそれを理解しないわけではないし、伸ばした手を引っ込めた。

見届けて、小鬼たちはホッと胸をなで下ろしていた。一匹の小鬼の手には、鈍い輝きを放つベルが握られていた。先ほどのチリンチリンという激しい音を鳴らしたのはあのベルだろう。ということは、あの小鬼は、この犬の担当者なのだろうか。

まるで不始末、とばかりに私をもてなしていた主らしき小鬼が彼を叱っていた。


特に厭な思いもしていない、と伝えると、そうで御座いますか、それは良かった、と小鬼は無表情に言った。

まあここはこんなところで御座いますよ、と奥の二部屋を見せる気が亡くなったらしく、では次へ参りましょう、と促された。


廊下には、犬が這ったらしい血の赤がべっとりと付いていた。

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