三題噺アラカルト

ユキ

第1話 「音」「クリスマス」「増える恩返し」

 狐雪は「音」「クリスマス」「増える恩返し」を使って創作するんだ!ジャンルは「指定なし」だよ!頑張ってね!

 #sandaibanashi

 https://shindanmaker.com/58531


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 クリスマス。降誕祭。聖夜。

 夕方ごろから降り始めた雪は、白い絨毯となって街に彩りを加えている。

 街路樹も電飾に彩られ、光のトンネルのようになった通りの先には、極彩色に彩られた巨大なモミの木。

 イルミネーションに囲また公園を、肩を寄せ合いながら歩く男女の二人組たち。人生の幸せを全てを詰め込んだような顔で微笑みあっている。


 そんな光景をテレビ越しに眺めながら、僕は大きなため息をついた。

「ねえちゃんと聞いてるー?無視しないでー!ね゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」

 こたつの向かい側には、ビールの空き缶とおつまみの残骸に囲まれたすっかり出来上がった半纏姿の女性が一人。

 こたつの天板を両手でバンバンと叩き、布団のなかではバタバタと僕の足を蹴り続けている。

 ――大学二年の冬。僕は酔っ払いのお隣さんに絡まれていた。



「聞いてますから!大声はダメですって!壁薄いの知ってますよね!」

 まるで幼児退行したかのように泣きじゃくるその人を、ビールとおつまみのチーかまで宥める。

 いい加減ここが安アパートだってことを自覚してほしい。しかもここ僕の部屋だし。いくらクリスマスの宵の口といえど、さすがに壁をどつかれかねない。

「じゃあもっとお姉さんを盛り上げなさいよ大学生でしょー」

「ホストクラブみたいな要求しないでくださいよ」

「君がホストだったら今こんなとこにいないでしょーあはははは!」

「殴っていいですか?」

 空いた二人分のコップにビールを注ぐ。

 つい2~3時間前から開け始めた缶ビールも、今やその残骸で机の上を埋める勢いである。今日はお互いハイペースだ。

「ごめんごめんってーお互い独り身だもんね仲良くしようね」

 コップを渡すと、お隣さんはコップ同士を突き合わせ、「かんぱーい」とカラカラ笑った。

「それ、言ってて悲しくなりません?」

「んーとね」

 僕の何気ない軽口に、お隣さんは一瞬の逡巡を見せる。

 そして意を決したように、

「一緒に過ごしてくれる人がいるから、今年の私は幸せだよ?」

 と。

 さっきまでの奔放さはなりを潜め、顔を赤らめてはにかんだ顔。その不意打ちに、僕は思わず息をのんだ。

「それは……」

「あ、照れてるかわいいー」

 破顔一笑。

「……もー勘弁してくださいよ」

 身を乗り出して頭を撫でてこようとするお隣さんの手を払い、隠れるようにビールを含んだ。



 お隣さんとこのような仲になったのも、夏まで遡る。

 サークルの飲み会帰り、僕の部屋の前でスーツ姿の美人がドアにもたれるように倒れていたのだ。

 もしかしたらやばい事件かと思いもしたが、なんてことはない。酔いつぶれて部屋を間違え、鍵が入らず力尽きてしまっただけだったらしい。

 後日正気に戻ったお隣さんから散々謝られ、僕が一人暮らしだと知ると面倒を見てくれるようになった。

『お夕飯まだでしたら一緒に食べませんか?』

 最初は一緒に夕飯をつつくだけだったがしだいに、

『ねえ、今日も一緒に食べない?』

 敬語がとれ、

『ビール飲める?私これがないと、ね?』

 缶ビールを持ち込むようになり、

『酒癖知ってるの君だけだし家近くだし楽なのよねー』

 遠慮もなくなっていった。

 バイトと仕事の愚痴を言いあう日もあったし、田舎出身トークで盛り上がる日もあった。

 家が近くて何かと便利な飲み友達くらいの認識なのだろうか、毎週のように入りびたるようになった。


 ――お隣さんの訪問を楽しみにするようになったのはどのくらいの頃だっただろうか。

 おいしい夕飯をごちそうしてくれることはもちろんだが、純粋にお隣さんと会えることが日々の楽しみとなっていたのだ。





「もうこんな時間ですね……まだ飲みます?」

 時計をちらと確認すると、飲み始めてから数時間が経過していた。

 テレビもいつのまにかバラエティ番組が終わり、ニュース番組が流れている。

「んー……えーっと……も、もうちょっとだけ寂しい学生さんに付き合ってあげるね!か、感謝しなさいよー」

 空のコップを両手で抱え、赤くなった顔を無理やりという感じで綻ばせる。余裕ぶっているが、呂律が回っていない。今日はかなりの量を飲んでいたし、限界も近いみたいだ。

渡すなら今しかない。

「わかりました」

 僕は覚悟を決め、ポケットに入れていたレターサイズのラッピング袋を取り出した。

お隣さんは一瞬きょとんとした顔した後、

「え、えええ、なになになんなの」

「寂しい学生の感謝の気持ちですよ」

 理解が追い付いていないながらも、差し出したそれをおそるおそるといった風に受け取り、ゆっくりと開く。

 中身はとあるバンドの年末コンサートのペアチケット。今日のために必死で取り寄せたプレゼントだ。

「え、なんで……」

「言ったじゃないですか壁薄いって。部屋で歌ってる音聞こえてくるんですよね」

「えっ、そうな、あっ、そうじゃなくて!」

 お隣さんは勢いよく立ち上がり「私にプレゼントって」と消え入りそうな声で呟く。

おかしい。

 普段の余裕ぶった態度とは全く違った反応から、いつもからかわれている仕返しのサプライズは成功したみたいだ。

その後は、『行きたかったの!ありがとうね』と喜んでもらうパターンか、『聞かれてたの?恥ずかしい!』っていう恥ずかしがるパターンを想定していた。

「ほ、ほら、なんだかんだ言って僕もお隣さんと飲むの好きですから」

予想を外れ、俯いて沈黙してしまったお隣さんの姿に僕は焦りが募る。 

「えっと、そのバンド僕もファンですし一緒に――」


 その先は言えなかった。押し倒されたと気づいたのは数拍後だった。

眼前にはありえないほど近くにあるお隣さんのまぶた。

唇に柔らかいものが触れ、お酒と混じった甘い匂いが鼻孔をくすぐる。

 そして何秒経ったのだろうか。お隣さんはゆっくりと顔を離す。

「ぜ、絶対一緒に行こうね!」

 思い出したかのように頬を上気させるつつ、取り繕うように口早にそう告げると、返事を待たずに逃げるように去っていった。


「え、ちょっと……」

隣の部屋のドアの音ではっと我に返り、立ち上がろうと手をつく。と、何か柔らかいものを潰す感覚に思わず手をどける。

そこにはサンタの衣装を模した柄の、クッション大の紙袋が転がっていた。

考えるまでもない。お隣さんからのプレゼントだ。

中を見ると、毛糸のマフラーと小さなメモ紙。

デフォルメされたサンタの顔から伸びたふきだしの中には、『メリークリスマス!めんどくさいお姉さんと遊んでくれてありがとう。迷惑に思ってたらごめんね。せめてもの恩返しの気持ちです。』とかわいらしい文字が並んでいた。

恩返しはこっちのセリフですよ。と一人笑う。

返しきれないくらい増えてしまった感謝の気持ちをこめて、隣の部屋に向かって大きく息を吸い込む。


「明日も待ってます!」


その日は一晩中、隣から転げまわる音が聞こえていた。

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