高学歴キャバ嬢 “愛” を知らないまま大人になりました。

あんり

第1話 キャバクラ“初体験”の夜

 この人はどうしてコンビニで働いているんだろう。


 深く考えているわけでもなく、なんとなくそんな疑問が頭の中に浮かぶ。


あんた、自分の時給わかってる?


1000円未満で自分の時間を売っていいの!!??


うしてそんなアルバイトをする必要があるのか?

コンビニでも、牛丼屋でもラーメン屋でも、本屋でさえも、結局は同じ仕事に見えてしまう。適当な愛想を振りまいて、(なんなら振りまく必要もなく)、注文を聞いてレジを打って商品を渡して・・・それ以上に何があるんだろう。アルバイト仲間との交流が楽しい?あまりにバカみたい。

お友達と楽しむことが目的なの?お金を稼ぐことではなく?あまりにバカみたい。何度でも言いたい。あまりにバカみたい。

 初めてキャバクラで働いたのは16歳のときだった。現役高校2年生。おっと。世の中的には18歳以上しかキャバクラでは働くのはダメなんだっけ。

そんなルールが守られてている場所があるなら教えてほしい。少なくとも私の育った町では、18歳未満がキャバクラで働くのは、“よくあること”なので見逃してほしい。きっかけは突然にやってくる。


「歩の友達でキャバクラやりたい子っていないかなあ?」

と、沙織からメールがきた。沙織は中学のときからの友達で、なんでも話せる親友というわけではなく、なんとなくつながっている仲間のひとりだった。

そういえば、彼氏の誕生日が近いけど、お金ないなあ。

母子家庭だったわたしはお小遣いをお母さんにせびることもできず、常日頃から「あ~あ、もっとお小遣いほしいな~」と思っていた。


「わたし働きたい」

 と、なんとなく返したメールに沙織は驚いているようだった。

「あんた本当に働きたいの?」

「うん、今日でもいいよー」


沙織が驚いていたのは、多分、私が県で一番の進学校に通っているからだと思う。中学校に入ったときはそんなに頭が良いわけではなかったのだが、“勉強”にはまったわたしはあれよあれよという間に賢くなってしまい、どうせなら一番賢い高校に行っておこうかなと思ったところ、それが叶ってしまった。昔から何事にも“ハマりやすい”性格のようで、その時は偶然、勉強にハマったようだ。いきなり勉強をし始めて、遊ばなくなったわたしを、友達は“変なやつ”、“がり勉”と小ばかにしつつ、わたしの受験を応援してくれた。沙織も、親友ではないと言ったものの、わたしの受験を温かく見守ってくれた友達のひとりでもある。(というか、他の友達と遊びほうけていて、わたしの存在を忘れていただけの可能性も大いにあるけど。)

わたしの中では、「頭が良いこと」と「遊ぶことが好き」であることは共生しているし、まったくもって矛盾することではない。わたしにとっては、友達とくだらない話をしてげらげらと笑うことと、数学の難しい問題をどうにかして解こうとすることの楽しさは比べられない。それでも、頭が良いということは、良くも悪くも、あらゆる人に固定観念を植え付けるものらしい。

頭が良い子は、育ちが良い。頭が良い子は、お行儀が良い。頭が良い子は真面目。頭が良い子は悪いことはしない。頭が良い子は、恵まれている。


 かなりアホみたいな発想だと思うが、そういう偏見を持つ人はかなり多いようで、「あら、すごいわね。」から始まる勝手な他人の妄想を散々聞いてきたが、それを掘り下げること自体、アホみたいなので、ここでは触れない。


 まあしかし、ある意味そういう意味で、沙織もわたしが悩むことなくキャバクラで働きたいと言ったことに驚いたのかもしれない。もしかしたら、アルバイト禁止の進学校だからという理由もあるかもしれないが、沙織に限ってその理由は低いと思う。

そんなこんなで、わたしはキャバクラデビューを果たしたわけである。初めてのキャバクラは、準備するときからとてもドキドキした。今振り返れば、その恰好はないだろ・・・とアドバイスしたくなるが、私の“初体験”のお店は片田舎のさびれたキャバクラだったので、服装は、「ミニスカートかショートパンツならオーケー。」という、とてもゆるいものだった。少し胸元が開いたぴちぴちのTシャツに、下手したら下からパンツが見えそうなショートパンツを履いて、迎えを待った。(田舎のキャバクラは、車がない未成年のために大抵お迎えが頼める。ちなみに、公共交通機関を使えないような田舎が前提の話。)


 表れたのは、昔から「この車種が近づいてきたら拉致される可能性があるから走って逃げろ」と教えられたバンだった。田舎では、6人以上が乗れる車は女の子を拉致してレイプするために丁度良い乗り物だから、そんなことをよく言われた。少しの緊張と、大きな好奇心がわたしを刺激した。後部座席にいる沙織の顔を見て安心する。

「うけるね。」

お店に向かう車の中で沙織が言った。

「学校いいの?」

「ばれる?ばれないっしょ?」

「まー大丈夫っしょ。」


 お店に向かうまでの20分か30分、いかにもわたし、はじめてキャバクラします、みたいな質問とか、会話をした。

迎えに来てくれたかずさんというお兄さん(当時のわたしには最早おじさんに見えた。)は、沙織とはもう付き合いは長いようで、気さくに話してくれて、わたしの緊張はどんどんほぐれていった。

「年齢確認のために免許証とか身分証明書出してって言われるかもしれないけど、忘れたって言えば大丈夫だからねー」

というかずさんの言葉に、「本当かよ」と心の中で突っ込んだ。が、お店に着いて、いわゆる“ボーイ”さんに、免許証を忘れた旨を伝えると、難なくことを得た。少し拍子抜けするとともに、ああ、そういう適当な世界なんだなと感じてしまった。


 はじめてのキャバクラは、何度も言うが片田舎のさびれたお店だったので、お客さんはほとんど来なかった。4時間でついたお客さんは1組だけ。しかし私にとっては、印象的なお客さんで、ある意味忘れられないお客さんだった。お客さんの席について気付いたことだが、どうやらわたしは人見知りだったようだ。こんな年の離れた(といってもお客さんはおそらく20代前半。それでもわたしとはなんと4歳以上も離れているし、なんと未成年ではない!)お兄さんと、何を話せば良いんだろう?話題も見つからないわたしは、とりあえず母親に教わった、「女は愛嬌」を信じてニコニコと愛嬌を振りまいた。しかし何がいけなかったのか、お客さんは全く楽しそうではない。終いに飛び出だ質問は、

「君、彼氏いるの?」

ええ、いますとも、しかもこのお店の近くに住んでますよ。

はじめてのキャバクラとはいえ、さすがにそこは何となく心得ていたようで、いませんよ、と答ええた。ただし、わたしは、人見知りの上に嘘がこの上なく下手なようで、どうやらそのお客さんには一瞬でその嘘がバレたようである。

「君さー、こんなところで働いて、彼氏に悪いとか思わないの?」

は???

うーん、思い返しても、は???と言いたくなる。世の中のすべての男性に断言したいが、キャバクラに行っておいて、こんなところで働くななど説教するのは愚の骨頂。お前みたいなキャバクラにお金を払う野郎どもがいるからこんなところで働くギャルもいるんだよ!と心の中では悪態をついていたが、「女は愛嬌」なので、そんなことはしない。そこから先はまあ正直覚えていないが、「なんなのこいつ」という嫌悪感とともに、「ああ、わたしキャバクラ向いてないなー」「もう働くの止めよう」と心に誓ったことは覚えている。


「今日どうだった?はじめてだから緊張したでしょ?」

閉店後、ボーイさんに呼び出されて聞かれた。

「はあ、まあ・・・」

もう二度と働くことはないと決心したばかりなので、もう愛嬌を振りまく必要もないとばかりに不愛想な態度。とにかく疲れたし、その日はもう早く帰りたかった。

「じゃあ、これ、今日のお給料。またよろしくね。」

と、渡された紙袋。ボーイさんが立ち去ったのを確認して、すぐに紙袋を除いた。

紙袋の中には、1万2千円。


 ほんの30秒前の「もうキャバクラでは働きませんよ」の意思は吹き飛んだ。帰りの車の中、かずさんに「またお願いします」と伝えたわたしは、本当にわたしだったのだろうか?お金の魔力を初めて知った夜だった。

 

 今思えば、たった1万2千円。それでも、当時のわたしにとっては大金だった。バイトもしたことがなく、月3千円のお小遣いの私からすれば、見たこともないお金だった。こうしてわたしは、いかにポンコツキャバ嬢であろうと、“自分の時間”はお金になることを知ったのである。

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