第七話『命を賭して守りたいモノ』

 

 イェネオスの構える盾に轟音を立てて直撃する白金の光。


 実際、それ自体だけ耐えられない程では無かった。だが。


「……!!引き寄せられる……ッ!」


 少しづつ、着実に……イェネオスは盾ごとオークリーダーの方向に吸い寄せられて行っている。


 白金の光など物ともせずに吸い寄せられて行くイェネオス。


 それが本人の意思ではないと気付いた時には既に、イェネオスはオークリーダーの真正面に位置していた。


 間に人一人入れるかどうかの近距離。


 白金の光はいつのまにか消散し、オークリーダーは既にイェネオスの盾の守りが無い横から双剣を振り下ろしていた。


「先ずは脅威の貴様から……」


「あ」

 イェネオスが気の抜けた声を漏らす。


 ネフリスも助けたいが……届かない。



 ーーーだがその横で、砂埃が舞う様な聞こえた。



 瞬間、オークリーダーの左の剣が砕け散った。


「……!?」


「私の目の前で、隙を見せたな」


 そこには、剣でオークリーダーの双剣を叩き割っているエセウナが居た。


 そして、オークリーダーは咄嗟に右手の剣をエセウナに向けて振り下した。


 それを容易く受け、エセウナはイェネオスにアイコンタクトで指示する。


 後ろに盾を構えよ、と。


 それにイェネオスは従い、即座に盾を土台とする様に構えた。


 次に来る増援の足場になる様に。


 それを見て、アサナトは笑った。


 連携への移行早すぎだろうと。


 そして、アサナトはそれに答え、盾に向かって走った。


 後衛の三人に、最後の合図を残して。


 既にエセウナがオークリーダーの動きを止めてくれている。


 イェネオスが足場を作っている。


 それならば、アサナトは自分に与えられた動きを理想と遜色無く、完璧にこなすのみ。


 そしてアサナトは、盾を踏み、跳んだ。


 空中で舞い踊る様に飛翔し、彼はオークリーダーの背後へと回り込む。


「ぬうっ……!?」


 勿論、オークリーダーも気付くだろう……が。


 エセウナがオークリーダーの右腕を抑え、イェネオスが足の動きをブロック。


 魔法を使おうとしても、シリアンとナミアが妨害中。


 それなら、アサナトは残るオークロードの左腕を吹っ飛ばすのみだ。



 どうやって剣も持たずに左腕をだって?


 なに、普通に拳を突き放つだけさ。


 そして彼は、それを有言実行出来るだけの実力がある。


 オークリーダーの左腕は何の抵抗も出来ずに吹き飛ばされ、激しい血飛沫が地面に赤いカーペットを作り出す。


「があああっ……!!?」


 そして、オークリーダーの悲痛な叫びが洞窟中にこだまする。


 だが、オークリーダーもただ狩られるだけの存在に成り果てた訳では無い。


「小賢しい人族が……散れ!」


 彼の能力『引力』だ。


 その引力は途端に周囲のアサナト達を弾き、空間端の壁まで追いやった。


 ……だが。


(残念ながら、それも想定済みだ)


「……!!?」


 妨害が無くなり一息ついたオークリーダーの視界に映ったのは、既に剣を構えこちらへと猛進しているネフリスだった。


 ネフリスは、オークリーダーの引力の範囲外で機を伺っていたのだ。


 左腕をもがれ、消耗したオークリーダーに回復する隙を与えない為に。



 ……そして、自分の本当の役回りを使う時だから。



 ネフリスは、眼前にいるオークリーダーの魔力の波長を観察する事だけに集中した。


 ネフリスにとって一番の脅威となるのは、オークリーダーが持つ引力の能力。


 だがそれの発動時には必ず、オークリーダーの魔力が一瞬高鳴る。


 それにさえ気を付けて居れば、ネフリスは死なないで済む。


 オークリーダーの右手の剣は、既にエセウナが引力で飛ばされた時に掻っ攫った。


 魔法もナミア達が防いでくれている。


(変な心配は要らない。ただ僕は仲間を信じるのみだ)


 ネフリスはオークリーダーの魔力の波長を観察し続けた。



 そして……来た。



 オークリーダーから重い引力の波が放たれる。


 だが、避けはしない。


 能力が発動していないから。


 ネフリスは思い出す。あの時を。



 ♢



 ーーーー僕は当然、この能力の発動条件も事細かに調べた。


 そしたら、ある事が分かった。


『この能力は、自分に損害が生じるという未来が確定しない限り、時間は止まらないという事』


 僕は試した。三発。僕に向かって絶対に当たる軌道を描く魔法を自分に向けて放つという実験を。


 そして、三分の二の確率で僕に当たる直前に魔法を防ぐという術式もその実験に盛り込んだ。


 僕はいつのタイミングで当たる魔法が飛んでくるかが分からない。いつ止められるかも分からない……ロシアンルーレットだ。


 結果。


 最後の三発目の魔法が発射された『瞬間』に僕の能力が発動した。


 そう、瞬間だ。


 今までの一発目二発目では能力が発動しなかったのにも関わらず、三発目が発動された瞬間に時が止まった。


 何回実験しても同じ結果。全て、当たる魔法が発動された瞬間に能力が発動した。


 これで分かったよ。


『僕の能力は、絶対に当たる攻撃を避ける為の緊急回避的な役割を持っていると』



 そして、僕の目の前にいるオークリーダーが放った攻撃は、僕には当たらない。


 当たるのならば、オークリーダーが引力を使った瞬間に時が止まるはずだから。


 だから僕は気兼ねなく、そのまま猛進する。


 さっきの能力の事も、アサナトさん達に話した。


 そして帰ってきた言葉は。


「お前はトドメの一撃に向いている」と。


 つまり、僕の本当に役回りは、ただの後衛じゃなく。



 ーーーーー強者を食らう、銀の弾丸って訳だよ。



 そして、僕に引力の攻撃が当たる瞬間に。


「あっぶね」


 イェネオスさんが防いでくれた。


 そして次に放たれた引力の攻撃をエセウナさんが斬り伏せ。


 続く第三撃の引き寄せる引力を、アサナトさんが防ぎ。


 オークリーダーの真正面まで引き寄せられているアサナトさんでオークリーダーの視界を遮り、僕はそのまま進んで行く。



 ♢



「小賢しい……ッ!!」


 怒りに震えるオークリーダー。


 尋常じゃない程の力を滾らせ、最高の一撃を放とうと構える。


 そのオークリーダーの視界には一人だけ、映らない人物がいた。


「小僧は何処に……」


 最大級の力を解放する片手間に、オークリーダーはその少年を探す。


 あの少年は脅威、と本能が感知しているのだ。


 オークリーダーは薄々、ネフリスの脅威度を感じ取っていた。


 明らかに弱そうな体格をしているのに、あんなに庇われている。


 それは実力が無さすぎるからではなく、何かを隠しているから。


 オークリーダーは、首筋に這い寄る薄気味悪い悪寒を感じたお陰で生きながらえていると言っても過言では無い。


 ……そして。


「……居ッ!!」


 やっと見つけたと思ったら、ネフリスは己の眼前にまで迫っていた。


 死を悟り、オークリーダーは必至の抵抗で貯めた魔力を使って引力を解放させる。



 ーーーーそれが、罠だとも知らずに。



 ♢




 止まる時間。


 能力が発動した。


 ここから一.五秒。


 時間はあるようで無い。


 剣を構え、息を整え、精神を安定させる。


「はああ……ッ!!」



 ーーーそして、オークリーダーの左胸へと剣を突き立てた。



 ♢



「グおおおお……ッ!!?」


 呻きを上げるオークリーダー。


 彼の心臓にはネフリスの剣が突き刺さっている。


 全ての引力の効果が潰え、胸から血飛沫を上げてもがくオークリーダー。


 必死の抵抗で彼は周りの人族達を蹴って押し退けた。


 死への道がだんだんと開いて行くのを感じ、彼は胸の剣を引き抜き、放り投げる。


 その方が楽になれると思ったのかは分からない。だが必死に生きようとしているのは一目瞭然だった。


 彼は薄れ行く意識の中で後退し、奥の通路を体で守った。


『この先へは行かせない』と以前言った彼の言動が、そのまま行動に現れている。


 凄まじい意識の強さで命を保ち、その命をこの先への守護へと注いでいるようだ。


 その光景は、群れの長のオークリーダーとは思えない、命乞いの様な体制だった。


 その異様な姿にアサナト達は不覚にも、魅入られていた。


 そして彼は命を削り、こう叫ぶ。


「行かせんぞ……この先にはァ……ッ!我の希望があるのだ!!」


「希望……?」


 ネフリスは手を広げ、まるで小鳥を守る親鳥の様なオークリーダーに、つい言葉を漏らす。


「ぶはッ……」


 そしてオークリーダーは口から一杯の血を垂れ流し、死んだ。


 立ったまま。凄まじい信念の強さが伺えた。


 それと同時に、ネフリスは息を切らしながら興味を抱いた。


 オークリーダーが命を賭して守りたかった物はなんなのか……と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る