第百十一話『殺し合いは、いかが?』

 

 狂気は言った。───『殺し合え』と。

 目の前の敵を屠れと。

 予断は許さず、降伏も棄権も許さないと。


 ルールブックには、相手との殺し合いは無しと記載されていたはずなのに。

 だからこそ、僕達は参加したのに。

 ただ無実な人を殺さず蹴散らすだけで世界を救えるのなら、と。

 その誠実さをロベリアは裏切ったのか。


 ──────僕に仲間を『再び』殺せというのか。

 何という狂者。

 自分の権利を利用して、黒い利益を得る迂愚者。

 人の友情をことごとく壊す事に快楽を覚える異常者。

 ……ああ、そうさ。

 見えないが、多分あいつは笑ってるんだろうさ。

 口を凶げ、目を歪ませて。

 崩れた倫理観を掲げ、狂気に謳う。

 ───人の死を。

 一瞬でも、少しは常識を持っているという考えが甘かった。


 ──────クソ野郎だよ、あんたは。


 ♦︎


「───どう言う事だ……?殺し合えだって?」

 剣聖は焦る。

 目の前で明かされた、突然なる狂気なる法則ルールに嫌悪と共に異常を感じ取る。


「まさかロベリア、元からこれが狙いで───」

 アーサーと席を共にしていたユークリッドは、咄嗟に立ち上がった。

 そして彼女は対角線上のロベリアを憎く睨み、拳を引き締めた。

 ユークリッドも、仲間を失う哀しさを分かっていての憤りを抱いた。

 ロベリアへ再び殺意が沸くのも、ユークリッドにとっては何ら不思議では無い。

 だって、大草原にて相対する二人とはもう……友人になってしまったのだから。

 ───けれど、そんな友情もいざ知らず。


『うぉぉぉぉお!!』

 観客は、裏腹に盛り上がる。


「───な」

 それは準々決勝前半・後半以上の滾り方だった。

 目の前で殺し合いが起ころうとしているのに、観客は狂気に……笑っていた。


 ───『いけぇーッ!殺しあえェ!!』

 と、倫理など投げ捨てたかの様に、観客はロベリアの決定に便乗した。

 反対する事はせず。

 否定する事も無しに。

 観客は狂気の歯車に乗せられても尚、その盤上を降りようともしない。


 ───ただ、殺し合いを楽しんで、それに対して考えもしない猛犬の様に。

 それはもう、餌にかぶり付くだけの異常者に過ぎない。


 ……やっと理解した。

 ここは裏闘技場ロベリアス。

 違法賭博も、殺し合いも……よもや人身売買まで行われる、裏闘技場ロベリアスであると。

 ここは『悪』が牛耳る。

 故に誰にも裁くことが出来ず、小さな人間は淘汰されるしか無い。


 この世のゴミ箱の様な存在だ。

 だから、ここに来る観客も当然狂っている。

 主催者ロベリアに踊らされ、悪戯に命のやり取りを軽視する大馬鹿者の集まりだと。

 それを、我々は忘れていた───。


「馬鹿なのか。コイツら───人の命が無意味に散るのを楽しいとでも思っているのか?」

 こう言った考えは、ユークリッドの様な人間には心底理解し難い。


 ───戦いは神聖であるべき。

 それを邪道に祭り上げ、狂気で彩るなど……。

 戦場いくさば貴族として、到底理解し難い思考回路であるのだ、これは。


 観客の著しい倫理観崩壊に、ユークリッドは観客席を立ち出した。

 何処からか槍を取り出して、ロベリアを見据えて。

 そこから飛ん──────。


「……抑えろ。今あいつを殺っても意味はないぞ」

 それは、アーサーの制止によって中断された。


「だが───」

「今は抑えるんだ。ユト達が魔法異次元空間内に居る以上、俺達に介入は許されない。だから今は抑えろ」

「……分かった」

「なら良いんだ。───ほら座れ。今の俺達は、敗者としてあの戦いを見届けなければならない。ほら、文句はその後。彼等なら、うまく切り抜けてくれるだろうさ」

「そう……だな」

 ───ユークリッドを上手くなだめたアーサーだが、それでも気残りがある様に俯いた。


(──────まあそれでも、不安は残るがな)

 杞憂かもしれない。

 けれど、不安はあるのだ。


 確かに、彼等は先輩だ。

 人智を超えた存在だと、自分もそう理解している。

 だが……。

 こうも不安が募るのは、偶然なのだろうか───。


 ……刃は、それでも交わる。

 中継の画面の奥で虚しく、それでいて静かに。

 ───火花を散らす。

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