第百六話『クラッシュ』

 地に立つ少年と、空を泳ぐ勇者。

 両者は、再び敵として睨みを交わす。

 漏れる深呼吸。

 滾る闘気が、アリーナにて交差する。


 暗闇を連鎖させるかの如く、世界は暗転し。

 空間からは紫の淡い光が突出する。

 濁流の如く、空間を呑む漆黒。

 それ正に破滅の権化。


 是即ち、少年の永過ぎる世界放浪の中で見てきた、世界を喰らう邪滅そのもの。

 これは───少年にしか再現出来ない、かつて世界を滅ぼした『事象』

 暗黒へと失墜し、霧散させた世界の事象。

 ……そう。

 正にこれは事象。

 事象である限り『アレ』で再現が出来るって言う事だ。

 その名も。


 ──────【事象操作】この世界に設定された、唯一の法則。

 それはあらゆる事象を完全再現し、発現出来る超常の力。

 それは人に与えられた最高峰の摂理であり、可能性。

 戒めと化した人の技術は、神の権能と同等の『力』と成った。


 権能は技術へ。

 技術は人間の力へ。

 そして、人間の力は───。


 ──────【フィルフィナーズ】へと還る。

 つまりは、僕が世界破滅の力を操れても……何ら不思議では無い。

 相手が聖光纏う凛槍を抱く者でも、この世界を破滅させる力は……。


 一方も引かず、光を喰らい尽くすだろうさ。

 ……これが僕の経験の力。

 世界を壊す力さえも操るのが、我々の技量とチカラって事なのだ。


 ──────詠唱。僕はその名を告げる。


事象リワイト聖光呑む邪滅の刃クラッシュ──────記録レコード

 空間はひしゃがり、脆弱する。

 紫の光はやがて固有の重力場を作り、暗転したまま光は上へ逆行する。

 だが、重力は下へ。

 事象操作によって作られた重力場は龍の様な文様を作成し、強力な重力を作動させる。


「え、ちょっと──────」

 聖槍によって浮くアーサーは体制を崩し、ずるずると地へと堕ちて行く。

 抵抗がてらに彼は聖槍をこちらへ放ってくるが、全て重力に引っ張られ、当たりもしない。

 やがて勇者は地面に落ち、聖槍は共に光を失った。

 元々、アリーナの魔術弱体化の影響を受けていたんだ。

 光を取り戻すまで、最短で数十秒は掛かるだろう。


 ならば。

 それを叩くしかなかろう。


 僕は口角を上げ、拳を強く握り込んだ。

 そして、力と共に魔力を流し……固める。

 次いで、目標を一瞬で見定め。


「───くっ……ってヤバッ」

 突いた。

 払った。

 穿った。

 けれどその閃光の如き三連撃は、火花と共に防がれた。


「……フ。やるね」

 光を失った聖槍。

 それなのにも関わらず、よくぞ攻撃を防ぎ切ったね。

 その強さには感服するさ。


 ──────でも、僕は手加減しない。

 勇者の体は、聖槍と共に舞い上がる。

 旋風と同時に蹴り上げられたアーサー君の体は、聖槍を取り高所にて静止した。

 攻撃を逆手に取り、高所有利を取った訳だ。

 光を喪失した聖槍ですら活用出来るというのは、流石に強みだ。

 ……と、もう聖槍に光が戻って───ってやば。


「今度はこっちの番ッスよー!」

 聖槍は凛として乖離かいり

 それは槍と光に為って、空間を轟かせる。

 耳を劈く轟音が、僕のみに収束して睨みつけ。


 ──────聖光は光り輝く魔法陣となって、アリーナの空へ展開された。

 瞬く時には。

 数百の見えぬ閃光が、僕だけに向けて放たれた。


「ハッ!面白い!」

 ただそれに、僕は笑い掛けた。

 瞬間、僕の体は動き出す。

 気配を最大限に消滅させ、目標を狂わせる為に。

 アリーナの円周を、ぐるっと何回か回った。

 閃光には、同じく閃光の如く駆け回って逃げれば良いのだ。

 ───さすれば。


「消え……って早っ!」

 天を仰ぐ勇者は困惑する。

 物理限界を軽く超える疾さには、流石に誰も捉える事は出来ない。

 そして、その勢いをそのまま利用すれば……。

 ──────魔法陣ごと、閃光など置いて破壊できるって訳だ。


 天に張り巡らされた黄金の魔法陣は壊れ、ガラスの割れる様な音と共に霧散。

 そして僕は空中で切り返し、勢いのままアーサー君を叩き落とした。


「へ!?ちょッ痛ッ……!」

 地面に落ちたアーサー君は軽やかに受け身を取り、聖槍を咄嗟に向けて反撃の意思を示した。

 良い対応力に、僕は心の中で賞賛しておいて。

 そのまま、僕は拳と槍を交えた。


 ───だが、その戦闘を若干押し気味に展開しているのは、アーサー君の方だった

 リーチの差だ。

 一回、僕達が人外だと言う事は忘れて。

 まず常識的に考えてみよう。

 普通に比べると、槍と拳……どちらの方が有利を取れると思う?

 勿論、リーチが圧倒的に長い槍の方が拳に勝る。

 以前の、剣を使った剣聖バージョンのアーサー君の場合はまだ戦えた。

 だが、流石に今回の件は不利を取る。

 彼自身が、その聖槍の力中心の戦闘スタイルを取っているからだ。

 同じ攻撃をしない、柔軟な攻撃。

 体格に左右されない、自分の意識のみで戦う槍術。


 即ち、僕の忠節無心カラクリキコウと同じく、自分の手を動かさぬ戦い方。

 僕に取って予想できぬ戦いをされている以上、攻撃予測は難しい。


 ──────これは殺られるかもねー。

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