第百七話『君を犠牲にして───僕は勝つ』

 

 聖槍と拳。

 その戦闘は、両者の身長差など感じられぬ程に燃えていた。

 緊迫した戦闘。

 一歩選択を間違えれば負けるであろう戦いに、観客席は未曾有の盛り上がりを見せた。

 聖槍は空を割き、地を抉る。

 拳はそれを捌き、空を割く。

 一進一退の攻防戦。

 磨かれた戦闘術は、観客を魅せる充分なファクターとなって舞い踊る。

 会場は未曾有の大盛況。

 それに応えるかの如く、戦いは更に苛烈さを増した。


 ──────聖槍は飛ぶ。少年の背後を突く、雷鳴の如く。

 拳は止める。

 彼自身の武力と、絶対なる経験を纏って。

 聖槍と拳は交じり合い、その都度弾き合う。

 故に両者とも傷を付ける事は許されず、攻撃ごと力は無に帰していく。

 だが両者共諦めず、弾かれる攻撃の奥ではいつも狂犬の様な眼光が飛ばされていた。


「……頑張れ」

 息を呑む激戦に、いつしかモイラはそう告げていた。

 拮抗する打ち合い。

 どちらが勝ってもおかしく無い戦闘に、観客は滾る。


 空を割き、抉り、土は巻き上がる。

 熟練の戦士同士の戦いは、固唾を飲み込まずにはいられなかった。

 聖槍は宙を舞い、予想も出来ぬ動きで空を搔っ捌く。

 拳は素早さを失わず、猛攻を全て防いで聖光を跳ね返す。

 何合打ち合ったのかは分からない。


 そして。

 少年と勇者の打ち合いに、忘れかけていた実況が割り込んでくる。


「え、えーっと。忘れていましたが実況に──────」

「うるさい」

 許さず。

 少年は聖槍を弾くついでに手を伸ばした。

 行く先は実況……。

 ───の、持っている魔法拡声器マイクだ。

 瞬間、マイクは何かの引力に引っ張られ、実況の手を離れて行く。


「あ。ちょっと……」

 気付けば、マイクは少年の手元へ。

 僕はそれを握りしめ、性質ごと変えて行く。


 ───もう一度言うが、このマイクは拡声器。

 音を拾い、倍増し、放射する魔法機械。

 そして、機械である以上……改造が効く。

 ルールブックにも『観客から武器等を受け取ってはならない』とだけで『実況からマイクを奪い取ってはならない』とは記述されていないしね。

 だから、こうしてちょちょいと弄れば───。


 ──────耳をつんざくく音の波動を、一方向に絞って発射出来る音波兵器が完成するのさ。


「───なッ!?」

 波動に近い音波はアーサー君の体のみを起こし、勢い良く空へ打ち放った。

 轟音は耳を破るかの様だったが、鼓膜を破るまでには至らなかったみたいだ。


 内臓などの、内部臓器にはダメージが一切ない。

 実に、音波はアーサー君の体を浮かしただけに留まった。

 ……改造したとはいえ、流石に元々はマイクだった、と言う事か。

 仕方なく僕は使い物にならなくなったマイクを投げ捨て、追撃をしようと前を見据え。


 受け身を取っても尚、音に頭を痛めたアーサー君の懐に潜り込んで。

 腹を殴り。

 顎を上げ。

 回し蹴りで三連撃フィニッシュを決め、吹き飛ばした。

 そして、勢いのままアーサー君の様子を見た……。

 が、そこにはアーサー君は居なかった。

 あったのは、聖光で形作られた……足場だけ。

 ……ふむ。足場か。


 ──────上、だね。

 瞬間、捉えきれぬ速度で聖槍が地面に突き刺さって行く。

 それは続々と、僕を狙わず地面に被弾して行く。

 それも異常な速さで。

 取り敢えず当たっては居ないので、急いで僕は上を見る。

 ……だが、またもやそこにはアーサー君は居なかった。


 ───そして気付けば。

 僕の付近に刺さった聖槍が檻を作り、僕を閉じ込めていた。

 瞬時には脱出不可能。聖光が僕の力を制限している。

 そして、幾百にも重なった聖槍の檻には、隙間など無かった。

 ただ───一点を除いて。


「これで終わりッスよ〜!」

 ロッカーの中に閉じ込められた様な圧迫感の中へ、アーサー君の声が鳴る。

 檻の中へ響き渡るその声は、どこか勝利を確信した様な節があった。

 途端、一つだけ空いた隙間から黄金の光がチラついた。

 それは刻々と、大きさを増して猛進して来ていた。


 ───隙間から聖槍を刺すつもりか。

 瞬時には突破できぬ檻を作り、隙間は小さな覗き穴程度しか作らない。

 それも聖槍を通す為の反撃許さぬ穴で、目的はそれで僕を倒す為。


「……くっ」

 万事休すか。

 聖槍は迫る。

 死への期限が近くなっているのは、敵意の大きくなり方で分かる。


 ……間も無く切っ先が僕へ当たる。

 アーサー君はルールを守って寸止めしてくれるだろう。

 ここまで追い詰めておいての寸止めなら、文句なしの即死判定だろうさ。

 僕は退場。アーサー君が準決勝進出だ。


 ──────だが、それで良いはずが無い。


「僕は勝つ。─────────君を、犠牲にして」

 少年は叫ぶ。

 自分の正義を貫く為に。

 そして、自分へ向けられた凶撃を目の前にし、深く息を吸う。

 ……次に。


 少年は聖槍を見据え。

 足を払い檻を無力化し。

 閃光の如く迫る聖槍を、その手で難なく掴み取り。

 腕で巻いて取れない様にしてから───。

 そのまま、閃光の如く突きを──────寸止め。


 少年の拳は勇者の眼前で止まった。

 それと同時に、会場には嵐の様な風の波が押し寄せる。


「うおぅ───!?」

 寸止めの影響だ。

 もしあれが当たっていたら──────確実に、アーサー君は死んでいただろう。


 ……つまり、文句なしの即死判定。

 僕の勝利は───確定したのだ。

 実況はマイクを使えなかったが、その光景を見たが故、咄嗟に地声で叫んだ。


「──────しょ……勝利ィ!即死判定により、ユト・フトゥールムの勝利です!!」

『うおぉぉぉぉ!!!』

 そして、会場は歓喜の渦に飲まれ。


 ──────ユトという少年の勝利を、高らかに謳った。

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