第八十八話『ロベリアの癇癪』
再度ルール確認。
まあ、それは結構シンプルなもの。
相手を気絶させたら勝利。
寸止めでの即死判定での勝利もある。
それで終わり。
意外とシンプルなルールだね。
では、これを踏まえて。
相手を倒そうか。
「……ふむ」
僕は即座に足を踏み込んだ。
只々千鳥足でその場をうろうろするだけのリグス君を僕は見据え。
拳を突いた──のだが。
「うぃいい──?」
リグス君はあり得ない程体を反らし、その突きを見事に避けてみせた。
口から大量の酒気を垂れ流しながら。
空を掻っ切るその突きは、無情にも簡単に避けられた。
その後、僕は追撃として数十発連続で攻撃してみたけど。
それら全ては、余裕で避けられた。
何も、僕は手を抜いている訳じゃない。
至ってやる気だ。
本気では無いけど、戦い用のスイッチは入れている。
さっきの踏み込みからの突きだって、常人では捉えられすらしない速度だった。
……一撃で沈めるつもりだった。
だが、いとも簡単に避けられた。
その状態は今も続行中だ。
目が良いのか、それとも……いや。
「……勘が良いのか。酔拳と言うわけだね」
彼は酔拳の使い手らしい。
バランスが悪い様に見えて、それでいて勘に頼りっきりだから動きが読めない。
ふーむ、これは強いね。
酒乱のリグス、と呼ばれるだけあるか。
実況が「流石酒乱のリグス!押しています!」と言っている通り。
一応の優勝候補である僕の第一回戦にぶつける相手なのだから、彼も強いのは当たり前。
酒が入ったら強くなる……か。
なんと典型的な。
鼻で笑いながら僕は、そんな読めないリグス君の滑らかな攻撃を避けながら、籠手を握り込んでいた。
(確かに君は、平凡な一ファイター相手には抜きん出て強い。でも……)
「……本気を出す様な相手じゃ無い」
僕は気配を消した。
───気配遮断。
それは動かなくても、常人ならば消えたと思ってしまう程。
もうこうなったら天性の直感なんて関係なくなる。
……いやそもそも『勘』なんかで感じ取れる動きをしない、と言った方がいいか。
「ごハァッ……!!?」
──気付けば、リグス君の体は宙に浮いていた。
顎に強めのアッパーを食らわされたのだ。
故に。
リグス君は気絶した。
どしゃっと。
泡を吹いて地面に伏すリグス君。
一瞬観客達と実況は状況を理解出来ずに、空気が実質的に凍るが。
「僕を本気にさせたいんだったら、それだけの
僕が敗者に向けて放った言葉と共に、闘技場は勝利を思い出す。
『うぉおおお!!』
「か、完封勝利ッ!一撃で落としましたッ!ユト・フトゥールムの勝利です!」
───奏功と共に歓声。
観客の熱い視線を、そのまま一身に受け。
裏闘技場初陣状態での勝利者として、僕はただ……。
踵を返し、静かに勝利を観客に告げた。
♦︎
裏闘技場アリーナ。
先刻、ユト・フトゥールム対酒乱のリグス戦が終わったばかりの、観客が出払った観客席にて。
「どうでしたか?……ロベリア様」
ある人物は、ロベリアの部下として相槌を求めた。
顔の見えぬ、漆黒を常に纏った人物。
ミラージュだ。
「中々良かったわよ☆盛り上げとしては上々ね」
ロベリアは特注の金の玉座に鎮座し、誰も居なくなったアリーナを、どこか楽しそうな目で見渡していた。
その、狂気染みてはいるが
「はい。それでは、残った別のファイター達の観戦を致しますか?」
ミラージュが、一応の様にロベリアに聞くが。
「……なに?」
それに
瞬間、ゾワっと逆立つ産毛。
ロベリアが怒る理由は無かった筈、場を乱す視線な筈、なのだが。
───何故かその視線には、やけに説得力があった。
「……っ」
その目には、ミラージュが見たことも無い、狂気な殺意が籠っていた。
今までの狂気的視線ならまだしも、こんな殺意混じりの目付きなど。
ミラージュはロベリアに仕えてきた、数十年間という長い月日の中でも……一度すら垣間見た事は無かった。
彼女は気圧され、気付けば引き下がっていた。
本能がそう叫ぶ様な、胸をギュッと締め付けられる悪寒をミラージュは感じたからだ。
知らない怒り方。
知らない反応。
それに困惑と焦りを露わにするミラージュ。
そんな部下の機微に気付いたのか、やっとロベリアはその視線を解き。
ヘラヘラと笑いながら、こう返した。
「あんな雑魚ファイター達なんかの観戦なんてしないわヨォー?ワタクシが観戦するのは、ああゆう化物達だけなんだから♡」
───だが依然、ロベリアの狂気的な目付きはーー変わる事を知らなかった。
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