第八十六話『剣よりも物理、物理で殴る』
ガレーシャの母親、ユークリッド・ミリアを助けたモイラであったのだが。
ーー談笑していた。
「彼奴らに触れられたら、正当防衛として叩きのめしてやる所だったが……その前に助けられてしまったな」
拳をギリギリ、と握りこむユークリッド。
あれを食らったら、モイラがやる以上に男達は大変な事になりそうだ。
案外、モイラが介入してきたお陰で、男達は命拾いしたと言えようか。
「はははー。と言うかやっぱり思ったんだけど、なんで貴族さんがここに居るの?最初人混みの中で見つけてから、ずっと聞きたかったんだよ」
見透かす様なモイラの笑顔がユークリッドに刺さる。
(……偽装魔法と偽名を使っている筈だったんだが……やはり手練れだな)
ユークリッドは少し心の中で頷いた。
だが、一応の恩人に恩を返さない理由も無いので、ユークリッドは答えた。
「まあ、友人に調査を頼まれてね。あいつでも、そろそろロベリアの凶行を見逃せなくなったんだろう」
(あの漆黒を纏ったロベリア、それが取っていった鉄タグの再回収も必要だしな)
ユークリッドが心中で頷く中、一人モイラは感慨深く呟いた。
「へぇ……潜入捜査って訳かぁ。ってもしかしてユークリッドさんも明日の種目に参加するの?」
「うむ。人を殺めずに済む様だからね。裏闘技場の犯罪者ファイターのリスト付けも捗ると思って参加した」
「……じゃあちょっと質問なんだけど」
「何か?」
「ユークリッドさんって、何ブロック?」
「……四ブロックだな。君は?」
「三ブロック。ユトは一ブロック。アーサー君が二ブロックだねー」
(……ん?アーサー?)
一瞬ユークリッドの動きが止まる、が。
「おおっと。そろそろ帰らないと怪しまれる。じゃあさよならだねっ!」
モイラがそれを気にせず立った為、その疑問は不問になった。
「あ、ああ」
少し困惑を隠せないでいたユークリッドであったが。
元気よく走り去っていくモイラの背中を見て、キッチリとした表情に見合わず安堵の表情を溢した。
「我が娘は来ていないのか……有難いな。だがともかく、アーサーか……」
そして、ユークリッドは笑った。
♦︎
ーー明日。
後一時間後に、第一ブロックの第一回戦が開始されるだろうと言う時。
裏闘技場が活気に溢れる中、僕達は……。
「はー。
駄弁っていた。
……いやさ。本当にする事無いんだよ。
飲食しようにしても、酒場とか飲食店はファイターによって埋められているし。
変に戦いを待って緊張するにしても、そんな緊張する程戦いに貪欲じゃ無いし。
この種目のルールブックはもう、見終えて記憶してしまったしね。
要するに僕達は……暇だ。
「でも、後一時間後で第一ブロック一回戦が開始かー」
「確か、魔法異次元空間でのほぼ同時開戦だったよな?実況等は優勝候補……つまりユト達ぐらいにしか付かないみたいだが、観客は疲れないんだろうか?」
モイラの呟きに、哲学的に重ねるアーサ君。
「数百人居る配信者の中から好きに選んでくれ、に似た物じゃない?気が向いたらこのファイターに、なんか気が向かないから別のファイターにって感じで」
「ああ、確かに。言われてみれば」
僕の説明に頷くモイラとアーサー君。
これくらいの事はルールブックに書いてあった筈なんだけどなぁ……おかしいな。
と、思った途端、暇による静寂が訪れそうになったので。
「まあそれはともあれ、あと一時間後だ。少し話でもして暇を乗り切ろうか」
♦︎
で、今はその一時間後。
もう第一回戦開始直前だ。
その前に、受付嬢経由で裏闘技場管理者ロベリアに釘を刺されたよ。
『
……だそうだ。
なんで僕の能力の名前を知っているんだと思ったんだけれど。
裏社会に通じているのなら、そこら辺の超人脈によってだろうね。
うん。
多分、きっとそうだ。
まあ今は、裏闘技場仕様の武器庫にて武器を選んでいる最中。
弓や長剣、雑草伐採のための小さな鎌の様な武器?さえもある物騒な武器庫だ。
でもまあ、これで人を殺めようとすると……裏闘技場に掛けられた魔法によって、即刻そのファイターは棄権されるんだけどね。
致命傷を狙った攻撃も駄目。
少しづつ相手を出血させて、失血死を狙うのも駄目。対象の死が近付いた瞬間に、そのファイターは闘技場から追い出される。
しかもそう言った、致命傷にはなり得なかったけれど、放って置いたら死ぬレベルの傷を負ったファイターは、即刻裏で待機中の裏闘技場専属の優秀な医療班によって治療されるらしい。
そこら辺徹底してるよね。
この魔法も条件起動式の為、強制力が強い。
つまり、闘技場に於ける絶対の法となる訳だ。
まあ魔術では無いから、現実を改変してしまうほど強いか、と言われると反論すらできないが。
それでも、一ファイター相手なら充分に刺さる法だ。
で、話を戻すと。
僕は何の武器を使おうか、と言う事だけれど……。
「やっぱり、相棒が使えないんだったら籠手になるよねぇ。弓も良いけれど、弾速遅いし」
シンプルイズザ・ベスト。
簡単で分かりやすく、瞬間火力と素早さに於いて優れているこれが一番良い。
なまじ剣とかを使うより、洗練された『物理で殴る』の方がよっぽど良い。
気絶させたら、それで試合終了みたいだしね。
と言うわけで、武器選択も終えた僕は裏闘技場第一回戦の場へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます