第八十五話『痴漢、セクハラ駄目絶対』

 

 ーー魔術。


 それは『魔法』という一つ概念を更に解析し、その最奥へと至らしめた元魔法の事を言う。

『術』の域にまで『魔法』を落とし込んだ物を、大体そう云う。

 閉ざされていたであろう魔法の道を新たに開拓したら、そう呼ばれるらしい。


 魔術を使える魔導師は、敬意を持って『魔術師、若しくは識術師しきじゅつし』と呼ばれる。


 ……その魔術の大半は、魔力を消費したりすらしない。

 魔法への理解度が高いからだ。


 言うなれば魔術は、事象操作と同じく『魔力を使わない魔法』と言えるのだろう。

 自分の『存在』が持つ能力とは違った、己の力によって辿り着いた技術。


 少なくとも、この世界ではそうみたい。


『事象操作魔術』と呼ばれる魔術も、魔法の可能性を新たに開拓した例であるから、そう呼ばれる。

 魔力も使わないしね。

 だが純粋な魔術と比べると、その習得難易度は中の上辺りに落ちる。


 まあ、話を戻すと。


 裏闘技場アリーナには、条件発動式の魔術式が組まれている。

 魔術とは大体強力な物だ。


 それが『条件発動式』という一定の条件を踏まねば発動しない魔術であるならば、その威力は更に増す。


 いやぁ……純粋な魔術ともなれば、大魔導師と呼ばれる人物でも大体一つしか持たない物だと思ったのだけれど。



 ーー所謂いわゆる『固有魔法』と呼ばれる物が魔術なのだ。



 その魔術式の内容が【裏闘技場のアリーナにファイターとして踏み入った『フィルフィナーズ』に弱体化を施す】なんて物だとは誰も思わないさ。


 ……どんな限定的な特攻だよ。全く。

 魔術習得までの鍛錬を、最初っからあまり意味ないと分かってて投げ捨てるかの様だよ。


 言っておくと、このフィルフィナーズと言うのが僕とモイラとアーサー君だ。


 つまり、全員。

 どれくらい力が弱体化されるのかは分からないけれど、魔術だからその分……覚悟しなくちゃいけない。

 第三兵器が懸かっている以上、逃げる事は許されない。


 満目蕭条ノ眼ボーダムアイも使って、本当に景品が古代兵器だと言う事は確認済み。

 ーーなら尚更、後には引けない。



 例え死んだとしても、僕達は世界を救わなければならないんだから。



 ♦︎



「分かったね、皆」

 僕は一人一人、モイラとアーサー君を一瞥した。


「ああ。ユトの言ったそれも含め、ロベリアも第五ブロックの参加者である【特殊転生者】も注意しなくてはな」

 アーサー君の呟きに、モイラは重ね、


「確かに、特殊転生者は『』……してしまった放浪者だもんねー」


「誰なのかは分からないけど、人間だ……驚異だからね。というかアーサ君。特殊転生者がこの世界に来た事って知ってたりした?」

 それに僕はまた重ねる形で、アーサー君に問うた。


「……ああ。知っていたがーーあまり足取りを掴めなくてな。こんな所で邂逅かいこう出来るとは思いもよらなかった」

 帰って来たのは、感慨深い様な頷きだった。


 特殊転生者って、意外とやばみな奴なんだけどなぁ。

 まあ、良いか。後輩だし。


「……とりあえずここで終わりにしようか。さっきの受付嬢の言う通り、英気を養わなくちゃね」


「そうだな」


 ……そうして『僕』の一日は終わった。



 ♦︎



 裏闘技場ファイターは軒並み寝静まった。

 普段の裏闘技場ならば、こう言った深夜でもバリバリと活気に溢れている筈なのだが。


 明日の巨大な種目……ユト達が参加する景品が古代兵器の巨大な演目がある為、他の別種目の開催が取り止めになっている。そのせいだろう。


 まあ、この裏闘技場のファイター達は、優勝景品の古代兵器なんて目にないと思うが。

 恐らく大体のファイター達は、副賞の『金貨五百枚』がお目当てだろう。

 極論、こんな違法闘技場に居る連中など、金と酒とにしか目がない。


 そして、裏闘技場同設の酒場に入り浸る酒呑みしか辺りを歩いていない、そんな所にて歩く絢爛けんらんな女性が、二人居た。


 一人は散歩中のモイラで確定なのだが。

 もう一人は、厳つい酒飲み達に集られている。


「お、いたいた」

 と、その女性に寄ろうとしたモイラだったのだが。


「姉ちゃーん、美人だねぇ。ちょっと俺たちと遊ばない?」


「止めろ……」

 数人の屈強な男達が束になって、中心の女性にたかっている。

 触れたりはしていないが、何か危険な雰囲気だ。


 ……あれは流石にバカの子のモイラでも分かる。


(痴漢だ!)

 早速モイラは行動に移った。


 拳を固く握り。

 足を踏み込み。

 標的(性の塊さん)を睨む。

 ーーそして。


「あ?なんだぁ?」

 立ち昇る威圧用の魔力に気付いた酒呑み達を。


「……たぁっ!」


「がはっ……ッ!?」

 バコッ。

 鉄拳制裁。


 ーーセクハラ、痴漢ダメ絶対。

 そんな気持ちとともに放たれた拳に、男が敵うはずも無く。

 倒れた成人男性、数名。


 完全気絶確認。

 泡を吹いて地面に伏す男性達。


 モイラはそれを下に、さっき男に集られていた女性に笑顔を飛ばした。


「大丈夫?ユークリッド・ミリア……さん?ちゃん?」

 片手間に神眼を使って、その女性の情報を盗み見ながら。


「なんで私の名前を……って、君は確か……」

 モイラに名前を暴露されたユークリッドと言う人物は、モイラの笑顔を見るや否や、目を細めた。

 まるで、知っている人物を眺める様に。


 それもその筈。

 この人物……いや。このは。


「モイラ・クロスティー様だよ!……さん?」


 ユークリッド・ミリア。

 戦場いくさば貴族と呼ばれたミリア家の生まれで、ガレーシャの親である……。



 ーーギルドリアン王国リリアン支部に於ける、ギルドマスターであるからだ。

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