第五十四話『筋力で起こす災害講座』


※タイトルの『災害講座』という単語には他意はありません。


決して被災者を蔑む意思などはありませんので、そこはご了承下さい。










 

 爆炎と黒煙が、僕達を包み込んだ。


 廃屋に至るは一つの爆撃。


 魔族街に一筋の閃光が浸り、世界を焼く。


 一刻後、爆炎は晴れる。


 その時、出迎えたのは……。


「随分と幾久しい仲となってしまったなぁ。侵入者殿?」


 宙に浮き、こちらを見下して来る……人型邪龍であった。


 僕は全員を守る魔法結界を解き、彼の言葉に軽く頷いた。



 ……確かに、彼の言う通りか。



 その赤色に光る三白眼は、本当に見慣れてしまった。


「でも、多分君の顔を拝むのは、これで最後になると思うよ」


 僕がいつもの様に煽ると、彼は今まで見せた事ない怪しい顔で……笑った。


「……それはどうかな」


 僕は眉をひそめた。


 理由は、あるモノ達が見えてしまったから。



 ……大軍の影だ。



 崩れ切った廃屋。


 完全に大破した、天までの線が崩れ去るガレキの奥から、僕達は見た。


 数百、いや……数千の大軍が、人型邪龍君の背中から歩み出て来るのを。



 パチン。



 指鳴りと同時に、空間は引き延ばされる。


 熱い餅を引き延ばす様に、空間は伸びる。


 それは、数千という大軍を、小さい路地裏の空間に収める位の。


「空間展延拘束魔法……僕達を閉じ込め、大勢力を以って駆逐する気ね」


「そうだ……これでやっと、侵入者殿との因縁を断ち切れる」


 邪龍君はそう言いながら腕を上げ、兵達に攻撃準備をさせた。


 即時、兵達は全員怪しい魔力を滾らせ、僕らへ殺意を向ける。


 人型邪龍君の手下で、全員魔族と思われるその大軍は全て黒装束を纏い、こちらを睨む。


 こっわ。


 正体を隠す為の物みたいだけど、多分この子達ローズ者の社員たちでしょ。


 ……で、この空間を引き延ばす魔法を展開しているのが、人型邪龍君と。


 でも、僕は気付いた。



「あれ、でもあのスーツ姿の魔人君は見当たらないね……。どこへ行ったのかな」


 白々しく、僕は人型邪龍を目で撫でた。


「それを、私に聞いても意味が無いと思うのだが?」


 返されたのは睨みだった。


 肝心な所で曖昧にされたか。


「……はいはい」


 僕は若干の焦燥を抱くも、抹殺してしまえばいいので無視し。


 振り返り、後ろの皆に告げる。


「戦闘だ。皆やるよ」



 ♦︎



 人型邪龍陣営と僕陣営。


 戦いの火蓋は既に、切って落とされた。


 二陣営の人数差は……絶望的だった。


 数千人対四人。


 どう考えても、こんな異常なまでの人数差をひっくり返せる筈がない。


 しかも、相手は魔族の軍団。そして、街一つを簡単に滅ぼせるほどの人型邪龍も居るのだ。


 戦いの駆け引きも糞もない。


 だが僕達は、そんな救いようの無い状況に狼煙を穿つ。


「……邪魔」


 僕は、周囲に纏わり付いて来た兵達を片手で振り抜き、投げた。


 ドミノ倒しの様に、ドサドサと倒れていく兵達。


 それらに追い打ちをかける様に。


「雷鳴」


 兵達は、雷によって焼き尽くされた。


 正確に、魔族達の急所を狙った、反撃を許さない魔法攻撃。


 兵達に悟られない、静かな魔力の巡らせ方。


 ほぼ無詠唱に近い詠唱改変の具合が、さらに魔法の威力を底上げしている。


 ……そんな高次元な魔法の技術を発揮したのは、ガレーシャだ。


 兵を近付けさせない、近接戦に特化した僕。


 魔法戦に特化し、遠距離攻撃に通ずるガレーシャ。


 あと、他二人の外野。


 まあそれでも、流石に兵力の差は補い辛い。



 ……だがそれも、戦場が只の『障害物ある』路地裏だった場合の事だ。



 幸い、この空間は引き延ばされている。


 廃屋が壊れて更地と化した、まっさらな空間を、更に。


 術師である人型邪龍君が、数千人程の軍勢を入れようと発動させた魔法であるが。


 ……更地であるが故に、ある問題に直面していた。


「それは愚策だったね」


 僕は地面を叩きつけた。


 目の前の兵たちを無視し、放たれた地面への掌底は。


 地面を波打たせ、世界を割っていく。


 土が捲き上り、兵達が打ち上がる。


 僕の剛腕によって分かたれた地面の表面は、幾千もの兵を飲み込む。


 全て。一つ残らず。


 僕は大地版大津波の様な光景の元凶として、波の後ろで嗤った。


「こんな更地に陣を敷くなら……注意しないとね?『災害』に」


 ここは更地なのだ。


 只々、だだっ広く障害物の無い……ね。


 だから、こういった災害の様な戦法が刺さる。


『障害物』が無いから、下からの突発的な攻撃に弱い。


「くっ……」


 人型邪龍君はその天変地異とも取れる事象に、カウンターを取ろうと試みた。



 ーーだが。



「……事象操作でも、魔法でも無いだと!?不味い……ッ!」


 色々な手段を用いて止めようとした人型邪龍の試みは、舞い上がる土煙ごと撒き散る。


 そう。その言葉通り、この地表をめくれ上がらせる攻撃は、事象操作でも、魔法でも何でもない。


 全てが、僕の筋力の元に完成しているんだよ。


 だから魔法やら事象操作で、主導権をもぎ取ろうとしても意味がない。


 だって、これ筋力だもん。


 背後からは、ガレーシャ達の悲鳴が聞こえる。まあそっちには波を作ってないから大丈夫そうだけど。



 そして……大地の津波とも取れる、僕の筋力の元に完成した事象に、総ての兵達は抵抗すら出来ずに屈した。



 残ったのは……。


「……ははは。やはり貴方は脅威ですね」


 服に付いた土を叩き落としながら宙に浮く、人型邪龍のみだった。


 彼は、土に埋まった哀れな自軍の兵士に、小さく「使えませんね」と呟きながら、取り繕う様に言ってきた。


「良いでしょう。自軍の兵士が弱兵だと言うのなら、私が嬲り殺しにしてやるまでです」


 残酷な言葉を口走る人型邪龍。


 その目には、狂気と殺意が入り混じっていた。


「……本性表したか」


 異常な魔力の高鳴りを見せる人型邪龍を前に、僕は意気込む。


 思い出す様に僕は後ろに下がり、『ある事』をガレーシャだけに伝えた。


 僕とガレーシャだけにしか聞こえない距離で。


 小さく。


 全く悟られる事のない様に。


 僕は唇を動かし、その事をガレーシャに伝える。


 そして。


「……え!?……分かりました」


 その言葉に一瞬ガレーシャは困惑を示したが……直ぐに気を取直し、頷いた。


「ありがと」


 僕はそれに笑顔を飛ばし、懐疑的な視線を送ってきたモイラを含め、言い放った。


「じゃあ、使命を全うするって事で……死んでもらうよ。人型邪龍君」


「ーー望む所だ。かかって来い」


 そして、世界は割れた。

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