第五十二話『魔人。覚醒』

 

 僕の拳は、魔人君の頭を粉砕する。


 ……そう、なるはずだった。


「……!!?」


 僕の拳は握り止められた。



 ーー魔人の豪腕によって。



「は……君、やっぱり実力詐称さしょうしてたんね」


 ぎりぎり、と音を立てて止められた拳。


 驚きによって緩められた僕の拳は弾かれ、明後日の方向に向く。


 かなりの力だ。化物級と言って差し支えない。



 ……面白い、と僕は笑みをこぼし、わざと魔人の蹴りを受けた。



 音速を超えそうな勢いで壁に叩きつけられ、壁は粉砕される。


 人間大砲かな?


 瞬間、魔人君の周囲が歪む。


 凄まじい魔力放出によって歪められたのか。


(アホみたいな魔力だ。今までの比じゃ無い……あと、あれ)


 僕は、その魔力だけじゃ無い目まぐるしい変化に気付く。


 頭だ。


 魔人の側頭部には牛の様に曲がった、勇猛としたツノが生えていた。


 ……あんなものは今まで生えていなかった。


 生え際すら無かったし。



 まあ、あれはツノというか……。



 魔力に似た、なんらかのエネルギーによって製造された、仮初めのツノだね。


 それが、魔人の頭に引っ付いているという事みたい。


 あのツノが何で出来ているか、という事は僕の観察眼ですら分からない。


(まさか、古代兵器を体に取り込んでいる?……いや、あり得ないか。……だが)


 僕は彼を睨んだ。


「君が本気を出すなら、僕はそれ相応の実力を出すとしようか」


「疲れる仕事だが、主の為だ。容赦しないぞ」


 彼は銃を構えた。


 その銃は強大な魔人の魔力と呼応し、威力を更に底上げされている。


 光る銃口は、ただ僕を狙い続ける。


 僕の眼光は、その未熟な構えを見据える。



 ……先ずは様子見だね。



 バン。


 彼の発砲と共に、僕は『ストップ』と言わんばかりに左手を差し出した。


 銃弾の威力検証。


 そんな思惑と共に差し出された左手には、異常な魔力を込められた銃弾が着弾する。


 螺旋を描いた銃弾が僕の手にて収束するとき。


 ガリっ。


 ガラスにヒビが入る様な音が、僕の耳に入り込んだ。


「ん?」と思って左手を見ると、結界に小さいながらもヒビが入っていた。


(僕の結界にヒビを入れるとは、かなりの威力だね)



 ……ここからが本番か。



 僕はそう思い、忠節無心カラクリキコウをチャクラムに変形させた。


 今回、僕は要望を行わない。


 だって、面白そうな戦いになってきたから。


 要望でもしたら、戦いがヌルゲーと化す。


『敵を殺せ』とでも言ったら、モイラの因果剣リアリティ・アルターくらいの、因果を超越した力でなければその攻撃から逃げる事は出来なくなってしまう。


 それ、つまんないでしょ?


 対戦ゲームでチートの限りを尽くすように、それはつまらなくなるのだ。


 それはこういった、面白そうな戦いには邪魔でしかない。


 今はもう人質も居ないし、僕を遮る物も無い。


 なら、今は本気を出さず、僕の悦楽を満たす為に戦おう。


 チート撲滅。許すまじという事だ。


 僕がそう決め込んだ時、銃弾は放たれる。


 それは疾風の如く空を割き。


 雷鳴の如く宙を駆ける六つの弾丸となる。


 二対の銃口から隔てなく放たれた螺旋は、例によって僕を狙う。


 ので、僕はしゃがむ。


 途端僕の頭上を、凄まじい勢いで魔弾は通り過ぎて行く。


 弾丸は避けた。


 と、そんな時魔弾は、ブーメランの様に引き返した。


 仮初めの因果での操作じゃなく、ただの魔力コントロールであれだけの弾道操作を可能にしている様だ。


 僕の背中を取った銃弾は、更にスピードを増して攻撃を図ろうとするが……。



 被弾など、僕の経験が許さない。



 突然に。


 垂直。横に回る様に僕は跳んだ。


 頭を地面に向け、魔人君に腹を見せる形で銃弾を頭上に捉え。


消滅イレーズ……記録レコード


 事象操作で存在ごと消滅させた。


 それを確認。


 僕は宙に舞ったまま、チャクラムを投擲。


 閃光の様に、チャクラムは魔人の首にひた走る。


 それは疾風を纏い、世界を割る。


 だが。


「……ふん」


 そんな首刈りは、彼のたった二つの銃撃(爆撃)によって阻止された。


 ……爆発弾か。


 以前は『弾の排莢リロード』という圧倒的な隙があったのに、その欠点をシリンダー内部に召喚魔法を展開する事で補っているのか。


 本当に、今まではお遊びだったんだね。



 ……僕と同じく。



「『敵の目の前では意識を逸らしてはならない』まだまだ甘いよ」


「……!」


 魔人が視線を戻した時にはもう、僕は彼の腹近くに移動している。


 遅いんだよ。圧倒的に。


 魔人に師匠面しつつも。



 ……僕は、そのまま隙だらけの魔人の腹を叩いた。



「がは……ッ!?」


 僕の突きに対して、大きく仰け反る魔人君。


 鳩尾みぞおちを深く打ち込んだせいか?


 お腹を抑えている所を見ると結構痛そうだ。


 というか、僕完全に側から見たらいじめっ子なんだけど。拳で腹殴って、申し訳なさそうな顔すら浮かばせないし。


 まあいいか。この子も下衆げすだし。


「っはは。いてぇーいてぇー」


「……ん?」


 怒らせちゃったみたい。


 魔人君の雰囲気が、さっきの攻撃と共に強張っていく。


 M気質なのかな。

 攻撃受けて雰囲気変わるとか。


「……はー。切れた」


 僕の心中での皮肉を目の前に。


 瞬間、彼は両手の銃ごと地面を叩き割った。


 亀裂、破壊、粉砕。


 ローズ本社は、たった一つの叩きつけによって。


 粉々に。跡形も残さず壊され切った。


「……一発で、建物一棟ひとむね叩き壊す勢いとは。馬鹿力だね」


 つまり、立つ地面を失って僕たちは自由落下を開始したという事。


 それは、上で戦っていたあの子達も例外じゃない。


「あれ!?屋上が屋上ごと壊れちゃったよ!?」


「動転している場合じゃないですよ!まずは瓦礫排除と着地を……」


 ガレーシャとモイラだ。


「合流だね。大丈夫だった?」


 僕は全員が着地出来る様に、空中に魔力障壁を固定させながら心配した。


「あれ、ユトさんも。大丈夫でしたか?」


「良かったー」


 ガレーシャ達はその足場に乗りながら瓦礫を排除し、再びの再会に胸躍らせた。


 と、そんな会話もいざ知らず。


 人型邪龍と魔人君は魔力操作で宙に浮き、見下す様に言ってきた。


「……残念ながら、ここでお開きの様だ。住民の目が痛くなって来た模様だ」


「……それ、俺のせいか?」


「いや?私はそんな事一度も言ってはいないが?」


「だが俺が建物ぶっ壊しちゃった所為じゃ……」


「少し黙れ」


 人型邪龍と魔人の和気藹々わきあいあいで毒気付いた会話が、目の前で交わされる。


 何を見せられてるんだ。僕たちは。


 悪役同士の楽しそうな会話を見せて、同情を誘う創作物みたいだね。


 僕がそれについて悪態吐く前に、人型邪龍が仕切り直し。


「コホン。……と言うわけで、ここは侵入者殿達とのじゃれあいとはおさらばだ。また、いつかな」


 そう捨て台詞を吐き捨てながら、悪役達は飛び去っていった。



 ……。


 …………。



「もう夜だし。今ここで変に目立ちたくないし。僕らも帰るか」


「……ですね。気配も魔力も消えちゃいましたし」


「疲れたー」


 完全にやる気を削がれた一同。


 横を見ると、街のネオンが揺らめき。


 金切り音様な悲鳴が街を駆け巡る。


 街が騒いでいるのを感じながら、僕たちは迅速に帰路に着いた。


(また、取り逃がしたか……。でも、収穫はあった)

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