第四十五話『僕の一喝。それは空間を破り……』

 

 僕は優しくガレーシャの手を離し、何故か赤面する彼女を置いて笑った。


「実際、これしか無いんだよ。空間をこじ開ける事象と、空間の情報を維持する事象を同時展開し、それで強引にでも扉を作るしか」


「でもそれじゃあ威力足らずになるんじゃ無い?普通の威力無い事象じゃ博打になるよ……?」


(……さっすが創造神様ー。やっと理解出来たか)


 僕はモイラの指摘に心の中で皮肉と賞賛を送り、次なる説明をした。


「そうだね。例え詠唱文の改変をしても威力足らずになり、中途半端に空間を破壊しちゃうだろう……でも、他人の事象操作で事象を複写・倍加させ、しかもゼロ距離で放ったらどうなると思う?」


 瞬間、ガタッ、っという音が聞こえてきそうなどよめきが起こり、全員が乱れた。


「何言ってるんですか!?空間を破壊するほどの事象を複写・倍加するんですよ!?そんな強力な事象操作の中心にいたら、ユトさんがどうなるか……」


「そうだよ!危ないよ!」


 そう、何時ものガレーシャとモイラだ。


「でも、誰かが中心に居なくちゃ……事象操作の関係上、威力足らずになって失敗する恐れがある」


「それだったら私がーー」


「ダメだ。モイラは兎も角ともかく、ガレーシャは耐久性が無さすぎる。常に特殊結界を張っている僕がやるべきだ」


 ガレーシャの身代わりととれる言葉に、僕は強めの口調で遮った。



 ……かなり本気の目をして。



 誰にも反論を許さない。身代わりすら許さない。


 仲間に身代わりを許すくらいなら……僕は死を選ぶ。


 そんな僕の決意の篭った目は、変わりもしなかった。


 その意思が伝わったのか、二人は気圧された様に口を噤んだ。


「……因果剣リアリティ・アルター、使おうか?」


 モイラは因果剣に手を当てながら、気兼ね染みた顔で僕を見た。


「駄目。まだここではモイラの力を使わせられない」


 けれど僕は、その憂いに心中で感謝しつつも断った。


 実際問題、モイラの因果剣リアリティ・アルターはそんな軽々しく使っていい代物じゃないからね。


 ……ゲイボルグの時は、まあ……うん。


 あの時の選択は軽率な行動だったかなぁ、とか思いながら僕は忠節無心カラクリキコウを出現させる。


「僕が使えるのは……この忠節無心カラクリキコウだけ。他に障害物があったら、事象操作の複写がし難くなってしまう」


「でも……」


「ガレーシャ。残念だけど、これが一番良い方法なんだ」


「……う」


 ガレーシャは申し訳無さそうに顔を曇らせた。


「じゃあ……お二人共、頼んだよ」


 不穏そうな雰囲気が流れる中、僕は気丈に振る舞う。


 それで鼓舞したつもりだったのだが、二人は辛気臭い顔のまま。


 だから僕は言ってやった。


「大丈夫。僕が死ぬわけないじゃ無いか」


 ちょっとフラグ染みた言葉だったけど……それは僕の優しさ一杯の笑顔で消し去る。


「……生きて帰ってきてくださいね」


「はいはい」


 軽々しく応える僕を囲む様に彼女達は佇み、事象操作の詠唱に移った。


 その詠唱は、長文詠唱。


 長ければ長いほど、事象操作・魔法は威力を増す。


 彼女らの長文詠唱が外から聞こえるのを傍目に、僕も行動を起こす。


 白い膜が張った様な密室の中、僕はただ一人盾を突き刺す。


 これは忠節無心カラクリキコウを変えたもので、彼女達が張っている事象操作と同じく、事象の複写・倍加の性質を持っている。


 少しでも、事象操作の威力を上げるためだ。


 その破壊目標は、目の前の壁。


 向かい合う様に突き刺された盾。


 その後ろで、僕は覚悟を決める。


 これから、僕は紐なしバンジーに参加する様なものだからね。意を決しなきゃ。


 壁が壊れるまでの間、僕は荒れ狂う事象の中、生き残らなければならないから。


 死んじゃったら、計画はパアだ。


 身震いしそうな緊張感の中、密室にガレーシャの声が響く。


「……ご武運を」


「……りょーかい」


 僕はくすぶった様に鼻で笑い、不敵の笑みで目標を捉える。


 そして、詠唱を告げた。


事象リワイト抉る螺旋空間スパイラ・ガスペースそしてアンド……空間事象記録遅延式」


 二つの事象が僕の手の内にて収束を始める。


 一方は懐かしいもの。


 もう一方は世界を歩み続けた僕の気概そのもの。


 記憶メモリー記録レコード


 似た様で、違う事象達。


 この世界に来て色々分かったこと、知った事を……僕は見せよう。


 ……注意。僕は死を悟った訳じゃない。


 死ぬ気は無い。


 でも死ぬかもしれない。


 それはとっても、久し振りの感覚。


 人型邪龍君には感謝かもね。



 ……だって、僕はやっと……その気になれるんだから。



 邪竜君。そしてその相棒君。


 そして、あの方とやら。


 覚悟するがいいね。



 ……君達は、怒らせてはいけない人物を怒らせてしまった。



 憤怒は使命に。


 使命は力と成り。


 力は人を奮い立たせる。



 ……是即これすなわち、絶美ぜつびなる一喝いっかつと化す。



せよ。事総てを凌駕し、見えぬ事象よ……森羅万象しんらばんしょうを律する力を……」



『ーーー記録レコード



 そして、一喝は放たれる……。

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