第四十話『複雑な物の名称って、なんか必殺技みたいなの多いよね』

 

 二人は僕の見せた邪竜の日記を見切った。


 感想戦となる所では、一番最初にガレーシャが訝しげに呟いた。


「魔族共の命は我等の手に……ってどう言う事ですかね」


「いつでも殺せるって事じゃない?」


「こっわいねー」


 僕が残酷に答えると、モイラは身震いする様に怖がった。


 軽過ぎる感情表現だった気がするけど、後のモイラの真摯な顔によってかき消された。


「……でも、事の黒幕が分かっただけ。魔族ちゃん達がなんでおかしいのかが分からないのがね……」


「まあ、それも人型邪龍君を捕獲すれば分かるんじゃない?」


「良くそんなに軽く言えますね、ユトさん……人型邪竜ですよ?そもそもどこに居るのかも分からないのに」


 訴えかける様なガレーシャの言葉に僕は、年上からの有難い助言として語りかけた。


「戦う前から怖気付いてちゃダメだよ?……と言うか、まだ邪竜君は居なくなった訳じゃないよ」


「……え?じゃあどこに居るんですか?何処を探してもここで行き止まりですよ?」


 予想通りの反応。やはりガレーシャはいい子だ。


「実はあるんだよね。六十二階への壁が」



 ♦︎



 不審げに付いてくるガレーシャ達を引き連れ、僕は以前見つけたあの壁へと二人を案内した。


 邪竜君の足跡は既に無くなっていたけれど、僕は道標が無くなったただけで迷う人間じゃない。


 あの壁の前へと至った僕達。


「ここだね。多分ここの凹んでいる所に手を入れると……」


 僕は壁の真正面に立ち、壁の少しへこんでいる部分に手を差し伸べる。


「待って下さい」


 ……だが、ガレーシャの声によって、それは阻止された。


 結構強めの言葉で阻止されたので、反射的に僕は聞いた。


「どうしたの?」


 すると、ガレーシャは目を凝らしながら、壁の文様を指差した。


「この壁に刻まれているのって、古代文字ですよ」


「そうなの?ただの文様に見えるけど」


 この壁の文様、古代文字だったのね……情報不足かな。全く知らなかった。


「そうですね……しかもこれは、強制力がとても強い、魔法具呪字刻印式事象操作魔術によって作られている……更に刻まれているのはヴァレンチノ呪字ですよ」


 新単語の連鎖。それにモイラは混乱した様で、


「……え?何それ?ヴァ……ヴァレンチノ?」


 と、彼女の脳内はぐちゃぐちゃだと察せる位に困惑していた。


 創造神なのに、古代文字の種類を覚えていないのは……あり得ないね。


 僕だったらめっちゃ大きい溜息を零してから説明を却下する所だったかも知れないけど、ガレーシャは悪態すらつかずに説明し始めた。


「世界中で発見されている中でも一番強力と言われる、ヴァレンチノ古代族が発明した、ヴァレンチノ呪字って古代文字ですね」


 最強の古代文字って事ね。


 その説明に加え、僕もモイラの様に聞きたい単語があったので聞いてみた。


「魔法具呪字刻印式事象操作魔術って?」


 そう。この意味分からんくらい長い名称だ。


 僕が傾げて聞くと、ガレーシャは律儀に説明してくれた。


「魔法式に事象操作を組み込み、威力を上げたものが事象操作魔術と言って、魔法具呪字刻印式と言うものは、呪字を魔法具に刻印し、呪字が元々有する呪力を魔法具によって増幅させた、呪術の応用です」


 長過ぎる説明にガレーシャ自身も一旦合間を置き、思い出す様にまた説明に入った。


「そしてその魔法具呪字刻印式事象操作魔術と言うものは、その両方を組み合わせた、呪術の境地です。しかも、元々最強の呪字とも呼ばれるヴァレンチノ呪字を使う事で、現実改変にも近い強制力を有しています」


 僕たちは優しく、分かりやすい説明に静聴中。


 ガレーシャは説明の合間に一息つき、凄みを持たせる様に続きを告げた。


「正式名称は、魔法具ヴァレンチノ呪字刻印式事象操作魔術……。これを使える人間は全く見たことがありません」


 長い説明が終わった後。


 僕から出た感想は、


「必殺技みたいな名前の長さだね」


 と、皮肉じみた言葉でもあった。


 でも実際、複雑な魔法やら術式やらとなると、名称が長くなっちゃうのは常だけど……。


 まあそれでも名称、長過ぎるよね。


「取り敢えずそれに触れるのはまずいです。許可無くそれに触れたら、一瞬で手が焼き切れますよ」


「こわっ」


 僕は、不用意にだした手を咄嗟に引いた。


 少しでも手が掠ったら、僕の手無くなっちゃうのは怖いからね。


「……でも、行かなくちゃならないのは変わらなくない?」


 でも僕は、意見を述べる様に片手を上げ、ぎこちない笑みで言った。

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