嘘と心と愛してる。

翠雨◎

第1話 欲が溢れる空間

 薄暗い空間にカラフルな照明が男女をランダムに照らす。

 思考を停止させる様な大きな音が身体中を駆け巡り、胸で何度もリズムを打つ。

 薄暗い大きな鏡の前でお化粧の最終チェックと香水をひとふり。

 携帯以外を全てロッカーに入れて、鍵を首に掛ける。

 バーカウンターでイケメンの店員さんにご挨拶。

 それからお酒を片手にダンスフロアへ飛び出す。

「今日こそ良い男を捕まえるんだから!」

 親友の、いや悪友とでも紹介しておこうか。玲華とはあることから意気投し、そこからはクラブへ一緒に行く仲だ。

「だといいね。土晩だからいい男いるかもよ?」

 なんて確証のないことを返し、辺りを見渡しながら答える。

 基本的に私の目的は踊ることだ。流行りの洋楽やEDMを聴きながら踊りまくる。DJの選曲にテンションを左右されながら、ただひたすらに音楽と戯れるのだ。

 クラブには大きく分けて2パターンの人がいると思う。一つは出会いを求めて来ている人、もう一つは音楽を楽しみに来ている人だ。

 私は後者であるが、玲華は前者のため二人組のナンパには一緒に付き合うことがある。

「あ!あの人バイト先のお客さんだ!しかもイケメンって噂されてるの。」

「どの人?」

「あの前で踊ってるスーツの右側の人!」

 そう言われて前を向くと、スーツを綺麗に着こなし片耳にシルバーのピアスをした端整な顔立ちの男性がいた。

「凄くかっこいい人だね。声をかけてみたら?」

「無理だよー!恥ずかしくて声なんてかけられない!」

 女の子とはかっこいい人を目の前にすると恥ずかしがる生き物なのだ。私にはその感情がよく分からないけれども。多分、一目惚れなどもしないタイプの人間だと思う。

「でも、バイト以外で会えるのは今日だけかもしれないよ。」

「確かにそうなんだけど・・・。」

 玲華はかっこいい人を見つけるのが上手だ。薄暗く見にくい環境のなかで見極めているのは本当にすごいと思う。

 彼女の背中を押してみてもあまり効果はなさそうだったため、次を探すことになった。

 男女比は7:3ぐらいで、圧倒的に男性の方が多い。そのため次から次へと声をかけられる。基本的に断るのだがその日は踊り疲かれと飲み足りなさを感じ、タイミングよく声をかけてくれた二人組の体育会系の男性について行くことにした。


「よくクラブへは来るの?」「どこ出身?」「名前は?」

 だいたいこの質問を最初にされて適当に返す。あまり自分の情報を言いたくはないし、声も聞こえづらいのでまともな会話はできない。性格もよく分からないし判断材料は見た目と話し方くらいで、気に入れば連絡先を交換して終わり。やり取りをしてご飯を食べに行くのも、何かをするのも自分次第。

 私はこのやり取りを楽しいと思わないし、それに男性が一方的に女性を選ぶということに違和感を感じている。要は自分の受け取り方次第なのだけれども。

 乾杯は絶対にテキーラ、かわいいお酒はご遠慮。

 かわいいと思われたい男性の前だけ、自分を良く見せる。中途半端な優しさは相手を傷つけるし、自分を一番傷つける。


 程よくお酒も回って楽しくなってきたら、再びダンスフロアへ玲華と飛び出す。

 好きなJ-popは大きな声で歌う。どんな歌詞でもこの空間なら関係ない。かわいい女の子と目があったら大笑いしながら一緒に歌う。もちろん、好みの男性がいたらその人とも歌うのかもしれない。

「ねえ!一緒に乾杯しない?」

 楽しく歌ってる時に邪魔しないでと思いながら振り向くとそこには、さっきのかっこいい人のツレが立っていた。こんな機会は絶対に逃せないと、私はその提案に乗ることにした。

「うん!そっちのお兄さんも一緒にどう?私も友達がいるし。」

「じゃあ、みんなで乾杯だね!」

 こんなに上手くいくことなんてあるのかと驚きながら、会話を進めつつバーカウンターへと向かう。かっこいい人はこちらを見ない様にしているようだった。玲華は急な出来事に言葉を失い、ただ私の誘いに乗ってついて来るのに精一杯だった。

「名前は?」

「俺はヒロ、こっちはジュン。そっちは?」

「私は美波、友達は玲華だよ。何歳なの?」

「今は二十四歳、今年で二十四歳になる。いくつ?」

 意外にもナンパをしてきたヒロくんよりもジュンくんの方が話してくれる。

「二十歳。じゃあ、社会人?」

「看護師だよ。学生?」

「そうそう。ジュンくんお肌綺麗だね。お化粧してるの?」

 男の人にこういうことを聞いても良いのか少し迷ったが、会話の糸口を見つけるためにも話しをしてみる。

「うん。よくわかったね。ファンデーションと眉毛、あとアイシャドウかな。」

 玲華にアイコンタクトを送ってみるけども全く話に入ってきてはくれず、短気な私はお酒の力もあってかジュンくんの頬に両手を添えて顔を近づけた。いやらしくない程度に。

「綺麗にお化粧してるね。ピアスはフェイク?」

「そうだよ。穴を開けたくなくて。痛いの苦手なんだ。」

「そうなんだ。意外。ジュンくんって自分から行かなくても女の子寄って来るでしょ?」

「うん。凄く触られるから嫌だ。それに顔に興味なかったら、性格も知りたいと思わないし。」

 さすがはかっこいいだけあって、言葉が辛辣ではある。さっき頬に触れたのが少し申し訳なく感じた。かっこいいと困ることもあるんだとかなんとか考えているうちに、いつのまにかバーカウンターには3人分のテキーラが並んでいた。

「乾杯しようか!」

 ヒロくんがそう言うと私と玲華とヒロくんはテキーラを持って乾杯をした。ジュンくんはお酒があまり好きではないらしく、今回は飲まない様だった。

「連絡先交換しよ!」

 ヒロくんがそう言うと私は少しためらったが、もしかしたらいい人かもしれないし変な人だったら連絡先を消してしまえばいいと思い交換することにした。それからは踊ったり他愛もない会話をしつつ、ヒロくんに手を引かれてダンスフロアで踊った。こうしている間にも玲華とジュンくんの二人がどうなっているか気になって、チラチラ目配せをしていた。するとそれを察したのかヒロくんがもう一回みんなで乾杯しようかと提案してくれた。丁度、テキーラガールのお姉さんが通ったので今度は4杯テキーラを注文した。相変わらずジュンくんは飲みたくないと渋ったが、テキーラガールのお姉さんの方が一枚上手だった。

「トイレ行って来るね!」

 玲華が私にそう告げると三人になったため、ジュンくんに玲華と連絡先を交換したのか聞いてみることにした。少し性格が悪いのかもしれないが本来の目的はここなのだ。

「玲華と連絡先交換した?」

「いや、してないかな。」

 ジュンくんは連絡先を交換するか迷っているようだったので、余計な御節介ではあるが交換するような空気を作ってしまった。交換してもこの先二人が連絡を続けるか続けないかは本人達次第なのでまあいっかと都合の良い解釈をして、再び私はヒロくんとダンスフロアへ踊りに行くことにした。

 お酒の弱い私は、テキーラとひたすら思い通りにいくこの状況に高揚感と快感に酔いながらひたすら踊り続けた。

 ふと考えてみると私はヒロくんにあまりにも興味がなくそれは相手にとって非常に失礼だと思い、必死に絞り出した質問をした。

「なんで、美波をナンパしてくれたの?」

「楽しそうに踊ってたからいいなと思った。それでジュンくんにあの子いいなって言ったら『美人だからやめとけ』って言われたんだけど、我慢できなくて声をかけちゃった。」

 この人はナンパに慣れているのか。こういう風にいえば女の子が落ちると思ってるのかななんて考えつつ、冷めたこの気持ちを隠そうととびっきりの作り笑いを披露しといた。

「え!そうなの?なんか恥ずかしいな。ナンパしてくれなかったら、今みたいに楽しく踊れてないから誘ってくれて嬉しいな。」

 こんなこと口先だけでさらっと言ってしまう自分に嫌気がさしながらも、それを忘れるようにお酒を飲んで踊った。

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