14.冬の湖畔

 タスクを捨てて5か月後、コハンの村。


 まだまだ春の気配も感じさせない曇り空の寒々とした一日。

 雪景色に染まる村は、冬の静寂に包まれていた。

 そんな中、湖上のクマの家へ金髪ポニーテルを揺らしながら、背の低い少女が歩いていく。

 最上階のサンルームから、クマは着ぐるみ姿でその様子を眺めていた。

 やがて、階段から登ってくる音が聞こえて……。


「よう! クマ公。暖房くらいつけろよ」

「クマちゃんあったかいからええねん!」


 キキョウの問いに振り向かず答える。


「客が来たんだぜ! 茶くらいだせよ」

「座っとって」


 クマは火鉢に鉄瓶を下げ中身を温める。

 ちょうど良いころ合いを見計らって、湯飲みと鉄瓶をキキョウの所へ持っていく。

「おいこれ……。酒じゃねぇか! おまえ、昼間っから呑んでんのかよ」

「ええやんか……」


 クマは、二つの湯飲みに温めたどぶろくを注ぐ。


「温まるよ」


 クマに勧められ、キキョウは一口飲んでみる。


「へぇ、確かに。それに甘酒より飲みやすいな」


 胃の中からじんわりとした温かさが広がる。

 キキョウは、チラッとクマの顔を見たあと拳を握り唇をギュッとすぼめた。

 そして、背筋を伸ばしてもう一度クマの方を向き話始める。


「あのさ……、春になったらなんだけど」


 ここで、唾をごくりと飲み込む。


「村を出ようと思うんだ!」


 クマは振り向きもせず、湯飲みを啜った。


「なんで?」

「タスクを迎えに、いや探しに行こうかと思ってさ」


 それを聞いたクマはキキョウの方を目を見開いて凝視する。


「愛し合ってないとアレをしないってあいつは言ったから追放されたわけじゃん」

「うん」

「それでさ、実は、俺とタスクは本当はヤッてないんだ」

「え?」

「恥ずかしい話だけど、怖くてさ。だけど、今なら……出来るかもしれない。だから探しに行く」

「それなら、クマちゃんの方がターくん愛してるもん! クマちゃんが探しに行くわ!」

「おまえ……、出来るのかよアレ……」

「そんなん考えたことも無いわ!」

「なんだよそれ……」


 キキョウが呆れ返ったその時、窓の外を横切る影が見えた。


「あ! あれは……」

「!!!!!!」


 二人は急いで階段を駆け降りて、コハンの家へと向かった。



 時を同じくして、湖畔の家。

 ベッドでシーツに包まっているカルミアとシギ。


「ねぇー。お昼ご飯作ってよー」

「甘えるのはベッドの中だけにして」

「ベッドの中じゃん!」

「そういう意味じゃないの分かってるでしょ」


 そう言うとカルミアは、シーツの下に潜り込む。


「きゃっ! ヤダー……」


 その時、窓の外でバサバサと羽ばたくような音が聞こえる。

 それを聞いたカルミアは、シーツから飛び出し窓の外を覗きに行く。


「まだエルのこと待ってるの?」


 シギの言葉を無視し、急いで服を着だすカルミア。


「なに、怒ったの? エルのこと話すと本気になるのね。タスクを追放したのだってエルとやったからなんでしょ?」

「先行くから、着替えて降りて来なさい!」


 そう言い残すと、カルミアは扉を乱暴に開けて出て行った。



 同じく村の寺院。

 タスクの研究室で、ニウブ、ミュクス、グレタ、セシルとその他数人の村人が何かをしている。

 ニウブが素材を混ぜ合わせているのをミュクスが覗き込む。


「手伝ってて今さら聞くのも何なんだけど、これ何作ってるの? ニウブ」

「アルミニウムです。タスクさんが居た頃から研究を始めてたんですが……。これが手に入れば、製鉄もそうですけど、気球以外の空飛ぶ手段も作れるかもしれません! ただし、それの作り方を私は知りませんけど」

「知らないなら、役に立たないんじゃないの?」

「いいえ、知らないなら……。探せばいいんです」


 ニウブとミュクスが話している所へ、薄水色髪のツインテール少女が扉を開けて駆け込んで来て叫んだ。


「ふたりが帰ってきた!」




 湖畔の家の前は雪が踏まれて土と混じり合いドロドロになっていた。

 村人たちが駆け付ける中、ゆっくりと旋回して降りて来るふたり。

 泥で汚れない着陸場所を探し、桟橋の入り口付近に着陸する。


「エル!」


 一番にその名を叫んで駆け寄ったのはカルミアだった。

 彼女はそのままエルに抱き着こうとして違和感に気付く。


「何よ?そのお腹は!」


 エルの下腹部は、痩せた上半身とアンバランスに膨らんでいた。


「僕の赤ちゃん!」


 ―ええぇーーーーーーー!!!!!!!


 村のみんなから上がる驚きの声。しかし、カルミアは冷静に否定する。


「嘘おっしゃい! 5か月でそんな大きくなるわけないじゃない」

「ほら! だから言ったじゃないですか! すぐバレるって!!」


 横に居たヴァナモが声を荒げた。


「妊娠は……、しなかったってことかしら?」


「そりゃあ~そうさ!だって、初めっから子作りしてないんだから」


 ――ええぇーーーーーーー!!!!!!!


 またまき起こる驚きの声。


「つうことはよ……」

「ターくん童貞のままやんか!」


 キキョウとクマは驚愕の事実にたどり着いた。

 そして、アレクサはある疑念を思いつく。


「実はゲイなんじゃないのあいつ?」


「ねぇ、タスクだけ居ないみたいだけど?」


 エルが出迎えの村人たちを見て呟いた。

 ニウブが近寄り話しかける。


「カルミアさんが子作りを拒否したタスクさんを追放しました」

「なんだって?! ほんとうなのカルミア」

「ええ、掟を破るのならここには置けないわ」

「こっちを見てカルミア!」


 エルの言葉に、下を向いていたカルミアが目を合わせる。


「タスクを迎えに行こう!」

「エル! 何を言い出すの?」

「僕を誰だと思ってるの? 見た人の真実の望みを知ることのできるエルピス様だぞ!」

「でも、わたしそんなこと思って……」

「カルミア……。君と僕。どっちが正しいんだい?」

「それは……」

 と言葉に詰まるカルミア。

 しかし最後には、「あなたよ」と言った。


「それじゃ! 今からタスクさんを迎えに行きましょう!」


 ニウブがそう言って喜びのあまりぴょんぴょん飛び跳ねるが、ヴァナモが申し訳なさそうに話しかける。


「あの~、たぶん吹雪が来るので、今からは無理じゃないかな」

「あいつは、すぐにはくたばらねぇだろ」

「クマちゃん冬眠中やから……晴れたらでええやん」

「あんた、起きてるじゃない? でも、急がなくても春になってからで良いんじゃない?」


 みんなの視線がカルミアに集まる。


「分かった……。分かったわ。春になったら迎えに行きましょう!」

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