8.瞳の奥の発明品

 翌朝、ニウブは一人で砂浜に来ていた。

 砂浜で屈んで何かを必死に拾い集めている。

 昨晩、ヒストリアの魔法を掛けて引き出した、新たな”役に立つモノ”のレシピ。

 そのレシピに必要な材料をあつめているのだ。

 夢中で集めていると、やがて足元に満ち潮が押し寄せて来る。


「おい! おまえ、何やってんだよ。漁をしている時間に海入ったら感電すんぞ!」


 海水に浸かって、材料拾いをしていたニウブを注意してきたのは、キキョウだった。

 電撃魔法を使った漁に出ようと、砂浜に係留している舟に乗り込みにやってきたのだ。


「あ! おはようございますキキョウさん。貝殻を集めるのに夢中で……。いつのまにやら、海の中に」

「貝殻? 貝が好きなのか?」


 ニウブに対して不思議なものを見るような眼差しを向けるキキョウ。


「いえ、新しい発明の材料で、殻の方だけ必要なんです」

「こんな苦労して探さなくたって、ゴミ捨て場行けば貝殻なんていっぱいあんだろ?」

「えええ!? そうなんだ……。でも、ゴミ捨て場ってどこに?」

「ちっ! しょうがねぇな、案内してやるよ!」


 やれやれといった感じで、キキョウは村の方へ歩き出した。


「あ、ありがとうございます!」


 トテトテと先を行くキキョウに駆け寄るニウブ。


「キキョウさんって、やさしいんですね」

「ばーか。漁やってる所でウロチョロされたら邪魔だからだよ」

「うふふ」

 


 二人は、村はずれのゴミ捨て場にやってきた。


「にしても、まだ諦めてなかったのか?」

「はい! だって、こんな私でも必要としてもらえるチャンスですから」

「ふん。その諦めねぇ根性だけは認めてやんよ」


 ゴミ捨て場で二人が話していると、後ろから忍び寄る怪しい影が……。


「キョウちゃん、言うことがイケメンやなぁ~」


 そう言って、キキョウの肩にまわしてくる毛皮の腕。


「なんだよクマ公! ニヤニヤすんなよ。どっから現れた!? てか、冷てえ!! お前、びしょ濡れじゃねぇか!!」

「ニウブちゃんに言われて、昆布取って来たんやで―!」


 びしょ濡れの毛皮から海水を滴らせ、縛った大量の昆布を肩から下げるクマ。


「クマちゃん! もう昆布を取って来たんですか! 私はまだチョットしか貝殻集められてないよー」

「昆布と貝殻? 味噌汁でも作るのか?」

「えへへ、あともう一つ集めないとイケないんですが……」


 ニウブがゴミ捨て場の貝殻を集めた後、みんなでクマの家に向かった。


「貝殻は高温で焼かないといけないから……、先に昆布を乾かしてから焼きましょう」


 たき火を焚いた横に、物干し台を立てて昆布を乾燥させる。

 しばらくして、からっからに昆布が乾いたら、石の土台に載せて火を点けた。

 完全に燃え尽きて、灰になったものを茶碗に集める。


「あんなにいっぱいあったのに、ずいぶん少なくなるんだな」

「ええ、でもお茶碗一杯分もソーダ灰が取れたのでもう十分です!」

「ソーダ灰?」

「もしくは、炭酸ナトリウムですね」

「キキョウには理解できないと思うわー」

「こら! お前だって分かるわけないだろ!」


 キキョウがクマを怒鳴りつけるが、クマはすでに興味を失ったかのように無視して空を見上げた。


「シギ遅いねぇ~」

「おまえ、そうやって都合が悪くなると無視するの良くないぞ!」

「シギさんには、なるべく白くて透明なものって、お願いしたので……」

「あ!」


 クマが声をあげて指さした方向に、飛んでくる小さな人影が見える。


「シギが帰ってきた!」


 だんだん大きくなり、形がはっきり見えてくると、風呂敷を背負ったシキだとみんなにも判った。

 みんなが集まっているところへ、ふわりと着地するシギ。


「お気に入りの砂浜まで、行ってたから時間かかっちゃった」

「いえいえ、苦労かけさせちゃってすいません」


 ニウブは申し訳なさそうにお辞儀をする。


「ほんとだよ~! やったことないから、集めるの大変だったよ~。でも、みてみて!」


 シギが風呂敷を広げて、集めたもの自慢気に見せてきた。


「うわぁ~! キレイですねー!」

「キラキラしてとるなー!」

「おい!俺にも見せろよ!」


 キキョウが、風呂敷の前に陣取るクマとニウブを押しのけて、中身を見ようと首を伸ばす。


「って、なんだよ。ただの白い砂じゃねぇか」


 しかし、風呂敷の中身が何の変哲もない白っぽい砂だったのでがっかりした表情をする。


珪砂けいさって言うんですよ。まぁただの砂なのは本当ですが、これが一番大事な材料なんです!」

「ただの砂だけど、なるべく透き通った砂だけより分けるの大変だったんだよー! 何度もグルグル飛ばしてより分けたんだから」


 シギは、風の魔法を使って空中に舞い上げた砂から、不純物だけ吹き飛ばして透明な珪砂を選別したのだ。 


「シキさん。帰ってきた早々で、悪いんですが…。貝殻を焼くの手伝って下さい」

「えー。ちょっと休ませてー! お腹がすいて力が出ないよー」

「すみません! そうですよね。みんなでお昼ごはんにしましょう」


 みんなでクマの家に戻り、有り合わせの材料で昼食の準備をする。


「クマ! てめぇ料理が雑なんだよ! 出汁とった昆布をそのまま味噌汁に入れるか?」

「うわーん……! シギー! キキョウがいじめる~!」

「てめぇ! ウソ泣きやめろ!」

「仲が良いんですね。クマちゃんとキキョウさん」

「あれは、キキョウがもてあそばれてるの~。キキョウって単純バカだから~」


 二人を無視し、貝を食べるのに集中するシギ。


「最初に浜辺で採った貝をお昼ご飯に使えて良かったです」

「あー。後で貝も焼くんだっけ?」

「はい、貝殻を高温で焼いて生石灰きせっかいを作るんです」

「生石灰なら、有るじゃん……」

「「「「え?」」」」


 発言の主は、いつの間にか昼食にありついていたアレクサだった。


「おまえ? いつから居たんだ?!」

「何かブリリアントなモノを作ってるって噂を聞きつけて、のぞきに来たのよ」

「あ、あの! 生石灰があるって……」

「クマ! あんた持ってるんじゃないの?」

「え? 知らへんよ」

「ああ、この子。モノを知らないんだった……。クマ! 漆喰とか、白壁に使う白い粉のことよ! あんた家建てるのが仕事なんだから、いっぱい持ってるでしょ?」

「それは、たぶん消石灰では?」

「え? 違うの?!」


 ニウブに否定され、戸惑うアレクサ。


「生石灰を水に反応させたものが消石灰。セメントや白い塗料に使えます」

「じゃあ、消石灰の元になるものが生石灰なのね」

「はい。なので、消石灰を作った人は持っているかと……」

「クマちゃん、白い粉カルミアからもらったで」

「カルミアさん……」


 ニウブが頭を下げて暗い顔をする。


「なに? 反対してると思ってるの?」

「大丈夫。お姉ちゃんはそんな心の狭い人じゃないわ」

「残りの材料も持って、家に来なさいよ。その方がこんなぼろっちい竈じゃなくて良いのが……」

「ガブ……!」

「痛たたたたたた! 悪かったわよクマ! ごめんなさいー!」


 朝から徐々に増えて行った総勢5人の魔法使いたちは、村の中心のちょっとはずれにあるカルミアの家へ向かった。


「ここがカルミアさんのお家かぁ」


 周りの木造古民家風の家と住居と違って、平たい石を積んだ壁と平板な陶器を重ねた屋根で出来た平屋建てで、この村では珍しい小ぶりな家だった。


「私と二人暮らしだから、このくらいでちょうどいいの」


 アレクサはそう言うと、皆を家の中へと案内した。


「あら、開拓団のメンバー全員集合ね」

「カルミアさん! 生石灰があると聞いて……。少し分けてもらえないでしょうか?」

「良いけど、何に使うの?」

「それは……」

「それは?」


 少し自信なさげに話していたニウブは、勇気を振り絞ってカルミアを見つめた。


「それは、とてもキラキラしたモノを作るためです!」



「はい。これが生石灰」


 カルミアは、取り出した生石灰を水の入ったカップに少し入れてみる。

 すると、カップの水がブクブクと激しく沸騰しだした。


「わー! おもろいなー! クマちゃんにもやらせて!」


 目をキラキラ輝かせ、クマは生石灰によって沸騰する水を眺めている。


「たしかに、生石灰です」


 ニウブは、お椀にシギに集めてもらった珪砂、クマの取ってきた昆布を焼いて作ったソーダ灰とカルミアにもらった生石灰を入れて混ぜ合わせた。


「これをどうするの?」

「昨日の鉄みたいに高温で焼く……じゃなくて、入れ物に入れて温めます」

「なるほどね。でも、こんなにいっぺんに時間をかけて焼くより、少しずつを短い時間で温めれば良いんじゃない?」

「あ! そうですね。鉄みたいにいっぱいは作らなくても……」

「だったら、私が焼いてあげる」


 そう言うと、カルミアは小鉢に混ぜた材料を入れて、竈に置いた。

 そして、両側から火を浴びせて小鉢を高温で温めだした。

 やがて、お椀の中の混合物がふつふつと泡を立てて上蓋をゆらしだす。


「もういいかしら?」


 泡立ちが収まってきたところでカルミアがふたを開ける。


「オレンジ色に溶けてるわ」

「ちょっと、見せて下さい!」

「わー! ほんとに出来てる~!」

「クマちゃんにも見せて!」

「待って! クマちゃん! まだ完成じゃない!」

「でも、クマちゃんにお願いしたいことがあるから!」


 温度が下がるとともに、オレンジ色だった液体は茶色くくすんだ色へと変化していく。

 ソレを窪ませた鉄板の上に垂らしていくと、まるではちみつみたいな粘り気を持って零れ落ちる。

 そして、クマが器用に跳ねたさせたり転がしたりしているうちに、どんどん硬くなっていく。

 温度が下がって赤みも無くなっていくと、最後には薄緑に透き通った球体へと変化した。


「綺麗……」

「ほんと、キラキラしてんな……」

「エクセレントね……」


 クマは、まだ温度が500度近くある輝く小さな球体を、熊の爪で挟んで持ち上げる。


「これ、なんて言うん?」


 ニウブは、自らの瞳と同じ輝きを持つ球体を見据えて答えた。


「ガラスのビー玉です!」




 粗熱の取れたビー玉を光にかざし、丹念に見つめるカルミア。


「良いんじゃない?」

「ということは?」


 ニウブは、胸のあたりで両手をギュッと握りしめ、緊張の面持ちでカルミアを見つめる。


「ようこそ! 開拓団へ。修道女シスターさん」


 カルミアは、ニウブの方へ向き直りニッコリと柔らかな笑顔を見せた。


「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがと……」


 涙を流して喜ぶニウブを祝福しようと開拓団の仲間が殺到する。


「うっ、クゥー! よがっだなぁ~! ほんと、よがった! うぅ……うわーん!」


 一番最初に抱きしめに行き、感極まって大声で泣き出すキキョウ。


「よく頑張ったねー……。いいこいいこ。うぅ、私も泣いちゃう……」


 ニウブの頭を撫でながら、涙を流すシギ。


「ひっく……。あんたのこと認めてあげるわ! ひっく……泣いてなんかいなんだからね!」


 強がりつつも、我慢できずに泣き出すアレクサ。


「うえーん! みんなが泣いてるから。クマちゃんも泣く!!」


 訳も分からず泣くクマ。

 そんなこんなで、泣きあっていた魔法使いたち。

 落ち着いてくると、先ほど出来上がった輝かしい球体に興味が……。


「お姉ちゃん! 貸して!」


 アレクサが奪い取るようにビー玉をつかみ取り、高々と掲げた。


「透き通る氷のよう……。まさに、冷凍魔法使いの私にこそふさわしい一品!」

「何バカな事言ってんだよジャリが! いろいろ世話を焼いた功労者の俺がもらうべきだろ!」

 

 と言って、今度はキキョウが奪い取り、手のひらで転がしながらうっとりと見つめる。


「何言ってんのよ~! 一番大事な砂を集めたのは私なんだから~!」


 今度は、風の魔法で掠め取ったシギが、奪われないように胸の前でギュッと握りしめた。


「カルミア! もっとデッカイの作ってー! 熊の目玉にするんー!」

「あ! 抜け駆けすんなクマ!!」

「お姉ちゃん! 私にもー!」

「こらー! 私の砂を勝手に使うな~!」

「はいはい、順番にね」

「わたし、調合します!」


 ということで、みんなでガラス作りで夢中になっていたころ……。


「あー! 神さま仏さま! どうか、ガラスを……。無事完成させてください!」


 ひとり忘れ去られていたタスクは、必死に神頼みをしていたのだった。

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