私と六番機なら
L451防衛ドームを中心とする義勇兵部隊は、アルゴナウタイ側勢力であるグライゼンとの攻防を繰り広げていた。
双方それぞれの勢力から提供された装備がふんだんにある。以前は蹂躙する一方だったグライゼンだったが、近頃はL451防衛ドームを中心にまとまった防衛隊には辛酸を舐めさせられていた。
「白黒はっきりつけてやろうじゃねえか!」
グライゼンの指揮官イェフも気勢をあげる。
エーバー1と2をふんだんに用いた戦車部隊に、カザークを主体とする主戦力。
しかしそれだけの部隊を用意しても防衛部隊の戦力には遠く及ばない。
「うおぉ!」
ヤタガラスを操縦しているネイトに剣技などない。
ただ特攻して大剣を振るう。それだけでカザークは胴体から横一文字に両断できるのだ。
崩れ落ちるガザーク。
「次!」
グライゼンの数は多い。性能に酔いしれている暇はない。むしろ機体に振り回されている感すらある。
「ネイトさん。一度後退を」
ユニサスで支援しているゾラがネイトに呼びかける。
「J582部隊が劣勢です。こちらも守りを固めましょう」
「承知した」
トライレームさえも苦戦するJ582要塞エリアの戦闘力。ネイトは不思議とは思わない。
この大陸はアルゴアーミーの勢力が強く、彼らは徐々に勢力を失ったのだ。
先にフランの六番機も、味方の部隊を護衛として帰投していた。以前と違って突出することは少なくなっている。フランの劇的な変化はネイトにとってはウーティスがもたらした奇跡なのだ。
MCSから下りて水分と軽食を取る部隊の人間たち。人間にも補給は必要だ。
「状況はよくありあません。いまだにJ582要塞エリアのシェルターすら閉じられたまま。坑道突入からの封印区画侵入など、まだ先です。我々も補給を怠らないようにして長期戦に備えましょう」
ゾラは彼らを護るという責務がある。大陸でトライレームの足がかりになってもらう必要もある。なにより彼らはコウと鷹羽兵衛のお気に入りなのだ。ギャロップ社としても6機のユニサスで参戦している。
「坑道から封印区画か。厳しいな」
大山脈アポスとまではいかないが、J582要塞エリアがあるラウリオン山はパイロクロア大陸のなかでも匹敵する威容を誇る。タンタルやニオブ、そしてタングスタンやイリジウムにチタンにパラジウム。多様なレアメタルの宝庫なのだ。かつて古代ギリシャの経済を支えていたラウリオンという名付けられていることからもわかる。
鉱山としてならアポスを上回るだろう。
みなに食事を配給していたネイトの妻スージが、ふと何かを想いだしたようだ。
「ねえあなた。以前私達の防衛ドームが担当だった廃坑ルートは使えないかしら?」
「あったな。何十年前の話だ。俺が生まれるたかどうかの時代だぞ」
ストーンズの侵攻によって451防衛ドームの主産業だった、鉱物資源の運搬という仕事が断たれた。この経緯によって長らくこの防衛ドームのみならず、多くの弱小防衛ドームが貧困にあえぐことになる。
「廃坑ルート? もう少し詳しく聞かせてもらっていいでしょうか?」
ゾラがたぬき耳をぴくぴくさせて食いついてきた。
「隠すことでもない。30年以上前、マーダーがこの大陸にも押し寄せてきた。まっさきにアシアがいたJ582要塞エリアを占拠してな。要塞エリア直通の坑道以外は全部マーダーの製造施設になっちまったんだよ」
「アリみたいな機械ですから。生態系もアリのように、坑道に製造工場を作ったんですよ。要らない土砂や金属を多少回すだけでマーダーが生産できますからね」
ゾラもマーダー、とくにアント系が蟻を模していることは知っている。アストライアが製造した、自働殺戮兵器なのだ。
「入口を塞いでいるわけではなく、マーダーが出入りする、一種の巣ともいうべき施設になってしまっている。天然の防衛機構ということだ。俺達は鉱物資源を管理する仕事を奪われ、手も足も出なくなっちまった」
「そんな話があったんだね」
フランが生まれる前の話なのだろう。鉱物運搬の仕事が無くなったことは知っていたが、そんな話だとは知らなかった。
「この大陸ではマーダーが多い理由もそのせいだろう。シルエット規格の鉱山で、本来ならJ582要塞エリアには繋がっているはずだ」
「搬出ルートも兼ねていたわけですか」
シルエットベースも同様の構造だ。無数に搬出ルートがあり、活用している。
「そこから潜入しても封印区画でアシアを解放できる構築技士も必要だ。潜入することぐらいは可能かもしれないが、そこから先はお手上げだな」
フランははっとしてゾラを見る。
ゾラは首を横に振る。
「ダメです。あなたをそんな危険な目に遭わせるわけにはいきません」
「でも!」
「コウさんに叱られます」
ゾラが震えながら手を前にして、ダメだと繰り返す。コウに叱られるなど死よりも恐ろしいことだ。
「ネイト。怒らないで聞いてね。私と六番機ならアシアを解放することが可能なんだって」
「なんだと?」
ネイトとしても初耳だった。驚愕は隠せない。
「私はアシアと直接会話したこともあるし、六番機はコウさんの五番機と同ロット。浅からぬ縁によって結ばれているって。私は兄から受け継いだ六番機を誇りに思っている」
フランの瞳を見詰めながら、ネイトは絶句した。
少し考え、結論を出す。おそらく自分が同じ立場でも、廃坑ルートを選びたいはずだ。
「ダメです。フランさん。我が方が優勢ならいざしらず、現在は劣勢といってもいい状況なのですよ」
「だからこそでしょう? 私は数に入っていない。敵からも味方からも。六番機しかできないことが、今ここにあるのに、何もしないということは耐えられない」
思わぬ助け船が横から差し出された。
「フラン。行きなさい。ただし貴女一人で」
姉代わりであり、母代わりであるスージがフランに声をかける。
「何をいっているんだスージ!」
「簡単な話よ。フラン一人ならリスクは最小。そして今の六番機は加速度も群を抜いている。ヤタガラスだって追いつけないわ」
妻は供給された物資の諸元を確認したのだろう。
「ユニサスは最大加速の六番機に追いつけますか?」
「無理ですね。途中で燃料切れです」
ゾラも認めるしかなかった。今の六番機には追いつけない。
「何より六番機しか出来ないことがある。私達はトライレームの恩恵で今、これだけの物資があるのよ。試してみる価値があると思うのよね」
「うん!」
フランの想いをすべてスージが言葉にしてくれた。フランは喜色を浮かべ、スージに感謝の視線を送っている。
「仕方ない。管制塔から三十年以上前のデータを引っ張ってくるか。許可しようフラン」
「ありがとうネイト!」
「ネイトさんまで!」
ゾラが卒倒しそうになった。ただでさえトライレームの最大航空戦力ともいえる御統、五行、クルト・マシネンバウ三社ですらてこずっているのだ。
そんな敵拠点中枢に、たった一機で乗り込むなど無謀とすらいえない。自殺行為だ。
「ただし無理だと判断したらすぐに帰投しろ。これが守られないようなら許可はできん」
「わかっている。死ぬつもりはないよ。私は生きてコウさんに会いたい。だから死ねない」
「それならいい。必ず生きて、コウさんに礼をいうんだぞ」
嬉しそうに頷くフラン。
ネイトからみても六番機は生まれ変わっている。完全に別物としか思えない性能だ。
コウに会いたいと願うフランは当然だろう。その約束がある限り、以前のような死にたがりにはならないはずだ。そういう意味でもネイトはコウに感謝している。
「フラン。よく聞け。うまくいったとしても長期戦だ。飲み物食べ物をありったけ積め。生き埋めになったとしても一ヶ月は生きていられる」
「鉱山だもんね。わかった!」
素直に返事をするフランに、ネイトは思わず感慨に耽る。トライレムームの使者ニソスが来訪するまでは、失われていたものだ。
「ゾラさん。フランと六番機が廃坑に入るまで、援護をしてもらえませんか」
「……そこまで言われたらしないわけにはいきません。ファミリアたちもやる気のようです」
この防衛ドームで生産されたファミリアたちもやる気に満ちている。
小さな防衛ドームでは戦車を作ることはできないが、生産可能なハーフトラックだけは数を揃えてある。
「俺たちはトライゼンとやりあう。ユニサス部隊でフランを護衛してくれないか」
「いえ。我々だと燃料が待ちません。護衛はネイトとヤタガラで行きましょう。その分足止めは我々がしますよ」
スナネコ型のファミリアが手を挙げる。
「僕たちもユニサス部隊の支援を頑張るよ! フラン、アシアをお願い!」
「わかった!」
フランにも不安はある。確認したデータは奥深い坑道。しかも三十年以上前だ。改造されて道が塞がれていた終わりなのだ。すごい構築技士があっさりアシアを救出して、彼女の単独行は無駄骨になるかもしれない。
それでも六番機にしかできないことがある。
その事実だけでフランの心は踊るのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
森林地帯を大きく迂回し、マーダーの群れを避けるように駆け抜ける六番機とヤタガラス。
「ネイト! J582要塞エリアから相当離れているんだけど!」
「そうだぞフラン。この山脈一帯が鉱床なんだ。この場所を抑えているということはパイロクロア大陸の鉱山資源の二割は抑えているってことだな。だから潜入して無事封印区画へ入ることができたとして一日で到着できるかわからん」
「坑道崩落以外にもそんな可能性が。だから飲み物食べ物をありったけ積めっていったのね……」
「短期決戦であり、長期戦だ。引き返したりはしないだろ?」
「当然!」
にかっと笑うフラン。唇の端を歪めるネイト。この笑顔を妻のゾラにも見せてやりたいぐらいだ。そう思った瞬間、フランの笑顔が記録されていた。MCSが気を利かしたのだ。
「敵がいる。マーダーだ!」
マーダー同士は連携をしており、管理者に映像や信号を送っている。下手に撃破して六番機を察知されることを恐れたのだ。
見つかったとしても六番機とヤタガラスの最大加速には追いつくことはできない。
諦めたかのように元の位置に戻るアント型ケーレス。進行方向に最寄りのケーレス部隊が先回りしているので、下手な軍隊よりも厄介だ。
ひたすら迂回していき、時には飛び越えて大回りをする。
「ケーレスの数が多くなってきている」
レールガン砲弾が、先頭にいるネイトのヤタガラスを狙っている。鈍い音とともに衝撃がヤタガラスを襲うが、砲弾は電磁装甲に溶かされ機体にダメージはない。
「ヤタガラス、とんでもない性能だな……」
思わずネイトが絶句するほどの性能だ。ラニスウAから装甲筋肉を省いたシュライクとは比較にもならない。
「フラン。目的地までもうすぐだ。お前は先に行け! ここは俺たちが暴れてケーレスを引きつける!」
「もうすぐってさネイト。直進ルートで200キロはあるんだよ。――30分かからない試算か」
ヤタガラスは格闘特化機。機動、運動性ともに両立した六番機の最大加速にはついてこられない。
「低空飛行もしくは木々をなぎ倒していけばすぐだろ?」
「そんな無茶はしないけど! 行ってくる!」
六番機は地上のローラーダッシュ併用から超低空飛行に切り替える。
地を這うように。――いつもと変わらず。そのようにコウが構築しているのだ。
「しっかし、この機体。強いな」
あれほど苦戦したマンティス型ケーレスを易々と切り裂ける。
金属音がしたあとには、刃ごと両腕部を斬り飛ばしているのだ。
「いちいち撃ってられないっすね!」
僚機たちも奮闘している。素人剣術でも斬ったほうが効率がいいとわかる。
「弾切れも心配なしだ」
わらわらと沸いてくるコマンダー型ケーレスをヤタガラスが破壊していく。
スフェーン大陸ではすでに多くのマーダーが駆逐されたが、パイロクロア大陸ではまだ現役だ。
敵も生産調整をしたのか、バッテリー駆動のワーカー型やソルジャー型のアントケーレスはほぼ見なくなった。レーザーは人間や軽車両にしか効かない。人類側のシルエットが強力になるにつれ、マーダー自体が時代遅れになりつつある。実戦に投入されるケーレスは最低でもレールガンと高次元投射装甲を搭載しているコマンダー型だった。
「あまり調子に乗るな。俺も含めてだがな」
ネイトも軽口が叩けるほどに余裕がでてきたのだった。
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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版あとがきです!
フランと六番機、出陣です。
思えばコウもシルエットベースにはじめて潜入した時、長い長い通路を五番機のみで進みました。六番機はより険しく危険な道を行きます。
戦闘能力は当時の五番機と比較になりません。パイロット技量ですが、現六番機はフランの特性にフォーカスされてチューニングされています。
コウがいないパイロクロア大陸で五番機の代わりに六番機が、アシア救出のために駆け抜けるのです。
さて次回予告です。
パイロクロア攻防戦の最後のピースを埋める人物が登場します。初登場の人物たちではあるけれど、ぽっと出てきたわけではありません。
「国家形成戦争時代の幕開け」当時のフランたちの惨状。大陸背景と「聖域の闘技場」のオイコスたち。はこの人物たちの登場で一つとなるのです。
ご期待ください!
応援よろしくお願いします!
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