思わぬ人質

「TAKABA。アシア解放部隊。出撃するぜ」


 キモン級の甲板には無数の機兵戦闘機が待機している。

 全輪二輪後輪一輪のトライク型機兵戦闘機だ。


 アシア大戦時に試作されたサポート・ビーグルに改良を加え、もはや別物といえるほどにまで進化した。

 ラニウス系統しか本領を発揮できないという欠点以外は、ある程度の攻撃力と防御力も備えてある。顕著な特徴はバイクに似たフルカウルで、防盾の役目を担っている。

 

「TRT-R1ソウジンと天枢の初陣とだな」


 TRTの形式番号はTAKABAリーニングトライクの略である。ラニウス専用機で同様にR1という名称となった。ソウジンは兵衛の二本の刃からつけられたという。

 合計24輌のTAKABA社員のみで構成された部隊だ。

 兵衛のみC型block3。己の機体名にはMCS特性から天枢と名付けた。フェンネルOSの潜在能力である貧狼と混同しないための命名だ。

 他のパイロットはCⅡ型のラニウスを乗機としている。


 最大の相違点は重武装とファミリアも搭乗可能な点にある。アシア対戦時、置いていかれたファミリアが拗ねたので搭乗できるように構築された。


「駆け抜けるぜ。ついてこい!」

「はい!」


 最前線の部隊は破壊されたシェルター付近まで迫っている。

 TRT-R1ソウジンが飛行甲板に鎮座しているロシアンブルーの側面を通過し、そのまま飛行した。

 小型の主翼と尾翼を展開させ、タイヤは横向き。後輪は推進プロペラに変形する。

 マフラーに見えたものはスラスター。地上疾走用が本来の用途なため、高高度の戦闘能力は低い。


「通常時の最高速度は800キロ程度だ。緩急つけて回避行動しろ」


 あくまで地上走行がメインのため、最高速度は800キロ程度の重攻撃機並みの速度だ。

 しかしラニウスB型以上と組み合わせた場合は超音速で飛行可能となる。


「おかしいですね。交戦がほぼない」

「さっきの砲撃で吹き飛んだか?」


 ロシアンブルーの砲弾が直撃した地点には、無数の残骸が転がっていた。

 シェルター付近にまでいったん引いた敵部隊であろう。


「それでも手薄すぎます。罠かもしれません。警戒してください」

「アシアの嬢ちゃんを救出するんだ。敵が無策なら問答無用で叩き切ってやらぁ。そんな扱いなら制圧するなってな」


 人類側は侵攻当時、大きな犠牲を払った。

 侵攻は絶えず、しかし人類がまとまることはなかった。消極的にアンダーグラウンドフォースを雇い、防衛する程度のみ。


 アシアの能力が分散しているので、手放してもいいアシアなどいないはずだ。


「やはりおかしいな。敵の援軍もありゃしねえ。周辺の要塞エリアも動いてないとはどういうこった?」

「潜入はやめますか?」

「いいや。敵の予想より素早く封印区画へ潜入する。てめえら、遅れるなよ!」

 

 アシア救出部隊が、自機のスラスターも全開にする。マッハ1.3程度だが、十分な速度だ。

 

「シェルターを確認。突入するぞ」

「はい!」

「たー君。封印区画前で分離する。ソウジンは任せたぜ」

「はいヒョウエ。アシアを頼みます」


 鷹羽兵衛の相棒である、ハイタカ型ファミリアのたー君が天枢のソウジン担当だ。

 低速飛行や地上走行を活かした対地支援が主となる。


「市街地にも敵がいないぜ。隠れているヤツはいるが、攻撃する気配がない」


 路地裏に身を潜め、武器を降ろしている敵はいるが、攻撃しようとする敵シルエットは存在しない。


「川影。野暮用だ。少しだけ待っていてくれ」

「了解です」


 兵衛のラニウス天枢が、路地裏に飛び込む。敵防衛部隊のシルエットが身を潜んでいるのだ。

 天枢が接近しても武器を構えるそぶりすら見せない。


 天枢は刀を抜いて剣先を突きつける。兵衛が広域回線で呼びかけた。


「てめえ。傭兵か。何故戦わねえ」


 敵シルエットのバイソンは両膝を地面につく。完全に投降するポーズだ。


「傭兵だ。殺さないでくれ。先ほど『防衛をしなくてもいい』そういう指示がでたんだ」

「防衛しなくていい? 捨てるのかT341要塞エリアを」

「知らない。何も聞いていない。戦ったところであんたたち相手には勝ち目がないだろ」


 兵衛は話す価値もないと断じて興味を失った。

 天枢は踵を返して部隊の元に戻る。バリーに通信を行った。


「どうやら敵さん、防衛は放棄指示がでているらしいぜ。傭兵は投降状態だ」

「信じられないが、実際戦闘はほぼ起きていないようだ。ヒョウエ。罠があるかもしれません。警戒を」

「どんな罠を張っていても関係ねえがな!」


 TAKABAのラニウス部隊は封印区画への入口を目指して進む、


「こちらソウジンファミリア部隊。緊急です。宇宙艦を確認しました。港から揚陸させているようです」


 たー君が敵宇宙艦を確認した。映像をキモン級に転送する。


「敵防衛部隊は戦艦の護衛には展開されているです。対空装備型シルエットと交戦に入りましたが、攻撃は散漫です。悪目立ちして標的にされていることを警戒しているのでしょう」

「ソウジン部隊は味方付近まで後退してくれ。そんな防衛部隊を相手にするリスクを冒す必要もない。戦力を投入して罠だったらそれこそ目もあてられん」


 ソウジンは、要塞エリアを大きく旋回してトライレームの T341要塞エリア攻略部隊付近まで後退する。

 ソウジン部隊への追撃はない。戦意は薄いようだ。


「宇宙艦を起動させたのか。対艦戦用意! ロシアンブルー、砲身交換と弾込め急げ!」


 バリーが艦影を確認して準備をさせる。


『敵艦は300メートルの駆逐艦クラスですね。トライレームの強襲揚陸艦は下がらせたほうがよいでしょう。キモンなら対応可能です』

「わかった。――強襲揚陸艦各艦長に次ぐ。沖まで避難して潜水しろ」


 兵衛からも通信が入った。


「TAKABAアシア救出部隊。封印区画に潜入した。全機無事だ」

「わかりました。敵艦はこちらで対処します。アシア解放だけを優先してください」


 シェルター内部の大気が変化する。

 要塞エリアのシェルターの天蓋が開き、本来の空が覗かせたのだ。


「宇宙艦とこちらで撃ち合いか。それとも別の大陸へ移動するか。どうでるか」


 バリーは他大陸移動と踏んでいたが、その予想は裏切られた。


「シェルター内の宇宙艦が直立しました。敵防衛部隊、宇宙艦に乗り込んでいます」


 地上にいるTAKABAのパイロットから報告が入った。


「T341要塞エリアを捨てて、宇宙まで逃走するつもりか!」

『宇宙艦にアシアを搭載することは不可能ではありませんが、封印はできません。この要塞エリアを捨てて逃走するということでしょう』


 ディケも逃走と判断したようだ。


「直立したということは宇宙へ逃走か。下手に撃墜すると要塞エリアへの被害も甚大だな。総員待機! 下手に落とすと悲惨な事態が発生するぞ!」


 バリーはじっとT341要塞エリアの内部を注視する。


 ――どうでる。ストーンズ。まさか抵抗もせずに逃げやがるのか。それとも封印区画に罠が潜んでいるのか。


 敵の取れる行動を想定する。超AIアシアがいる封印区画へ罠を設置することは困難でリスクも高い。

 移動基地艦級と駆逐艦なら撃ち合い、展開している部隊を考えてもトライレーム側は火力面で圧倒している。

 

「罠ではないな。防衛部隊が宇宙艦の周囲のみ配置されていたということは、保身しか考えてない」


 バリーが出した結論。それは肉体を喪いたくない半神半人が逃げ出したということだった。


「宇宙艦。発射されます」


 宇宙艦は要塞エリアの区画から、打ち上げられた。 

 巨大な艦は蒼空に向かって、やがて見えなくなった。


「被害が最少で済んだと思うべきか」


 被害が少ないことは純粋に喜ぶべきことだ。しかし釈然としないものがある。

 要塞エリアをあっさり捨てたことに憤慨を覚えるが、抵抗が薄いとは予想されていたことだ。

 ここまで無策とは思わなかったのだ。


「バリーさんよ。聞こえるか」

「兵衛さん?」

「おそらくだがな。あいつら、びびったんだよ。ロシアンブルーの威力と、間接砲撃にな」


 兵衛は容易に想像がつく。榴弾砲を運用していた者は少ない。何故なら、ネメシス星系全域、すべての人類は強固なシェルターに守られてきた。

 頭上から攻撃があるなら、シェルター内へ逃げ込めばいいだけだったのだ。今まで榴弾砲を運用していた組織は転移者や知識を得たファミリアしかいない。


「そこまで素人ではないでしょう」


 バリーはそこまで敵が愚かだと考えたくなかった。


「素人さ。防衛部隊まで回収して垂直に飛んで逃げたことがその証拠だ。一種の人質だな」


 垂直方向ということは、T341要塞エリアの施設や住人を人質にしたということである。

 300メートルの巨大な質量が落下すれば、被害どころでは済まない。組織では珍しいが、身内を人質にした立てこもり犯というものは、古来より存在する。


「そんな馬鹿な。――ないとはいえない、か」


 榴弾砲はともかく、ロシアンブルー砲弾は宇宙艦に大打撃を与えることが可能だろう。

墜落したら要塞エリアもただでは済まない可能性は高い。双方Aカーバンクルの防護なのだ。

 人道的見地による人質など知ったことかと吐き捨てたいバリーではあったが、今後のことを考えると浅慮な決断は下せない。


「兵士ですらなかったんだ。今までは兵士のふりをしたおままごとで十分だったのさ。尻に火が付いて宇宙にまで逃げたってところだ。――じゃあ俺ァとっととアシアの嬢ちゃんを救出に行ってくるぜ」


 兵衛は悪態を敵に向かって吐き捨て、通信を終えた。

 バリーは嘆息を飲み込んだ。指揮官としては被害がほぼ0に近いことは喜ぶべきことなのだ。


「あっさりアシアを捨てるならさっさと解放しやがれ」

 

 思わず毒突いてしまう。


「他の作戦地域が心配だな。戦力を集中させている可能性が高い。アシア解放後、早急にT341要塞エリアを制圧して転戦するぞ」


 バリーはT341攻略部隊に命令する。あとは兵衛が無事アシアを救出することを祈るだけだ。

 作戦は順調とはいえ、足止めされただけという気が捨てきれなかったのだ。


「フリギア。あの艦を追えるか」


 通信を使いフリギアに呼びかける。


『周回軌道に入って、どこかに飛んでいく予定だと思います。オケアノスの法に触れるから攻撃はできないですね』

「打つ手はなしか」

『ないですね。私にできるのは、せいぜい惑星リュビアのポリメティスに伝えることだけ』


 そういって通信が切れた。


「リュビアということは、遠回しにテュポーンに告げ口するのか」


 機械同士ならオケアノスの法には触れない。

 もし逃げた先がヘルメスの拠点なら――封印を破ってでもテュポーンは出現するだろう。

 打つ手なしとはとんだ虚言だ。これほど最善な処理手段もない。


「女神アテナ、か。抜け目がないな」


 フリギアが味方であることに安堵するバリーだった。

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いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


一言でいえばとんずらです。

レーザー兵器や荷電粒子砲のアンティーク・シルエットを使っている半神半人にとって、頭上から降り注ぐ砲弾というのはありえない攻撃なのでしょう。

頭上からの攻撃といえばエンジェルのように空から一方的に。装甲も戦車なみ。そんな有利な状況でしか戦ったことがない素人なのです。

地面から曲射など転移者にすれば当たり前ですが、アシア人や半神半人にとって、投石に等しい原始的な攻撃なわけです。

初期に砲撃卿アルベルトが軽んじられていたことからもわかる通り、馴染みがない武器だったのでしょう。

天体衝突に耐えられるシェルターに甘えすぎたのですね。


現代の長距離火力支援砲撃はやはりHIMARSとMLRSでしょう。日本のTVでは何故か新兵器、みたいな報道をしていましたが……

MLRSの同時12連装ロケット(大型ミサイルなら2発)は過剰火力ということで、6連装にして中型の輸送機でも運搬可能になった兵器がHIMARSです。大型ミサイルなら一発ですね。

このミサイルはMGM-140 ATACMS地対空ミサイルで、昨年あたり在日米軍も北朝鮮からのミサイルに対して発射しています。

この二種は湾岸戦争でも宇露戦争でも絶大な効果をあげていますね。

榴弾砲で大型榴弾が開発されないのは弾込めの関係もあります。人間一人なら戦車砲弾の125ミリぐらいで限界だそうなので、露が運用している数人がかりの240ミリ砲が限度なのでしょう。1975年の年代物です。

アメリカは155ミリですね。


今回はいわば楽な作戦地域でした。次回、最大の激戦区となってしまった大陸が舞台です!

あの子も再登場しますね!


先週予告した通り、ラブコメ連載を始めました。皆様に読んでいただければ幸いです。下のリンクから飛べるはずです。

こちらはもうほぼほぼ書き上げているのでネメシス戦域及びミルスミエスには影響しませんのでご安心ください。

新しいメカ物も書きたいなあ、とは思っています。もっともっとミリタリ寄りのポスト・アポカリプス系とか。ジャンクメ○ルとメ○ルマックス系みたいな雰囲気の作品はすでにありますし、差別化が難しいですね。

需要もあるか悩んでいます。


応援よろしくお願いします!


【ヒロインレース宣言!~学園一の美少女候補たちと俺だけの恋リアだって?】

https://kakuyomu.jp/works/16817330668003026191


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