肯綮に中る部位

 コウは慎重に距離を詰める。

 アンティーク・シルエットのガルガリン。諸元は思い出していた。


「あいつは盾に刃も仕込んである。質量兵器というが、チャクラムといえばいいのか、刃付きのヨーヨーといえばいいのか。厄介だな」


 アストライアが設計したにしては希有といってもいい機構を備えているが、エイレネ要素といわれれば納得できる。

 また重量級シルエットとは相性が悪い。メルカバという名前はコウでも知っている、有名な戦車の名でもある。


「陸戦兵器も重いほうが有利。防弾には物質の密度も重要だからな。加えて格闘戦。シルエットでもウェイトが重要になることはアーサーとウリエルの戦いをみてもわかる」

 

 柔よく剛を制すだけが真理なら階級制など必要はない。剛よく柔を断つ、もまた真理だ。それはレスリングでもボクシングでも階級制であることが如実に示している。

 しかしそれはあくまでスポーツでの話。真剣勝負なら無差別というのも幻想だ。実戦に近い柔術とて階級制はある。

 

 組み合うことがないシルエット戦闘だが、至近距離ではやはり押し合いなどの駆け引きはある。30トン未満の五番機とポリュデウケスのガルガリンでは重量差は10トンあるだろう。

 ブルーなら撃てよ、というところだろうがあの装甲厚とシールドではDライフル砲弾でさえも貫通は厳しい。


「ある意味ウリエルやアスモデルよりも相性が悪いな。2:8、いや3:7あたり。3が俺だ」


 コウは独り言として彼我の差を確認している。それほどまでに難敵なのだ。

 機動力、運動性能は五番機に優位性はあるが、防御に全振りしたソロネ型特殊機ガルガリンは機動力も運動性能も高い。手甲が武器ということからもわかる。火力は他の高位天使系には劣るが、現行シルエットには十分すぎる威力を持つ。

 グラウピーコスのトリアフォタの砲身三本用いてもガルガリンの装甲を貫通できるかは不明だ。

 

「来ないのか。ではこちらから行くぞ! くらえ! ガラル!」


 ガラルと呼称された大型の円盾が分離し、やや小型の盾と計四つの盾を装備するガルガリン。投擲用は大サイズのようだ。予想通り、刃物が飛び出してくる。車輪には孔からは噴射孔があり、加速する。


 ガラルの特性に迷うコウ。ヨーヨー型なのか、チャクラムのようなブーメラン軌道なのか、判断を僅かに逡巡した。 コウは思わず、彼が生まれる前に発売されたというレトロゲームを連想してしまったのだ。

 一つは直進。一人は山なりに弧を描きながらガラルが飛んでくる。一つのガラルに対して手甲の追加ユニットから二本の極太のワイヤーが繋げられている。


「両方か!」


 追尾機能もあるとコウは予測している。左右上下に逃げても円盾は追尾を行い、ワイヤーを切断するとたわみ、、、で絡め取られるだろう。

 突進すればレーザー攻撃のあと、手甲による超威力の殴打が待っている。

 

 五番機に迫るガラル。時間差で、直進するガラルが先に迫っていた。


「――ッ!」


 五番機が合掌の形を取り、ガラルを押さえ込んだ。刃なら不可能だっただろう。大型の盾ゆえに受け止めやすい。

 不規則な軌道をする自走爆雷に比べれば、軌道予測も大したことはない。


「受け止めるか!」

「くっ!」


 そのまま頭上に放り投げる。爆轟機構をもってしてもガラルを押さえ込み続けることは厳しい。


「本来は宇宙戦を想定した質量兵器。地上ではどうしても速度が落ちる。見切れるさ」


 白刃取りならぬ車輪取り。扇風機や丸ノコなら中心点を押さえれば止めやすい。二本のワイヤーはいわばバイクのフロントフォーク。コウにとっては馴染み深い構造だ。

 カラルはチェーンソーのような構造ではない。モチーフは天使の車輪メルカバーなのだ。

 五番機はすでに始動し、前進してガルガリンとの距離を詰めている。巻き戻るカラルだが五番機の突進には追いつけない。


はやい!」


 同様に防御用のガラルも刃を展開し、投擲する。機構は大型のものと同様だ。かなり接近したので、今度は二発同時に水平に発射するガルガリン。

 五番機は身を屈め回避する。ガルガリンも腰を落とし、五番機への迎撃態勢に移行した。


「ここからだ」


 アシアの騎士と五番機の組み合わせは最強など、ポリュデウケスが身を以て知っている。コルバスに搭乗したカストルを倒せる者などそういてたまるものか、と。

 剣士殺しのガルガリンを選んだ理由もメタ的なものだ。ガラル程度、かいくぐってもらわねば困る。ポリュデウケスは敵の加速がガラルを巻き戻すより速さは優ると判断して、すぐさま四つのガラルをパージする。

 予想通り、瞬く間に五番機はガルガリンの格闘範囲内に入る。リーチでは刀を遣う五番機が有利だが、背後から迫るガラルの対処に追われる。飛び込むしかない。


「ふ!」


 短く鋭いムダのないストレートを放つガルガリン。

 最前線を征くシルエットとして構成された機体はナックルガードも完備し、各関節への備えも完備している。四肢の装甲も通常のシルエットより厚い。


――お前らならムダを嫌うよな!


 コウにとっては予想通り。彼の居合もいかに動作のムダを省くかに注力する。アストライアの設計理念や半神半人のムダを省く思考は理解できる。パンチを放つとしても外連味のあるものではなく、鋭くムダのないストレートだと踏んでいた。最短距離で届く拳は、五番機に刀を振るう隙を与えない。

 ならばこそ軌道は読みやすい。


「見切ったッ」


五番機の駆動部分から轟音が鳴り響く。

 ストレートが伸びきる寸前、すでに五番機は刀を突き放っていた。――ガルガリンの拳に対してだ。爆轟で加速した五番機の腕部はすでに刀を抜き撃ち終えていたのだ。


 これが爆轟駆動の神髄――相手より業のかかりが遅くても、上回る速度で動作を終えることが可能だ。爆轟駆動は隙を減らすために研究したものだが、予備動作を極限まで短くして後の先を実践することができる最良の駆動方式でもある。

 欠点はタイミングが極めてシビアであること。いかに隙が少なくなっても空振りするようなら意味はない。しかしコウはその不利を経験で補えるだけの実戦を積んである。


渾身の突きはナックルガードを貫通して、マニピュレーターの指と指の僅かな隙間を狙い通り穿ち抜いていた。密接しているといっても、もっとも薄い部位であることには違いない。


 腕部はもっとも交換頻度が高く、攻撃用のナックルガードは強度があるといっても胸部装甲よりも薄い。シルエットのマニピュレーターに関する構造は、師でもあるアストライアに嫌というほど叩き込まれている。


 ガルガリンの正面装甲を貫通することは厳しいと判断して、腕部を潰すことを優先する。

 それがコウの見いだした肯綮こうけいあたる部位。胴体の装甲が強固な以上、刀が通る場所に狙いを定めた部位こそ拳だった。


「この至近距離で刀に何ができる! 左腕は自由だ!」


 切っ先はガルガリンの拳を穿ち抜いている。刀身は右腕は貫通したまま。その強固な構造が仇を為し、肘の部分を曲げることができなくなっていた。強引に振り回して電弧刀をへし折るガルガリン。

 ポリュデウケスのガルガリンは遅滞なく、至近距離にいる五番機に左腕部を用いたフックを放つ。このままMCSへ衝撃を見舞って、アシアの騎士は終わりだ。


「至近距離は得意な方でね」


 五番機は折れた刀の柄頭でフックを弾き飛ばす。もとより居合は平時の剣。室内での闘争や多人数に囲まれた場合を想定している。

 狭い場所でいかに疾く刀を抜くかが問われる。密着状態から放てる業も豊富だ。

 五番機は柄を投げ捨て、背面のバインダーから予備の電弧刀を引き出し、構えていた。

 

 大気を震わす鳴動とともに五番機はさらに踏み込み、フックで踏み込んだガルガリンを交わすように左側から回り込んでガルガリンの背後を取る。


「私の背後を取るなど!」

「ガルガリンは柔軟性も体幹もなっていないな。しょせん宇宙戦闘目的で開発されたシルエット。地上では本来の性能も活かせまい。せめてカストルと同じコルバスだったなら、お前の実力も反映されただろうに」


 胴体と四肢で組み立てるモジュール構造のアンティーク・シルエットと、人体の筋肉を再現した装甲筋肉採用機。格闘戦の体捌きでは比較にならない。

 ガルガリンの盾武装は、宇宙空間での体当たりや質量攻撃を目的にしたものだったのだろう。

 加えて基本構造はワーカーと同じかつ重量級シルエット。超至近距離での攻防には向いていない。

 

「貴様ッ!」


 そう叫んだ瞬間、甲高い金属音と共にポリュデウケスは吐血した。背面からリアクターごと電弧刀の切っ先が、ポリュデウケスの体を貫いていた。

 五番機はゆっくりと刀を引き抜き、うつ伏せに倒れるガルガリンを見下ろしていた。



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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです


コウのターン! 

格闘ゲーム風にいうとダイアグラム3:7。防御極振りには弱いカウンター特化機。グロウスビークなら6:4か7:3でしょうか。ブルーが搭乗していて三光をきっちりあてられる前提です。


いわばボクサーと居合の剣士の異種格闘になるわけですが、前面で距離を取って戦うと背後からガラルという謎盾兵器が飛んでくるという厄介な状況。

製鋼所をみたとき、分厚い鋼を切断するときはプレスでへし折る現場をみたことがあるのですが、刃物を用いた切断は時間がかかります。それなら穿ち抜いたほうが早いですよね。

そしてたわんだワイヤーは事故の元。現場猫案件なので油断できません。ロープに巻き込まれて腕を負傷する事故は後を立ちません。


白刃取りならぬ車輪取りに、指と指の密接部分を急所と見做して穿ち抜くコウの戦術はいかがだったでしょうか。

昔、とある漫画で指と指で白刃取りする! という描写があったのですが、それはさすがに無理だろうということで。10本の聖剣で戦うヤツだった記憶です。


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