爆轟駆動試験

「こほん。では一例として早速五番機を対応させてみました。本来の加速度自体は上がっていません。かのカストルのコルバスを倒した記録をもとに再現したものです」


 フリギアはコウに視線を送る。


「五番機、とくに高機動型のコンセプトは明快です。射程外の敵に追いつき、斬る。加速重視の直線番長とは本人も自覚しています」

「俺にあたりがきつくないかフリギア」

「気のせいです」


 フリギアは無邪気な笑顔で否定する。


「それでは爆轟駆動試験を行いました。実際の映像をご覧ください。まずは従来機。可変式推力増加機能を使わない状態から」


 巨大なモニターに、実際のテスト風景の映像が流される。

 佇んでいる五番機は停止状態。目標はシルエットサイズの、ウィスが流れた鉄の棒だ。

 

「目標物との距離は約4キロ。戦車の最大射程であり、シルエットでも遠距離に区分される距離です」


 停止状態の五番機が加速する。画面下にタイムが表示される。

 2.53秒後、五番機はすでに目標物を切り落としていた。

 

 五番機がいつものように脚を地面につけ、停止する。

 流れるように、延々と地面を削る五番機だった。


「シルエットにブレーキはありません。停止するまでに約7キロメートルもの制動距離があります。これをごまかすためには飛翔するしかありません。コルバス戦でも、コウは垂直に推進方向を変えています。空中で方向を変え、常にコルバスの真上を飛んでいるのです」

「車なら約10キロ近く制動距離があるはずだ」


 ケリーがうなった。巨兵ゆえ7キロメートルで済んでいるといったところだろう。


「コンセプト通りではあるんだ」


 相手に接近して斬る。

 シンプルなコンセプトだ。


「刹那を追求しすぎです。封印区画は巨大とはいえ、いつも広い場所で戦えるとは限りません」

「閉所ではさすがに速度制限するぞ」


 コウが力無く訴える。フリギアが冷ややかな視線で応じた。


「停止状態から時速1400キロに達するまでわずか2秒未満。コウはこれでも不満です。何故なら相手が銃を構えて狙いをつけ、発射するまでに斬り倒したいからです」

「しかしそれ以上は厳しかった」

「地表、それも0.5秒未満で超音速に達する。コウの要求性能ですね。その間に五番機は抜刀もします」

「コウ君らしいやな」


 ヒョウエが苦笑いだ。そこまで突き詰めて構築は検討したこともなかった。


「50G程度はMCSが軽減しますが、それでも身体に負荷はかかります。ましてや100G近いGは無理ですよ。何より止まりません。ですがあなたは必要があればそうするでしょう。それはいけません。刹那という概念を知りましたが、追求しすぎです」

「よくいってくれたフリギア!」

「フリギア、良い子ね……」


 コウの身を案じるマットとジャリンがフリギアを賞賛する。

 刹那の領域を追求するコウを、誰かが止めなければならない。


「とはいってもコウの要望には極力応えたいのです。当時のC型に採用されていた三段階の加速機構は読まれやすい欠点があります。実際コルバスには読まれていたようですね」

「自由可変式のオーグメンターなら、自由自在だな! アストライアはコウの要求性能に応じて機体を提示する。兵器開発AIなら当然だがな!」


 ケリーが熱心に見入っている。


「トライレームのトップとしては、あまり無茶をして欲しくはありませんよね」


 フリギアの言葉にバリーが目を瞑る。これは想像以上だと。

 アストライアとフリギアは思考前提そのものが違う。アストライアは兵器開発超AIの端末。兵器開発こそ本懐であり、構築技士に忠実だ。コウの要求ならどのような兵器も開発する。アシアもコウに寄り添う者として同じ傾向がある。

 しかしフリギアは違う。コウに寄り添っていることは当然だが、二柱とは視点が異なり、コウをトライレームの象徴として俯瞰している。

 恐ろしいほどまでに冷徹。惑星アシアを護り抜くために動いているのだ。


「なぜこのような思考に至ったか。私には理解できません。しかしシンプルに相手を斬り倒すことだけ考え抜いた結果、ということだとは思いませんでした。目標が遠距離でも、です」


 撃ちなさい、といいたいらしいフリギア。


「歩行兵器にそんなもんを要求するってのが無茶ってもんさ。自らがロケットになるぐらいしかあるめえよ」

「私は彼を否定しませんよ」


 ヒョウエが苦笑して、クルトが微笑する。


「話を戻しますね。そこで今回の機能です。加速は5秒かけて1400キロ台に制限をかけます。

この機体が爆轟駆動を対応させた装甲に換装したSTW―R1C型block3。最新型の五番機です」


 再び五番機がスタート地点に戻る。再び計測が始まった。

 4.97秒後、五番機は抜刀して目標を斬り落としていた。


「ここからだな」


 スライド移動して土埃を上げる五番機が停止した。

 画面端には距離が表示される。わずか1キロだった。


「5秒かけて加速、停止はわずか1キロ。――爆轟駆動を駆使して逆噴射していますね」

「クルト氏の推測通りです。従来の強襲飛行型の追加装甲を装備している場合、戦闘機の一部に搭載されるカナード翼のように主翼を横向きに展開して短距離で停止することが可能です。――再スタートします」


 同じように五番機が加速する。目標物を切り落とし、即座に腰を落として回転し、その場で静止する。

 脚底部が地面にのめり込んだ。

 

「パイロットの操作技術によって方向転換。爆轟駆動による噴射と逆噴射を調節すると、このような事も可能です。コウは持ち前の技術で行っていましたが、こつさえ掴めばエース級なら使いこなせるでしょう」

「とんでもない機体負荷があるんじゃないか?」


 挙動こそ並外れたものはあるが、相当無茶な構造だ。強引に爆轟で慣性を制御しているに過ぎない。


「加速性をあえて抑えることによって12Gに抑えました。即座に逆方向に12GなのでMCSではない場合パイロットは即死。機体は損壊しますね。しなやかさを併せ持つ装甲筋肉でなけば四肢フレームのジョイントは砕けていたでしょう。また加速があるということは相対速度によって被弾ダメージも上がります。性能ではなく、パイロットの判断も強いるものになりますね」

「乗るヤツ次第なのは兵器としては歪、といいたいのか?」 

「大切なことは皆様は身をもって知っているでしょう。どのような仕様も結局重要なものはコンセプトなんです。汎用性を追求する、といえば聞こえはいいですがコンセプトからずれてブれると、あれもこれもになってしまい、本来の目的を見失います。五番機はコウの思想が基準ですが、兵站や他のエースのためにも量産機の範疇に落とし込まないといけません」

「さすが戦女神だぜ。よくわかってるな」


 ケリーの持論ともいえることをフリギアが口にして、満足げに頷く。他の面々も深く賛同した。


「ありがとうございます。構築技士の皆様と討議が行えて私も光栄に思います」


 彼女はまだ誕生して数ヶ月の超AIだ。人間との会議は彼女にとっても貴重な学習の場であった。


「今回のシルエットの仕様変更は、専用のオーグメンター機能がある装備を活用する程度ですよ。燃料を大幅に消費してすぐに息切れする、万能とは言い難いものです。増幅した推力をどのように活用するかは皆様次第。可変機に対応させるもよし、高速移動できる射撃機は脅威でしょう。どの戦場やどういった環境で用いるか。エネルギーを犠牲にして最適な得物を活かすための機能に過ぎません」

「そうはいうが、隙がなくなるというだけで大きな違いはあるだろうさ」

「ケリーのいうことはもっともです。ですが考えてみてください。そこらの傭兵を捕まえてきて、バリー総司令が乗るラニウスC型のブースターブレードか、五番機のような爆轟機構搭載の抜刀機。どちらが上手く使えると思いますか?」


 コウは無表情を貫く。一工程多い剣術などと、多くの人間に指摘されている。その欠点を克服するために五番機をアップデートし続けてきた節さえある。


「前者でしょうね」


 クルトが深く頷く。フリギアの指摘は妥当なものだ。


「コウをはじめとする剣士の皆さんが持つコンセプトは歪ともいえますね。とくにコウの剣術は、私から言わせると最初から刀を抜けと思います」

「はっきり言うな。一応駆け引きで利もあるんだぞ」


 小声で抗議するコウをフリギアは無視した。


「そりゃ剣を振り降ろす方が速いからな。実際にそう考えたヤツがいて、駆け引きでコウ君に敗北した。その領域で戦えるヤツはそうはいねえ」


 ヒョウエもコウを擁護する。

 プロメテウスの火を使ったバルトの副官を、コウが斬り倒した時の現場を兵衛は間近で見ている。


「ヒョウエやクルトのような剣術の駆け引きは多くの戦場で不要なものです。コウの居合いなども私から見ても厳しく評価せざるを得ないもの。平時の剣術です。ですが爆轟機能を活用すれば、他の誰よりも有効活用できるでしょう。死地を生き抜く力になると信じています」

「死地、か」


 フリギアの言葉は厳しいが、コウを思ってのことだと理解している。


「剣士としてその領域で勝つことは重要であることは理解しています。ですが私に言わせればそれ以上の意味があります」

「ほう。是非聞きたいぜ!」

「コウはトライレーム最高責任者ですが常に最前線にいます。なればこそ誰よりも圧倒的な存在になってもらわねば困るのです」


 フリギアが発した、誰よりも圧倒的な存在という言葉にコウは驚愕する。そしてすぐに唖然とした。

 彼を除く全員が、激しく同意していたのだ。


 

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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版あとがきです!


珍しく五番機を用いた爆轟駆動試験です。このような最新鋭機は試験を二百種類ぐらいこなします。

精度の高いシミュレートでも、何が起きるかわかりませんからね。

コウの要求性能がかなり無茶だったこと、アストライアがその無茶を承知で構築に手を貸していたのです。兵器開発AIであるアストライアは要求者に応じる者は当然のこと。


しかしフリギアは異なるスタンスでコウという存在の立ち位置を俯瞰しています。でも彼女も甘く、なんだかんだとコウの方針に沿うように協力しているのです。


直線番長は五番機の表現にたびたび出てくるものですね。

自動車というと世代がばれますね。GTOやFTOなどを連想します。


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