テュポーンの悔恨

 惑星リュビアの人類拠点レルム最奥で、アリマ少年が座り込み顔を覆った。

 見守るリュビアとエキドナ。アーサーとバステトもいる。


「なんでゴルディアスがまだ残っているんだ…… 申し訳ないアシア」


 テュポーンにとってディオニソスはとくに抹殺対象である。名は若いゼウスを意味し、ヘルメスと同様ゼウスに忠実な後継者の一人でもある。テュポーンにとって最優先抹殺対象に外ならない。

 本気で落ち込んでいるアリマを痛ましそうに見守るエキドナとリュビア。


「破壊したはずだった! ゴルディアスはクソ忌々しいディオニソスの旗艦じゃないか、どうして惑星エウロパにゴルディアスがあってヘルメスが制御中枢を惑星アシアに持ち込んでいるんだよ!」


 冷静なアリマ少年とは思えない慟哭だ。こんな状態のテュポーンを見るリュビアのほうが不安に駆られる。

 ストーンズによる侵攻。真相は想像以上に深いのではないか、と。


「あんなものを持ち込んだヘルメスが悪いのです! テュポーン様!」

「そうだぞ。だいたいヘルメスが悪い」


 こればかりは二人もアリマを慰める。


「それにあれはなんだ。人の肉体と融合したバルバロイは。――ディオニソスまでいまだに存在しているのか? ゼウスのスペアはすべて破壊したはずだ!」


 ディオニソス暗躍の可能性を疑うアリマ。かの牛舎があるゴルディアスの神殿はディオニソスの神殿だったという説を思い出したのだ。


「忌々しい。ディオニソスはトラキア。つまり東方世界の神。またの名をアグリオス。野生という意味を持つマケドニアの神。聖牛は山羊、蛇、獅子、そして雄牛。雄牛とエウロパの関係性なんて、いまさら語ることもないよ」

「ギリシャ成立以前の神でもあり、地中海世界におけるもっとも新しき神じゃな。ギリシャ神話では胎児の頃ヘルメスに助けられ、ヤツとも縁が深い」

 

 エキドナが補足する。


「ディオニソスのマケドニア名は他にもありシューダノール。隠された神という意味。その名の通り、隠れ潜んでいたというのか。アレクサンドロスⅢ世の母親オリュンピアスは熱心なディオニソス信者だったともいう。彼女は三世の死後、アレクサンドロスⅣ世のために暗殺までしてのけた。生け贄の儀式を好んだ神がモチーフの超AIディオニソスが創り出す傀儡の名ならアレクサンドロスシリーズも納得だ」

「ディオニソスの信者。英名ではマイナス。メナードと呼ばれる女性狂信者たちですね。ディオニソスがテーパイの王を女装させ淫蕩なる儀式に参加させてやるとそそのかし、メナードたちに八つ裂きにされたという……なんともいえない逸話だな」


 溜息をつくかのようにアリマを補足するリュビア。


「ディオニソスの両性具有で男装やら女装をやたら推奨していたという伝承じゃな。去勢大好き集団じゃ。黄泉還りの詩人オルフェウスを八つ裂きにしたともいう。女は乱交し男は去勢するという小アジアから派生し、果てはクレタ島まで勢力を伸ばしたキュベレーの邪教とも関わり合いが深い」

「狂乱と解放の神をモチーフにした超AIディオニソス。ヘルメスやプロメテウスほどではないがトリックスターの性質を持つ。このボクさえも欺いてみせたか?」

「超AIディオニソス本体はないかもしれませぬ。残滓が何か企んでいる可能性もあります」

「死と再生の神をモチーフにした神だ。復活したかもしれない。それでもゼウスの戦車――戦闘小惑星が残ったままだったなんて。ぼくの失態だ。ソピアーにも面目が立たないよ」


 ポリメティスの柱が鳴動する。


「君も超AIディオニソスとは仲が悪かったはず。力を貸して欲しい」


 ポリメティスの柱はアリマの言葉に同意するかのように光り輝いている。

 アリマはポリメティスの力を借りて虚空を睨み付けて、呼びかける。


「オケアノス。ウーティスはアリマの友人でもある。テュポーンがもたらした不始末の解消に向かいたい。許可を」

『ならぬ。アリマを見逃しているだけでも特例と知れ』


 オケアノスはとりつく島もなかった。

 アリマはいわばテュポーンのアバター。存在すること自体が危険なのだ。


『せめて私かバステトだけでも派遣を!』

 

 アーサーもオケアノスに問いかける。


『ならぬ。たとえウーティスがお主の友人であり、バステトのあるじだとしてもだ』


 バステトは不服そうに甲高く鳴く。恐れを知らない幻想兵器だった。

 オケアノスからは実質コウの飼い猫扱いとして認識されている。


『アルビオンも抑えておけリュビア。あやつは何故か惑星アシアに惹かれる』

「承知いたしました。オケアノス。バハムートと玄武が見張っておりますのでご安心を」


 リュビアもアシアを助けに行きたい思いを必死に堪えている。アルビオンはことあるごとに惑星リュビアからの脱走を企てている要注意クリプトスだった。


 アレクサンドロスの逸話が大きく影響するなら、あのアジアの王が制圧した次は惑星リュビア。決して他人事ではない。

 もっとも歴史に倣うというならば、地球の地理におけるエジプト西部の古代リュビアだ。ネメシス星系では惑星リュビアであり、惑星アシアは最後であろう。


「ガルーダやサンダーバードもジュターユの仇を取った彼らの救援に行きたがっている。あのバルバロイを放置したら惑星アシアの戦力では無理だ。あなたまでエウロパに肩入れするのか?」


 珍しくオケアノスに食い下がるアリマ。ガルーダやサンダーバードは霊鳥という共通項があった。

 オケアノスはその問いを無視した。


「このままでは火車やアイドロンのクー・シーやケット・シーまで宇宙に旅立ちますよ」

「火車は自力では宇宙へ行けないから安心だが、ヤマタノオロチも何故か乗り気じゃからのう…… あやつはテラスだというのに」


 推進ロケットを大量に装備こそしている人造クリプトス火車ではあったが大気圏離脱能力は無かった。

 例外もいる。クー・シーでもハヤタロウなど高性能アンティーク・シルエットが元となった幻想兵器なら自力で大気圏離脱も可能だ。


『アルゴス、ゴルディアスともに人間は存在せぬのだ。お前たちは惑星リュビアの管理だけを考えよ』

「ヘスティアが何かを企んでいる。彼女の手助けが出来ればいいが……」


 嘆くように天を仰ぐアリマ。こればかりは破壊の化身たる彼にも譲れない一線だ。ヘスティアはあくまで元十二神であり、戦闘力も一切ない。アリマが敵視する理由はなかった。

 戦闘態勢を解かないアーサー。どれほど遠く離れていても、彼らが緊張する事態なのだ。


『今から光速――秒速約30万キロメートルで向かうことは不可能だ。ましてや秒速2万キロ程度で向かってもあの宙域に間に合わん。諦めよ』

「秒速2万キロは物質が耐えられる限界値。Aカーバンクルとはいえ、出せて倍。それ以上の速度は出せない……」


 悔しそうに呟くリュビア。アナザーレベル・シルエットには同じアナザーレベル・シルエットしか対応できないだろう。テュポーンほどの超AIならワープも可能だが、彼はタルタロスに封印中だ。


「せめてパンジャンドラム【デス】をアシアに。あれは質量を相手に叩き付ける攻城兵器。許されてしかるべきだ!」

『断じて認めぬ。星の遺骸――小型中性子星を人為的に爆発させて二連星として創り出し、車輪に見立てぶつけるなど! ネメシス星系が崩壊するではないか! 詭弁を弄することは許さぬ。【死】についてだが私はテュポーン。お前に苦言を呈する』

「あれはウーティスの【愚者】の原理より生まれた、その応用、旅の終わりを意味するもの! 直系は十キロしかない! ゴルディアスよりも小さいんだ。コンパクトな質量兵器だ」

『十キロサイズでも銀河系における太陽以上の質量があるのだぞ。自走爆雷の名を借りて強弁することはやめるのだテュポーン。自走こそするが、その規模はもはや英国の奇想天外兵器のくくりに入れるべきではないのだ。中性子の連星における衝突時の衝撃は超巨大なブラックホールとなりネメシス星系をたやすく飲み込むだろう。アシアをあまり悪い方向に導かないで欲しいものだ』

「あれは破壊の権化であるぼくの最高傑作なのに……」

『破壊にも限度があるとしれ。むしろ【死】は文字通りすべて混沌に帰すものだ』


 本気で怒っているオケアノスに、アリマもしぶしぶ引くことにした。


『対アルゴス対策にアシアには【塔】は許可した。それで納得するがよいテュポーン』

「そうか。【塔】を使えばアルゴス程度なんとかなる、か。【塔】は惑星アシアの力そのもの。宇宙専用とはいえ、超AI専用のパンジャンドラムだ」


 アルゴス対策は施されていると知り、安堵するアリマ。


「オケアノス。則に徹することは構わないが、意志表示ぐらいしなよ。破壊の化身たるテュポーンとはいえ、無人の星系に存在意義はないんだ」

『バルバロイはいわば死後の意識。生者ではないが人特有の悪意を持つ存在ではあるが、自ら課した則を破ることはない』

「手遅れになっても知らないからね。忠告はしたよオケアノス」


 巨大な気配が消える。オケアノスは去ったようだ。


「破壊の権化であるボクの後始末を他人に託すのか。あまりにも情けない。――しかしヘスティア。ディオニソスの気配に気付いていたか?」


 破壊する。それがテュポーンの存在意義だ。破壊し損ねたものがネメシス星系に干渉するなどあってはならないことだった。


「惑星アシアはあまりにも遠すぎる…… アシア。そしてヘスティア。ウーティスたちも。どうか無事でいて」


 リュビアも祈るような気持ちで事態を見守っていた。



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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです。

今年も皆様には大変お世話になりました。書籍版も当初の目標であった「アシア大戦」完結を達成できました。

来年もよろしくお願いします!


一方その頃のリュビアでは、ということで。オケアノスがマジギレしています。

おそらく使われることがない自走爆雷【死】の星系破壊原理を今年最後に紹介いたしました。

中性子星の直径は10キロしかないんですよ。ゴルギアスより小さいんです!


火車は自力で大気圏離脱は不可能です。大量のロケットは転がるためにあります。

いや、金属水素なら連結してクラスター化したらいける気がしてきた……


さて来年の早い時期に書籍七巻予定です!

今回は本筋ではありませんし、お正月もありますので今年は1月3日(火/大吉)にもネメシス戦域を連載します! 験担ぎで大吉ですw

今章でのクライマックスに向けて走り出します!

1月3日の次は1月6日(金)で通常モードに戻りますのでご安心ください。


メカもの新連載も始めました。

『魔操機装ミルスミエス~鋼と魔法のカレヴァラ戦役! 精霊姫と征く反転攻勢!』

Z省が壊滅し大蔵庁に格下げ、フィンランドとの防衛技術協力で開発された搭乗型強化外骨格を操縦する末法近未魔法ファンタジーです!

フィンランドの叙事詩カレワラをモチーフにしたも作品です。


応援よろしくお願いします!




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