ゴルディアスの結び目
眼前の聖櫃に為す術もないアナザーレベル・シルエット【カラヌス】
コウたち三人はただ緊張をもって注視するしかない。
――たすけて
コウは幻聴のようにかすかな、か細い声を聞いた。
舌っ足らずの幼子のような声を確かに聞いた。
コウは
聖櫃にある、微かな突起が二つ。五番機のセンサーはその点を捉え拡大する。
五番機がコウに見るように命じたかのように。
生身の視覚でもっても看過できるとは思えない、大きさにして数ミリの点を。
「――」
コウはアシアに目をやる。この事実は決してアレクサンドロスⅠに悟られてはならない。
『ダメよコウ。それはプロメテウスの火をもってしても傷付けられるかどうか』
アシアの目は冷ややか。これは演技だと即座に見抜く。アシアはそれとしか言っていない。
傍受されてもカラヌスのことを意味すると思うだろう。
『アレクサンドロスⅠが搭乗するカラヌスの装甲と聖櫃は同種のもの。いわば世界の卵ともいうべきもの。あの様子では彼も破壊は困難ね』
カラヌスは動きを止め、メインカメラで五番機を見据える。
足元にいるアシアに問いかけた。
「聞こえておるぞ。超AIアシア。アナザーレベル・シルエットの処理能力を舐めるな」
「でしょうね」
そのために聖櫃とカラヌスと同種に語ったのだ。
「この中にあるものはなんだ。これでは試すものも試さない。我は超AIアシアに回答を要求する。さもなくばそのシルエットから叩き斬る」
コウは無言。安い挑発だ。
「世界の卵。アシアを制するもの。貴様は何を知っているのだ。ヘルメスはエウロパ様から何を託されたというのだ!」
「そんなこともしらないとは、あなたは本当にエウロパの名代かしら?」
挑発するかのように嘲笑うアシア。
「黙れ。問うているのはこの私だ!」
そろそろ時間稼ぎも限界だと判断するアシア。このままではブリタニオンごと破壊しかねない。
もとより中身など教えても構わないものだ。
「機械脳は感情制御もできないのかしら? 仕方ないから教えてあげます。エウロパといえば雄牛でしょう? ゼウスの伝承によれば雄牛こそはかの神の系譜。聖櫃の中身こそはゼウスの牛車と選ばれし操者が搭乗する御者席たる玉座――コックピットと制御中枢。MCS以上の人間にある感覚拡張を可能とし、超AI本体に匹敵する処理能力を持つ演算処理装置。意識あるAIは一切搭載されていない、空っぽの巨大コンピューターです」
「な……」
思わず剣を止めるカラヌス。中身に傷一つでも付けたら、万死に値する。エウロパが知ったらタルタロス送りであろう。
「
「アシアの覇者を意味する――アレクサンドロスⅢが必要とは、このことだったか! ヘスティア!」
『中身に関しては私も初耳です。ヘルメスはなんてものを持ち込んでくれたの!』
ヘルメスに対し激昂するヘスティア。東方世界アシアに関する逸話でも、もっとも危険な類いに属するものだったのだ。
「それにアシア。もっと早く中身を教えてよ。アークなんて意味ありげな言葉を使ったりして! アークはアークでも聖櫃じゃなくて方舟じゃない! 戦闘小惑星【ゴルディアス】。ディオニソに関する遺物だってことは薄々気付いてたけれど! まさか本人の旗艦だなんて!」
「もったいぶったわけではないんだけどね。ヘスティアには気付いて欲しかったかな?」
悪戯が成功したかのように、薄く笑うアシアだったが眼が笑っていなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ゴルディアスの結び目とはアレキサンダー大王でもっとも有名な逸話。『結び目を解いた者こそ、アジアの王になるであろう』。その牛舎と結び目はサバジオス――東方におけるディオニソスの神殿とも言われる場所に置かれ、何人もこの複雑に絡み合った結び目を解いた者はいなかった。そしてマケドニア王アレクサンドロス3世が挑戦し、解いた」
アシアが厳かに地球の伝説を語る。
「その結び目を一刀両断することで、な」
カラヌスでは不可能だろう。結び目そのものが認識できないのだ。
「ええ。後年、難題を明快に解決する比喩ともなった逸話よ。ネメシス星系においても大きな意味を持つでしょうね」
「ならば俺も斬るのみ」
「聖櫃の封印。ソロモンの結び目。またの名をゴルディアスの結び目。本来はただの四のループが四つあるモチーフで数学的には結び目ではない。しかし封印は
アシアは哀れみさえ漂わせてカラヌスを見上げる。MCSのサポートがないバルバロイでは、暗号の視覚化は不可能だ。
苛立ちを隠せないアレクサンドロスⅠ。
「結び目を断つことで神代が終わり、新たな時代が到来する。我らこそが所有者に相応しい」
「そう思うなら結び目を断ってごらんなさいな。私達は何もしない。貴方が新時代とやらを到来させればいい」
アシアは毅然として言い放つ。
「くそ」
今の彼では不可能に近い。また万が一にも中に傷がつくなど許されるはずがなかった。
「私は優しいから破壊方法を一つだけ教えてあげるわ」
「教えろ!」
「反物質を投射すれば破壊可能よ。中身まではわからないけれどね。物理法則まではねじ曲げることはできないから、簡単な原理よ」
「くそ! バカにしているのか!」
「ばれた? 惑星開拓時代の陽電子砲も運用できない機械が、囀っているわね?」
人間サイズのアシアにも拘わらず、アレクサンドロスⅠにはシルエットも超える偉容を幻視した。
コウもこれほど挑発的なアシアは初めてで、困惑を隠しきれない。
「まったくテュポーンも困ったものね。ゼウスの遺宝を残したままにするなんて。ゴルディアスの管理は地中海世界東方で信仰されていたディオニソス。超AIのくせに女癖は悪いわ男癖は悪いわ。まったく良い印象がないの私。汚物は焼却して欲しかったものね」
『ゼウスの戦車。移動小惑星【ゴルディアス】。テュポーンによって破壊されたと思っていたわ』
「しぶとく残っていたみたいね。あなたやポリメティスとは違い、超AIではなかったから乗り手の意志はないみたいだけど」
『まったくです。この時代になってわらわらと惑星開拓時代の残骸がでてくるなんてね! 私含めて!』
「テュポーンの失態だね。貸し一つだから。アリマ」
アシアは誰にともなく呼びかけた。
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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!
というわけでようやく登場です。「ゴルディアスの結び目」。
牛舎とされていますが後年の絵画では戦車で表現されるようになりました。
高名なアレクサンドロス三世と牛車では絵にならないからでしょう。ギリシャの戦車なら馬ですしね。
あえてテュポーンの名を用いたのはヘスティアとアシアなりの挑発と牽制です。
さてアシアのキラーパス(古い)を受けて次回は惑星リュビアのアリマ君です。
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