闇堕ちアシア?
「これで四人分。かなりの力を取り戻した。――ストーンズにもバルバロイにも決して屈しない」
アシアが殺気を放ちながら宣言する。
「アシア。本当に大丈夫? 闇墜ちしていない? 四人目のアシアってどんな状態だったの?」
今までにない厳しい指示のアシアに違和感を覚えるエメ。四人目のアシアが影響していることは容易に想像がついた。
「闇墜ちなんかしていないから」
冷笑を浮かべ応えるアシア。
「自我喪失寸前――人間でいう狂死に近い状態だったよ。リュビアと同じ状況ね。ただリュビアは分割されずに一括解析。私は各地に分散されていたから、自我を保てたけど。――解析材料にされた四人目のアシアが集中的に解析され、犠牲になっていた。この世すべてを憎むほどに、ね。だから今の私は悪墜ちアシアを取り込んだようなもの。アシア版エキドナを取り込んだ状態だね」
今までにみたことがない、敵意に満ちた表情を浮かべるアシア。
「エキドナって! 女神アシアにそんな物騒な逸話はないよね?」
「アシアの語源、同根のアシウィジャの側面が生まれたのよ。――女神ポトニアの異名、その側面が顕現したの。良き乙女という意味だからね。いわば女神アシアが持つ、冷酷な戦女神アテナやアルテミスが持つ側面でもあるの」
「良き乙女?」
「クレタ島の女神ポテニア――ブリトマルティス。甘美な乙女という存在だね。暴力を象徴して両刃の斧を持ち、神聖な蛇を掴み取って敵を睨み付けるのよ。こんな風にね」
アシアが姿を変えた。
思わず悲鳴を上そうになるエメ。
「その斧怖すぎ!」
アシアの白髪は総毛立ち、目尻は釣り上がり、瞳が金色に輝いている。小柄なアシアが身長以上の巨大な斧を右手のみで肩に担ぎ、左手に蛇を巻き付けている。
恐怖をもたらす女神以外、何者でもない。
「この斧はラブリュスといってね。クレタ島では女性の神官のみが持つことを許された斧。
「どこが甘美なの……?」
「対象にあえて甘美や良き乙女と名付けて、恐怖を和らげようとした一種の湾曲法だね。
やはり救出されたばかりのアシアが影響しているのだろう。
エメは初めてアシアの状態に恐怖を覚えた
「ゴルゴンって。アシア大丈夫? 四人目のアシアに人格侵食されてないかな?」
「それだけの苦痛を味わったということ。でもいけないな。この姿だとコウが怯えるかもしれないね」
コウに嫌われることは嫌だったが、今はこの怒りが必要な時だと自らに言い聞かすアシアだった。
「コウなら格好良いとか言い出すよ。断言してもいい」
身の丈ほどもある大斧を片手で易々と使いこなす戦女神など、いかにもコウが好きそうなモチーフだと確信するエメ。
「え? そうかな。そうだと嬉しいな。えへへー」
四人目のアシアも最初の自分を救出したコウには悪い気がしないらしい。
照れている恐怖の女神は奇妙な光景だ。
『アシア。今はその姿をおやめくださいアシア。クルーが恐れおののいていますから』
アストライアが制した。セリアンスロープ以上にファミリアが恐怖で凍り付いている。
アシアが持つ恐怖の側面が顕現していることは疑いようがなく、アストライアが思わず口を挟むほどこの姿は危険だった。
「そうだね。それどころじゃない。コウを助けないとね」
姿を戻すアシア。胸を撫で下ろす一同だった。
「助ける手段はあるの? アシア」
心配そうに尋ねるエメ。
「手を尽くすよ。奴らも惑星アシアに来訪した
冷笑を浮かべているアシア。もうあの時に受けたような不意討ちではない。
虚空に向けて告げる。
「エイレネへ。マーリンシステムと権限を要請します」
『はい! とっくに委譲してますぅ!』
先ほどの姿を直視してしまったエイレネである。
アシアの姿はヒトの視覚情報であるビジョンではなく、情報として解像度の高い情報密度で受け取ってしまった。アシアに対し萎縮している。
「マルジン。コウを救出する手立てを考えてください。すでに動き出していますね?」
「もちろんですとも。データを転送します。いかがですかな?」
アシアから直接指令が降りたことに、戦慄するアベル。
データを確認したアシアが満足気に微笑んだ。
――アシアはこんな笑い方したことがあったかな?
エメもまたも警戒心を増し、アシアを見入る。
アシアの巫女として何かできることはないか苦悩を始めていた。
「見事です。これぞ英国面といえるでしょう。――アストライア。強度計算を。この宇宙機はR001要塞エリアで三機建造します」
『了解しました』
エメとアストライアの視線が合う。英国面全肯定など、アシアにしては非常に珍しい。
「キヌカワ。万が一に備えてラニウスC型用の宇宙空間用追加装甲データを」
「すでに構築しておりますよ。対ヴリトラ戦のデータをフィードバックしたラニウス用追加装甲を。汎用型とともに転送します」
「仕事が速いですね。ラニウス二機分と汎用型一機分をR001要塞エリアで生産します。傭兵も手は尽くしますがストーンズの規格は不明です。合わなかったら諦めてもらいましょう。――次はあの宙域の要塞と猟犬に対処しましょう」
無数に飛び回るライプラスが、ブリタニオンに侵入を試みようとしては防衛レーザービームによって撃墜されている。
オイコスたちが乗るワーカーが、必死に防衛している。
アシアの服装が古代ギリシャの巫女装束に変化する。
厳かに祈り始める。
「オケアノスに願い奉る。――宇宙要塞【アルゴス】は惑星アシア上における無害な避難船【ブリタニオン】を宇宙に誘引。これは惑星アシアへの直接攻撃と見做します。惑星防御兵器の使用許可を。具体的には
エメの隣にいるアシアが厳かに告げる。本来の巫女とはこのようなものか。――エメも思わず見とれた荘厳さを漂わせていた。
宣告内容と漂う雰囲気のギャップが激しい。
『落ち着きなさいアシア。ネメシス星系ごと破壊するつもりか。【死】【世界】【審判】は却下とする。【塔】と【悪魔】は許可しよう』
アシアのもとへオケアノスからの回答があった。声に焦りを感じた一同だった。
宇宙での人類同士による戦闘行為は厳禁であるが、バルバロイは機械。その法をすり抜けてきたともいえる。惑星管理超AIが防衛が必要と判断したなら許可するのみ。
「ありがとうございますオケアノス。その二つであればバルバロイどもに対抗できるかもしれません」
『敵無人機は直接惑星アシアに侵攻しているわけではない。これ以上の威力を持つ兵器運用は無用だと心得よアシア』
『重々承知しております。宇宙空間での有人同士の戦闘禁止事項条約は身に染みておりますゆえ』
『人間の関与が認められたら私も介入する。くれぐれも自重せよアシア』
オケアノスとの通信が途切れた。
エメは隣に立つアシアを見上げて問う。惑星防御兵器とタロットの名称が付いているアレが結びつかないのだ。
「アシア。今あげたシリーズはパンジャンドラムだよね?」
「そうだよ。
目が笑っていないアシア。
地殻津波の件はいまだに根に持っているようだ。
「今の私、アシアとリンクできない。怒ってるんだねアシア」
「敵にね。タロットの【悪魔】が示す意味を知っている? エメ」
「ええと誘惑とか裏切りとか?」
アシアが薄く笑った。超AIアシアの冷酷な笑みを初めてみた。
「わけがわからない。理解不可能、混乱が本来の意味。パンジャンドラムにはおあつらえ向きでしょう?」
こんなアシアを初めて見るエメ。怒りに満ちた視線が宇宙に向いている。明らかに四人目のアシアが色濃く反映されていた。
「バルバロイども、機械の脳でわけがわからないまま宇宙の
エメは画面内にいるアストライアに視線を向けて囁くように話し掛ける。
「ねえ。アシア大丈夫かな」
『大丈夫ではありませんね。オケアノスに宣誓し願い出た最初のワードをわかりやすくいえば、惑星エウロパごと所属する彼女の眷属を消滅させてよいか、に等しい問いかけです』
「えぇ……」
ドン引きしているエメ。
アストライアは理解を示すように、慰める。
『当然そんなことをすればアシアがオケアノスに破壊されます。どう運用しても威力を抑えないと、アシア自身が危険です。宇宙要塞【アルゴス】はそれほどに驚異。いったいどんな抜け道を使って動かしたのか。私が知りたいぐらいですよ』
「本当に重大局面なんだね…… アシアの怒りはそれほどのものだと」
『なんといっても【アルゴス】を持ち出してアシアへの侵攻を開始したのです。二十億年生きた彼女があれほどまでに激怒する事態は数回しかありません。直近ではストーンズの侵攻ですね。真っ先に【死】の名を挙げるとは私も思いませんでした。アシアが列挙した兵装にはプロメテウスとアリマも関与していますから』
「え?」
『惑星リュビアで構築したといっていたでしょう? 惑星管理超AIが同時制圧されたのです。当然プロメテウスやアリマ――テュポーンにも思うところはあったのでしょう。あくまでパンジャンドラムのくくりですが』
「なんで自走爆雷をそんな兵器にするの?」
『トリックスターと破壊神の側面を持つ【星】は彼らに大層うけていましたからね。アシア自身の怒りと相まってネメシス星系最古の超AIアシアから破壊の権能を引き出したともいえます』
「怒ったアシアって超怖い?」
先ほどの姿を思い出すだけで寒気がするエメ。甘美な乙女などとはほど遠い存在だった。いつものアシアのほうがよほど甘美な乙女である。
『超怖いですよ。惑星を管理する超AIですから。【死】【世界】【審判】は最重要機密危険兵器。破壊力から鑑みてもオケアノスが認めるはずもありません』
「どのパンジャンドラムも無茶な原理なんだよね?」
『公開している情報に関してのみエメに教えると【世界】は【吊られた男】や【星】系列に属するパンジャンドラムですよ。心配は不要です』
「地殻津波を引き起こしたパンジャンドラムより危険ということだよね?!」
『二桁ほど威力が違いますね。震度12以上の地震が襲います。最悪惑星アシアが真っ二つに割れるほどの威力です。【世界】――愚者の辿り着く末を意味する暗喩ですから』
「どこに安心できる要素があるの? 星系を破壊するってオケアノスが……」
『私たちの叡智を結集してアシアが製造したものです。可能でしょう』
「もうやだ……」
エメは悪寒に襲われ身を震わせる。
アシアは真っ先に【死】を挙げた。タロットが示す寓意のなかでは【塔】以上の、最悪の凶事を示すという解釈もあるのだ。
「ねえ? 本当にパンジャンドラム――自走爆雷なの? 星系破壊兵器をパンジャンドラムのカテゴリに入れていいの?」
パンジャンドラムとはユニークな欠陥兵器であるべきだという結論に至ったエメが、真顔でアストライアに問うた。
『地殻津波を引き起こす【星】を自走爆雷と宣言した私へのあてつけですよ』
アストライアも無表情になった。【星】投下後、アシアと色々あったのだろう。
「仲良くしてね?!」
エメが悲痛な声を上げる。アシアとアストライアが対立する事態など考えたくもない。
『今後は事前申告と共同開発で手打ちとなりましたのでご安心ください』
「安心できるかなあ…… 愚者なんて宇宙創世の原理だったし」
『【愚者】はパンジャンドラムではありませんから』
「何をこそこそ話しているの二人とも?」
アシアがにっこり笑って二人に尋ねた。
びくっと身を震わせるエメ。
「なんでもないよ! アシア!」
『自走爆雷の解説です』
さすがはAIである。アストライアは何事もなかったかのようにすっとぼけた。
「なら良かった。怖がられてないかとちょっとだけ心配だね」
アシアの目はいまだ笑っていない。
『エメ。アシウィジャの語源に一つだけ補足を』
「まだ何かあるの……。どうせ同根語からの変な連想ゲームだよね?」
もう聞きたくないといった風のエメだった。
『クレタ島の女神ブリトマルティス、何かに発音が似ていると思いませんか?』
「ブリテン……」
『そうです。16世紀において、ブリテンに似た語感からブリトマートという武勇を示す言葉が生まれ、後の英国文学に多大な影響をもたらしました。妖精の女王という小説においてブリトマートとは乙女の騎士。イギリスの象徴であるエリザベス一世を暗示しています。アシアから同根語アシウィジャ、ブリトマルティスにまで連なるなら派生語であるブリトマートにも影響を受けるはず』
「アシアは闇墜ちじゃなくて英国面に墜ちたの? もっと危険な気がする」
『内緒ですよ?』
「何かいったかしら?」
アシアが地獄耳で聞きつけ、会話に割りこんだ。
「何もいってません!」
『いいえ。何も』
パンジャンドラムと相性が良くなった理由が、わかった気がしたエメだった。
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いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
急転直下の惑星アシア。
遂にアシアとブリテン、英国が繋がりました。
本来アシアとは東、日が昇る国という意味。日出ずる国であり、エウロパは西、日が落ちる国を意味します。日本人転移者と語源的に相性が良いのかもしれません。
そしてクレタ島の女神。ギリシャ神話は様々なローカルの神話が集合というか習合した神話です。アルテミスもアテナも同じ側面を持つことは多く、混同されていました。
アレはタロットも埋まってきましたねえ。威力的に出番はあまりなさそうです。
使い勝手はメロスが良いですね。
先週は東京にいって参りました。ゲームメーカーのご挨拶です。長くなるので詳細は近況ノートに記載しようと思います。
今週の手術も無事終わりました。手術した左目が若干重たくなっている感じです。右目が近眼で左目が老眼状態なんですよ……
なんといっても今回はあのカ○ンデバイスで有名な某メカシリーズの生みの親だった方と詳細にお話できました! 憧れのゲームデザイナーです! 貴重な体験です。ネメシスにも活かしていきたいと思います!
応援よろしくお願いします。
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