ドリオスの来訪

橙色のワーカー三機が厳重に警戒しているなか、輸送機が降り立った。


 護衛とともに輸送機から下りる二人。ヘルメスとヴァーシャである。背後からバンド要員として連行された傭兵たちが控えている。


「ここがリゾート地かあ! 本当は僕が開発したんだけどな!」

「バーンに察知されますよ。やはり帰還したほうがよろいしいのでは」

「心配性だなヴァーシャは! 文句の一つぐらい許してくれるさ。彼女もね」


 ヘルメスは橙色のワーカーを見上げると呟いた。


「開拓時代のワーカーじゃないか。あらかた廃棄されたと聞いたが。早々に眠りについたヘスティアは例外だったということだね」

「所詮ワーカーでは?」


 コウたちの試合結果は録画して精査しているヴァーシャ。

 一刻も早くバルドを捕まえて詳細を問いただしたいところだ。


「あの戦闘力は配信でみただろう。材質から武装まで三十五世紀水準のワーカーだ。使いようによってはアンティーク・シルエットの最高峰とも互角に戦えるぞ」

「ふむ。ではあの戦闘はパイロットの技量差が全てだったと」

「パイロットの技量差だろうが、己の機体に対する理解度も違った。実に見応えがあった。僕も乱入したいぐらいだ」

「おやめください。御身の玉体に傷付けば一大事です」

「そうはいっても君だって乱入したいだろう?」

「否定はしません」


 きっぱりと断言したヴァーシャに笑うヘルメス。


「バーン――ヘスティアは興行の才能はあったようだね。僕なら闇試合までは考えなかったな」

「そこはバーンの面白いところです」


 彼ら二人の少年と少女が近付いた。ヘスティア配下のオイコスたちだ。

 ヴァーシャとはすでに面識がある。


「ようこそおいでくださいました。ヴァーシャ様。そして……」

「はじめまして。オイコスの諸君。ドリオスと呼んでくれ!」


 朗らかに笑いかけるヘルメス。

 オイコスの二人は安堵した。やはりストーンズ上層部は礼儀正しい人間が多いと。


「承知いたしました。ドリオス様。よろしくお願いします」

「バーン様からの注意事項はあるかな?」


 オイコスの主人に敬称をつけるヘルメス。この程度は臨機応変で対応する。

 事実ヘスティアなら彼と同格ではあるのだ。


「事前通告通りです。トライレーム関係者との接触は極力控えてください」


 深々と頭を垂れる二人に、世間話から入るヘルメス。


「わかった。そこは偶然の神様に祈るとしよう! よろしくね。二人とも。おすすめ料理などは聞いてもいいかな?」

「はい!」


 オイコスは二人が着陸した離島を案内がてら食べ物やおすすめの娯楽などの話をする。

 釣りも音楽もし放題。シルエット用ガレージも完備された環境に二人はいたく満足した。


 オイコスたちは任務を終え、ヘスティアにヴァーシャ来訪の報告を行う。

 この報告を聞いた時、ヘスティアは不敵な笑み笑みを浮かべたのだ。


「私どもの報告に、何かありましたか。バーン様」

「ドリオスと名乗ったのね?」

「はい」

「わかったわ。その客人に危険性はないけれど、接触は最小限にしてね。ありがとう二人とも」


 ヘスティアは二人を下がらせ、軽く嘆息した。

 その仕草は人間そのものだ。


「ドリオスね。――狡知。チート。計画犯罪者を意味するヘルメスの形容詞。人間にもっとも友好的かつ危険といわれたヘルメスドリオス。このI908要塞エリアで戦争を始めることはないけれど。そんな名前を堂々と名乗るなんて謀略します宣言かな?」


  ヘルメスがドリオスと名乗ったことに意図しか感じられないヘスティアであった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 コウと兵衛が戻ってきた。

 二人は白熱した会議に巻き込まれたらしく、見るからにげっそりしていた。


「お前らも大変だな。明日に備えて早めに休め」


 バルドが思わずそう提案したほどだった。


「あいつらみたいに背負っているものがないからな俺は。気楽な傭兵で良かったぜ」


 自分の宿舎に戻り、愛機であるボガディーリ・コロヴァトの整備に戻るバルド。


「誰でえ。アルゴフォースの連絡網だと」


 外からの通信は遮断されているはず。ヴァーシャとも直接話すことは不可能であり、検閲されたメールのみ。


「私だ」


 相手はヴァーシャだった。


「ヴァーシャ様?! 何故通信が!」

「それはI908要塞エリア内にいるからに決まっているだろう」


 ヴァーシャは珍しく、一目でわかるレベルで不機嫌のようだ。


「あのお方も一緒にいる、といえばわかるか」

「へい!」


 無表情な顔をしたヴァーシャが続ける。


「そんなことよりもだ」


 そんなこと扱いされているヘルメス。


「何故君がコウやヒョウエとチームを組んでいるのかね」

「えーと成り行きで。コウの言葉でいえば、ひょんという言葉らしいですぜ」

「ひょんだと? ちゃんとした説明を求めたいんだが」


 知らずヘスティアと同じ怒りを浮かべているヴァーシャである。


「話せば長くなるんですが、本当に偶然なんですよ」


 蕩々と説明を開始するバルド。

 闇試合が三人制になったこと。偶然ごろつきからコウを助けたこと、勢いでチームを組んだこと、ヒョウエがたまたま通りがかり、チームを組んだこと。


「呉越同舟ってわけじゃありませんがチームの空気も悪くありませんぜ」

「そうだろうな」


 そこまでいって初めてバルドは自分の失策に気付く。

 ヴァーシャはバルドが羨ましいのだ。


「詳細レポートを書くように。あとは彼らからできるだけ構築の技術を聞き出すこと。君とて構築技士のはしくれだ。できないとはいわせない」

「へ、へい」

「あとは私との酒席を用意するように。これが最優先事項だ」


 無類の酒好きであり、構築好き。

 バルドはすっかり失念していた。ヴァーシャの本質は軍人ではない。構築技士だ。


「できるだけ善処します」

「無敗か酒席か。どちらかが為しえたならたとえ君が何をしようとしても不問とする。――わかっているな?」

「へい……」


 力無く頷いた。


 ――すまない。コウ。ヒョウエ。こうなったヴァーシャはくっそ怖いんだ。ただ酒だと思って諦めてくれ……


 酒席お場を設けるだけだと自分に言い聞かし、内心で二人に謝罪を続けるバルドであった。

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