誰だったんだろう
準決勝へ進んだコウたち三人。
次の対戦相手が公開された。
「へえ。こいつが次の対戦相手か。しかも二機相手とは」
兵衛が呟くと、バルドが顔をしかめて吐き捨てた。
「雑に難易度あげてきやがったなバーンの野郎。嫌がらせか」
てっきり敵チームの詳細は伏せられると思ったが、それだと賭が成立しないので公開されたのだという。
あくまで商売に徹するヘスティアであった。
「本当に四本腕があるな。仏像みたいだな。拝みたくなる」
「六本腕じゃなくてよかったですね」
兵衛が言う仏像。シルエットに似た何かが映し出されていた。
背面から二の腕と同様の腕が接続されている。四本腕だ。
「こんな設計でフェンネルが動くのかと思うぜ。不思議で仕方ねえ。しかもクソ強い」
構築技士のはしくれであるバルドも唸る。
何度も苦渋を味わった相手である。
「この機体はシルエットの紛い物。フェンネルOSは使っていないんだ」
「お前も戦ったことがあるのか?」
「戦ったことはないよ。ただ惑星エウロパの概要は聞いているんだ」
「バーンのキャッチコピー、マジだったのかよ。【エウロパからの刺客!】ってヤツ。興行的な煽り文句かと思ったぜ」
「違う。ある意味本当にエウロパからの刺客なんだ。バーンの目的はこいつの周知だったかもな」
コウも睨むようにスプリアス・シルエット――を注視する。
「バルド。あんたは戦ったことがあるんだろ? どれほどの戦闘力なんだ」
「ヒョウエ二人分ってところだな。それが二機だ」
「うわ…… 単位が兵衛さんか」
「それもどうかと思うが、燃えるねえ。倒しがいはありそうだな」
兵衛は嬉しそうに目を細める。
三人の自分と戦うとは胸が踊る。
「しかし妙だな」
バルトが訝しげにテウタテスを睨み、ぼやいた。コウも思わず気になって問い返す。
「ん?」
「こいつは強すぎる。だから今までは決勝用だったんだ。それがいきなり二機もでてきやがる。バーンの野郎、俺等が三人がかりでも勝てないと見込んだか、それともそれ以上の何かを用意しているのか」
「後者だろう」
ヘスティアの目的を考えると、後者しか考えられないコウ。
「俺もそう思うぜ」
兵衛三人分の性能だとしても、兵衛と互角かそれ以上の二人もいる。超AIが勝てないと判断するはずがないと踏んでいた。
「腕が四本。カメラが四つか。死角はなさそうだな」
「背後も隙はないな。ただこいつは制圧用だ」
「どうしてそう思うんだ?」
「俺と戦った時の話だが、四本の腕部それぞれ違う兵装を装備しているんだ。もし威力重視なら両手で保持する大火力兵装を装備するだろ?」
「確かに」
レーザー兵器でも無い限り、反作用で反動は発生する。それはレールガンや荷電粒子砲も変わりはない。
シルエットより一回り大きく、重量的に安定していそうではあるが油断はできない。
「こいつも荷電粒子砲装備しているのかな」
テウタテスは装備が表示されていない。兵衛は内心、刀四本を装備したらさぞ見栄えがよいだろうと残念がる。
「可能性はありますが、技術レベルは惑星間戦争時代と同程度かやや劣るかと思います」
「あのシルエットにはそんな秘密が? 俺が知っている機体には荷電粒子砲はなかった」
バルトも興味津々だ。
「予想だよ。惑星エウロパは重工業が得意な惑星だったと聞く。技術制限のいくつかをくぐり抜けた可能性が高いんだ」
バルドはヘルメスとエウロパの共闘は知らないだろう。彼の身の安全を配慮しながら説明するコウ。
ヴァーシャが知っているかは不明だが、極秘事項に近いはず。
「それは面倒だな」
同時にコウと兵衛の端末が同時になる。
「どうした?」
「構築技士の呼び出しだ。あのシルエットについて話がしたいそうだ。みんな技術者だからな。知りたいんだろうさ」
「……しまったな。まったく話していなかった」
「……お前らも大変だな。いってこい」
二人があまりに昏い顔をしているので、思わず同情したバルドであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「バーンことヘスティア。テウタテスまで引っぱり出すとは何を考えている?」
エイレネはヘスティアのサポートに駆り出されている。
前世からの相方のような関係上、断れないらしい。
「しかしヘスティアまでコスプレ趣味とは思いませんでしたな」
エイレネ艦内で一人留守番をしているマルジンことアベル。
優雅に紅茶をすすりながら、テウタテスの画像を確認している。降臨したプロメテウスが詳細を語った場に彼もいたのだ。
「平和だからこそ為せる類いの趣味だな」
黒衣の青年がいつのまにかアベルの隣に立って、同じ画面を見ている。
「失礼。気付きませんでした。――どうぞ」
予備のカップに紅茶を注ぐと、アベルは隣に座るよう手前にカップを置いた。
「頂くよ。――ふむ。さすが英国紳士が厳選した紅茶だ、美味しい」
「喜んでもらえて何よりです。さて、一つ質問をいいですかな」
「どうぞ」
「何者ですか?」
「B級構築技士アベル。君と同じ監視者だよ。彼らのね」
「なるほど。委細承知しました。それではここにいるのも当然でしょうな」
鷹揚に頷く青年。実体そのものでビジョンとは思えない。
「オケアノス殿も困ったものですな。直接伝えれば彼らも耳を傾けるでしょう」
「あいつは自分が語ることはないさ。ソピアーの名代として、自らを機構と課している」
「フェンネルOSのヘパイトス殿のようにですか?」
「そうとも。あれはあれで幸せものなんだ。思い人たるアテナと同一化できたのだ。そしてネメシス星系に人間がいる限り続く」
「アテナの意思はどうなのでしょうね。ギリシャ神話に倣うならヘパイトスの妻はアフロディーテでしょう?」
「あれは浮気者だからな。このネメシス星系でも最後までアレスと一緒だったのだよ。アテナはヘパイトスに同情ついでにほだされたとみていいだろうな」
「オリンポス十二神とは難儀なものですねえ」
「だからその区分にない私やヘスティアがこき使われるんだよ」
青年が苦笑した。やれやれ、といって両手を天に向け、うんざりした様子のジェスチャーを行う。
「テュポーンが目を見張ってますしね」
「君は大活躍だったな。一部とはいえアナザーレベル・シルエットの技術を手に入れた構築技士とAIは君とエイレネぐらいだろう」
「そこまでご存じでしたか」
コウも知らない事実を見抜かれたアベルだったが、動揺している様子はない。相手は超AIなのだ。彼を精査するぐらい造作もないだろう。
「英国魂をほどほどにしてくれると助かるね」
「ご安心を。あれは人類の手にあまるもの。私としては戦術レベル以上のものを構築する気はありません」
「そろそろBAS支社アヴァロン代表のマーリンとして君臨してもよい頃合いではないかと思うが」
「とんでもございませんよ。それだけは嫌です」
きっぱりと断るアベル。偉大すぎる名は手に余る。
歴史に埋もれている発狂した戦術家の名を騙るぐらいがちょうどよいと思っているのだ。
「冗談だ。しかしプロメテウス公認のマーリンであることは違いない」
冗談といいつつプロメテウス公認を強調する青年に、アベルはぞっとした。
「しかしヘスティアが早くもテウタテスを投入するとは。役者が揃ったということか」
「あなたにもわからないのですか?」
「予想は可能だ。しかし、それでも動きが急すぎる。君たちを呼んだこともね」
「私は何をすればよいのでしょうか?」
アベルは疑問に思う。兵器構築に没頭するだけの自分に何か可能だとは思っていない。
「今まで通りウーティスを支えればいい。しかし次元に亀裂を与えるような――ブラックホールなど大量破壊兵器には以前のように直言して欲しい」
「それは人として当然のことです」
「そういえる君だからこそ選ばれたんだ。ではまた会おう隠者よ」
「はい。またお会いしましょう」
青年は優雅に一礼し、姿を消す。
しばらく暗闇のなかに佇んでいたアベルだったが、思い出したように息を吐き出した。
今更ながらに冷や汗が止まらない。まるで死と直接対峙したかのような威圧感であった。
「誰だったんだろう」
思い当たる節がいっさいない人物の登場に、アベルは頭を抱えるのだった。
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