警鐘
五番機のコックピットにコウは搭乗する。
安心できるし一目を気にする必要もない。そしてこの場所なら惑星アシアにいるアシアとリアルタイムで繋がることができる。
「陽電子砲のことは謝罪する。レルムにいるアーサーとモーガン。そしてアストライアが一番気にしているのはおそらくポリメティスのことだと思う」
『女性にデリケートな精神面をストレートに指摘すると嫌われますよ』
アストライアが言った。先ほどのように怒ってはいないようだ。
「う、わかった」
自覚があるコウは言葉に詰まる。
『ポリメティスのことは気になります。シルエットサイズの陽電子砲を構築できたのはかのAIの技術によるものでしょう』
『オリンポス十二神。鍛冶神ヘパイトス。アストライアの前任者であり、あらゆるMCSの根幹にいる存在。あなたの前任者ね』
アシアも会話に参加し、コウを補足してくれる。主な情報交換は済ませているはずだが、コウがどのように感じたかその主観も重要なのだ。
『はい。前任者とあそこまでの仕事を見せられては面白くはありませんね』
アストライアの心情はわかる。実に人間らしいとコウは思う。
『成果物であるアーサーの陽電子砲について疑問が生じています。コウ。あなたは言うほどアーサーを信頼していないようですね』
「そんなにばればれだったかな?」
『アーサーも気付いているはずです。距離感がうんぬんはそのあらわれかと』
「そういや口走ってたな。あいつ本当に元シルエットか……」
コウは苦笑して、アストライアに心の内を告げた。
「そうだよ。信頼関係を構築しているとは言い難い。俺達をアシア大戦時から観測し、惑星アシアにいるアベルさんまで巻き込んでいる。最初の誘導からしてかなり強引だったしね」
『その言葉で安心いたしました』
「おそらくなんだがポリメティスにAIとしての思考、その方向性はあまりないはずなんだ。だがアーサーとモーガンはそれを逆手にとって利用している気がする。トラクタービームなんてのも引っぱり出してね」
『アーサーとモーガンに何か企みがあると?』
「アシアがしきりに胡散臭いといってくれてたしね。さすがに俺でも気付くさ」
アシアがツッコミめいた指摘は明らかな警鐘だった。
聞き流すほどコウも野暮ではない。
『伝わっていて何よりよ』
アシアもほっとしたようだった。
幻想兵器が由来となった精霊や幻想動物に左右される指向性を持つなら、用心は必要だろうとアシアは実感している。
アーサー王伝説に関わる人物も同様だ。円卓の騎士は決して聖人君子の集団ではない。
『モーガンは様々な伝承の集合体。それゆえに極端な二面性を持ちます。アーサー王最大の敵と称されながらも、亡きアーサー王が蘇るその日まで支える癒やし手としての側面。ケルトの戦神と湖の精霊としての面』
『コウは彼らの意図をどう思われますますか?』
「惑星リュビアを守るという言葉は嘘じゃないはずだ。俺が技術解放する際、近接戦が主体とまでいかなくても重要になるような方向性にもっていったような流れを創りたいとか」
『流れですか』
「平和を守るためには敵もいるだろう? 侵略者はもう撃退済みだ。テラスはそのために必要だろう」
『どうしてそう思うのですか?』
「ポリメティスの能力をもっとうまく誘導可能ならもっとほかに方あったんじゃないかという疑問があった」
『彼らだけではポリメティスは力を貸してくれなかったのかもしれないね。あの様子だと観測結果とコウを招くことには協力したみたいだけど。AIたちは人間を必要とするからそこだけは利害が一致したんだろうな』
人に寄り添うことを目的とするネメシス星系のAIたちにとって、人間を招くという目的なら自ら動きだすこともあるだろう。
とくにポリメティスは二万年という永い年月、あそこに転がっていたのならなおさらだとアシアは理解できる。
「人間。そして彼らには存在理由が必要だ。それは守るべき人々であり、外敵かなと」
『その件については私にも痛いところですね』
彼女もまた技術解放を通じて自らの必要性に準じ、惑星アシアを支配したストーンズに対抗するという意図もありコウを導いた。
行動原理と存在意義は重要な事柄だ。アストライアはその点については否定しない。
「アストライアとはまったく違うよ。あの頃の俺は右も左もわからなかったじゃないか」
若干辛そうなアストライアに慌てて言葉を選ぶコウ。
『そうね。あの頃のコウに
『それはアシアも同じでしょう?』
『へへ。ばれてるね!』
コウは自分のことながら不思議なものだと実感する。戦車と装甲車を区別する知識もないあの頃の自分に、この二人は賭けたのだ。
「アシア大戦、尊厳戦争における俺を知っているのと転移したばかりの俺とじゃ状況が違う。アストライアの善意と好意は疑うはずもない。アストライアの機能をどうか今以上に活用しないと、と常々思っている」
『そこまで言いますか。おだててもお説教は短くなりませんよ』
「本当だって」
コウはかすかに笑い、アシアにも話し掛ける。
「俺とアシアが感じた違和感の正体は不明だ。人々を守ることに偽りはないと思う。その先が見えないんだ。壮大な自作自演、は疑いすぎだろうけどね」
『そういうことでしたか。彼らの存在意義のためにもテラスは必要であることは明白です、何らかの対立構造を継続させたいと考えるのは自然でしょう」
「不毛だと思うけどね」
『人類史には往々にして存在していました。紛争地帯、領土問題の解決を意図的に後回しにして仮想敵国と戦略的互恵関係を模索し解決せずに残すのです』
「たとえばアウラールたちは人間を守るのに必死なんだよ。それがわかるから、余計にあの二人の意図が読み取りづらいんだ」
『アーサーもモーガンも移動不可能でした。ならコウを使って意図通りに動かすほうが最善でしょう』
「どのみちレルムが拠点になるんだ。それこそ互恵関係になるといいんだが」
『アーサーはともかくモーガンがね……』
アシアはアストライアと違いモーガンと一切連動していない。確認する術もないのだ。
『レルムのモーガンは私と同種の存在。移動こそできないですが巨大工廠を管理するAI。移転開始後にその真意もわかるでしょう』
「アルゲースの同型機もいる。危惧すべきはテュポーンが封印されているとのことだが……」
『むしろ安全でしょう。あの場所に攻撃を仕掛けるものがいるとは思えません』
「そうだな。最重要封印区画だったからこそ、ヘパイトスの残骸も見つからなかったとアーサーたちも推測している」
『でしょうね。そこに残骸があるとしっていた組織がいたとしても手を出せたかどうか不明です』
アナザーレベル・シルエットが封印されヘパイトスの残骸が安置されている遺跡など、全面戦争が起きても仕方ないレベルだ。
第一発見者は事実上コウとなる。
『アーサーたちが幻想兵器として目覚めたのか先か、ポリメティスがアーサー達を誘導したのか。そこはわからない。だけどリュビアが生み出した幻想兵器が契機になったことには違いないわ』
「ふと思ったけど、おそらくバステトと合流はアーサーの想定外だった気がするんだよな」
『そう思わせることがあったのですか』
「アーサーは『ウーティス。何故彼女と一緒にいる!』といったのさ。それだけだけどね」
『確かにいっていたね。アーサーはアイドロンでも最高性能を持つバステトの存在を知っていた。自分と同じアナザーレベル・シルエットが元だということも』
『何故、ですか。確かに人類の味方なら合流を喜ぶべきでしょうね。五番機とリンクしてその状況を確認してもよろしいでしょうか』
「もちろんだ」
アストライアはその時の状況を確認し、分析する。
『通信記録にも「まさか彼女が?」とバステトのほうからコウへの要求があったことに驚愕していますね。――セトの破壊を執拗に進言したのはアーサー。そして反対したのはバステト。これだけで嫌疑をかけるには不十分ですが』
『アーサーはアイドロンが邪魔だった? もしくはテュポーンとの連動機能が何らかのかたちで必要だったと』
『そこまで断じていいものか。アーサーたちにとってバステトは自作自演に邪魔ではありましょう。やはり警戒はすべきでしょうね』
「テュポーンか。人類の敵じゃないなら一度話し合ってもいいと思うんだけどな」
『危険すぎるよ!』
「わかっているよ。話し合いに行くほど無謀じゃない」
コウは二人を安心させるため約束した。テュポーンの居場所すらわかっていないのだ。
『コウ。一つ質問をよろしいでしょうか』
「なんだい。あらたまって」
『ポリメティスの技術。そしてテラスや開拓時代の部品を使って五番機を強化しようとは思わなかったのでしょうか』
「そのことか。まったく思わなかったよ」
『理由が?』
「補給も整備もできない兵器など芸術品。ケリーに教わり、俺自身も自覚している言葉だよ。テラスの部品を継ぎ接ぎして五番機を強化したって、それは惑星アシアでは整備できない代物だ。リュビア滞在期間限定ではいいが、わざわざ構築するにも時間がない」
『そういうことでしたか』
「あの陽電子砲だってそうだ。俺が引き出せる技術はゼロ。レルムのなかに残っていた、俺の権限で扱える部品をポリメティスが指定してくれたから寄せ集めただけさ。製造は技術制限がかかっているから無理なんだ。アーサーはそこを勘違いしていたようだけどな。迂闊な幻想兵器だ」
『なおのことアーサーは欲します。是が非でも』
「レルムのなかの部品とテラスの残骸から回収したらある程度は可能だろう。ただポリメティスも言っていたらしいよ。そう何度も使えるものじゃないと」
『ポリメティスもこの時代に反物質兵器の復元は慎重だったの。いわばマルミアドワーズは儀礼用の兵器だったの。それをいきなりフルパワーで使用したら壊れるに決まっている』
「フラックは良い仕事をしたな」
コウは苦笑した。強引な契約を強いられたフラックには申し訳ないと思っている。
「アーサーには使い勝手のよい武器を構築するさ。アーサーには惑星リュビアを守ってもらわねばならないからな」
『次の武器は?』
「携行型荷電粒子砲かな。アーサーのリアクター性能は宇宙戦艦以上。エクスカリバーと名付ければそれらしくなるだろう。そのときはアストライアも手伝ってくれ。出力の上限設定など調整したい」
『承知いたしました』
「やるからには全力だ。俺が手を抜いたところで高性能AIであるモーガンやアーサーにはすぐ見抜かれるだろう」
『それであの陽電子砲だったわけですね』
「そういうこと」
コウはようやく言い訳できてほっとしたようだ。自分が何をしたか自覚はあったようでアストライアも納得した。
「いよいよレルムへの移動だな。ここからが本番だぞ」
『そのようです。友軍とはいえ彼らはトライレームではありません。気は抜かないようにしましょう』
いよいよトライレーム艦隊がレルムへ移動する。
この惑星にとって重大なことだった。
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