後方機銃?! ナンデ!

「コウ。アルビオンからの援軍が次々とくる……」

「なんで声が疲れているんだ。味方だろ?」

「間違いなく。あんなもの敵が使うはずないから」

「次は何がきた?」


 自走爆雷の『うなぎのゼリー寄せ』がレールの上を走っていたときは、コウも軽いショックを覚えた。

 あれ以上のものが来るのだろうか? と。


「その目でみたほうが早いよ」


 エメはそっと眼を反らした。いいたくないらしい。

 映像が転送された。


 遠くから聞こえる、甲高い金属音に似た笛の音。

 どこか郷愁に駆られる、懐かしい響きだった。


「え? 汽笛?」


 ウィスが切られたレールの上を、漆黒の塊が疾走している。


「そう。蒸気機関車SL


 女神ブリタニアのエンブレムが輝く、蒸気機関車が並列で二両で走行してきた。

 それは宇宙戦艦と戦闘中とは思えない、とても現実感のない光景だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 


「おい。蒸気機関車SLかよ…… 敵は空母を空に飛ばしているってのに」

「蒸気機関とリアクターのハイブリッドだな。あれなら電力がなくても動けるし、まとめて運ぶなら便利だ。何故蒸気機関かは不明だが……」

 

 建築工兵部隊は鉄道マンが多い。ざわめきが起きた。

 鉄道網責任者のテツヤと、前線を指示する隊長のユウマも立ち上がる。


「こちらで物資を渡しにくるらしい。シルエットで準備するぞ」

「了解です」

 

 到着した機関車の荷台には弾薬等の補給物資が牽引されていた


「補給物資をもってきました! 戦力としてはアルビオンマークⅠ戦車も複式線移動ですが軌陸車としての機能を持っています。五十輌向かっています」


 降りてきた猫型ファミリアが伝えた。


「ちょっと待ってくれ。これは蒸気機関車?」

「はい。高度蒸気機関技術アドバンストスチームテクノロジー採用の外燃機関です。リアクターでも動きますが、パワーパックが破壊された状況での物流維持を想定しています。その時の燃料は主にバイオ燃料、非常時には軽油や石炭です」


 21世紀でも蒸気機関の最新研究は続いている。主にエネルギー効率の上昇や低二酸化炭素無排出技術などだ。自動ボイラーによる作業員の無人化技術などもある。

 これらの技術が応用されている蒸気機関車だったのだ。


「蒸気か…… ディーゼルでもないんだな」


 蒸気機関は一度水蒸気を作るという工程が増える分効率が悪い。

 内燃機関を使ったほうがエネルギー効率がよく、蒸気機関車が廃れた歴史を知っているテツヤは感嘆した。


「ディーゼル機関車ではなく蒸気機関車である理由は、作るのが楽だったそうで」

「構築技士は間違いなくイギリス人だな」


 蒸気機関やディーゼルにこだわっていた国は英国と米国、スイスなど21世紀に入っても実験や製造している。効率には叶わないので実用化は難しいが、研究は続けているのだ。


「蒸気機関は最新ですよ。無炎セラミックヒートセルを採用で、無煙燃焼で蒸気を作り出せます。本来なら煙はでませんから、煙と汽笛はダミーです。雰囲気重視らしいので」

「よくわかっている構築技士が作ったんだな。雰囲気は大事だ」

「空気から水を精製する装置もありますから。マルジンさんがいってました。燃費はよくないけど非電化区間が発生した場合に備えて作っておいたそうです」

「何から何まで俺達はAカーバンクルのウィスに頼り切りだったもんなあ」


 テツヤは反省した。非電化路線対応車をビッグボスに進言すべきだったのだ。


「僕達は戦闘機に機種転換しますので、あとは貴方たちにこの機関車を任せます」

「おい! いいのかよ?」

「もちろんです! どこに何を運搬するかは戦闘中の皆さんのほうが詳しいでしょう? 建築工兵の鉄道部門の皆様なら安心してお任せできます」

「ありがとよ!」


 ユウマが降りてきた猫型ファミリアに尋ねる。


「なあ。聞いて良いか。まだ援軍はきてくれるのか?」

「もちろんです! ほら空を見て」


 奇妙な形の戦闘機の編隊が飛んできた。

 

「これは頼もしい」

「あとは激怒しながら走って来てくれるはずです」

「激怒しながら走る?」

「ええ。思いもよらぬところからの一撃というヤツです。あ、これは内緒でした! ではこれで!」


 基地はもうないはずだ。

 上の戦闘機はどこからきたのか。そして激怒しながら走ってくるものとは何なのか。

 ユウマにはわからないままだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 可変機アルラー中心で編成されたアルゴフォース制空部隊に突如思いもかけぬところから襲いかかる戦闘機群が現れた。

 見たところただの単発の戦闘機に見える。


「あいつらどっから来たんだ!」

「俺らを無視して突き進んでいったな。後ろに回り込んでミサイルで確実に撃墜しよう」


 アルラー隊は小回りが利く。

 謎の戦闘機部隊の背後を捉え、トリガーを引こうとした瞬間――


「うわぁ!」


 戦闘機の背後に二門のガトリングポットが搭載されていたのだ。

 同時に発射され、蜂の巣になる。


「後方機銃?! ナンデ!」


 あまりの衝撃に声がうわずるパイロット。

 生き残ったものも理不尽な攻撃に絶叫しながら墜落した。


 ありえない場所についている、尾翼付近の左右に二門装備された強力な大口径ガトリング砲。

 ドラムロールしながら回避行動を行い、追尾して上昇しようとしたところガトリングを乱射され、瞬く間に機体の装甲が削られる。


 背後を取ろうとした別のアルラーも蜂の巣にされた。

 後方、どうみても前方には射撃できない。ありえない兵装だった。


「アルベルト様! 大口径の後方機銃を二門も積んだ戦闘機が現れました! 近寄れません!」

「後方機銃だと? かつて英国で後方に向けた機銃しか積んでいない戦闘機があったな。前方に回り込め! 前方に向けては撃てないはずだ!」


 アルベルトは地球時代の兵器には詳しい。後方機銃しか搭載していない迷機と呼ばれた戦闘機を彷彿させ、そう指示した。


「了解です!」


 アルラー編隊はアフターバーナーを使い大きく旋回。戦闘群を正面に捉えた。

 隙だらけになるが前方に向かって射撃はできないのだ。真正面にさえ回り込めばミサイルと機関砲で確実に止めを刺せる。


「え? なんで?」


 驚いたのはファミリアたち。

 大きく旋回し、ミサイルも撃ってこない敵。隙だらけだ。


 この戦闘機は可変機シルエットのバザードを元にした垂直離着陸機バーンアウル 。

 反動の多い後方専用重ガトリング砲。逆転の発想で反動を加速の補助に使おうと設計されてしまった戦闘機だ。


 もちろん加速効果など僅かしかないが、飛行を不安定にし、敵攻撃を回避しやすいというメリットもある。

 後方機関砲は本来対地用。地上にいるシルエットや戦車を攻撃するための装備だ。

 

「発射!」

 

 ファミリアたちは正面に移動しきる前に攻撃することにした。 


 ウエポンベイに内蔵された小口径レールガンと対空ミサイルを発射する。むろん前方の敵を攻撃するためだ。

 真正面から直撃を受け、アルラーは次々と撃破されていった。


「なんであの人たち、わざわざ大きく旋回して真正面に回り込んだんだろう?」

「まさか前方に武器がついていないと勘違いした?」

「そんな馬鹿な。人間の考えることはよくわからないね」


 別の意味で理解に苦しむファミリアたちだった。


 その理解もまた、アルゴフォースを苦しめる。アルベルトに再び連絡が入る。 


「敵戦闘機! 前方に発射する攻撃兵装を積んでいるとの連絡が!」

「なんだと! ありえん!」


 驚愕した。後方機銃戦闘機が前方に武器が付いているなど、想像しえなかった。


「アルベルト様」

「なんだ」

「戦闘機の前方に放つ兵装が装備されていることはそんなに驚くべきことなのでしょうか?」

「……」


 アルベルトはしばらく考え、右手で顔を抑え、左手で手を振った。


「私はいささか疲れているかもしれんな。普通通り戦えと伝えておいてくれ」

「了解いたしました」


 大きくため息をついて呟く。。


「前例主義はいかんな。だがなんでこんな前例が歴史に存在するんだ? 私のせいじゃないぞ!」


 実在する理不尽な戦闘機。八つ当たりとはわかっていても、ぼやきは止まらなかった。


 

 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 


「アルビオンの戦闘機『バーンアウル』部隊が空域到達。援護に入りました」

「ありがたい! でもどこからだろう?」


 アシアのエメからの報告にコウは疑問を抱く。 

 シルエットベースのカタパルトは現在秘匿中であり、使われた形跡はない。


「確認しました。現在は運用を停止している、名も無き即席基地です(※八十話参照)」

「あのダミー基地か! 懐かしいな。確かにあそこからサンダーストームを飛ばしたんだっけ」


 金属水素を使った垂直離着陸重攻撃機サンダーストームをブルーに頼んで初運用した場所。

 P336要塞エリア攻略の際には最前線基地でもあった。


 現在はP336要塞エリアに直通で往来できるので使用されていないはずのダミー基地。

 休眠状態ではあるが滑走路や地下通路と繋がっているシェルターはそのままのはず。維持はAスピネルのリアクター一基のみでコストもかかっていない。

 シルエットベースからは直通で繋がっている、確かにこのような状況では役立つ基地だった。


「後方機銃で追尾している敵を撃墜している……」

「後方機銃? なんで後方に向けて機銃がいるんだろ」

「私に聞かれてもわからないよ」


 アシアのエメの抗議ももっともだ。理由は構築した本人しかわからないだろう。

 映像にはバーンアウルに真後ろに付いた敵戦闘機が二門の大口径機関砲で蜂の巣にされている。アルラーは戦闘機型では装甲が厚い部類とはいえ、ひとたまりもないだろう。


「同時にあの場所から大量のパンジャンドラムが群れを為して走ってる」

「なんで?」


 コウもなんで、としかいいようがない状況である。

 あまり深く考えたくなかった。


「だから私に聞かない。機種確認完了。これは大陸横断型自走爆雷『メロス』。最初からP-MAXを使ってる短期決戦仕様」

「いきなり激怒してるのか」

「P336要塞エリアを大きく迂回しながら反時計回りで、大量のアレが凄い勢いで転がってる」

「反時計回りということは、北部から大回りして南部の敵降下部隊の背後を襲うつもりだな」


 大陸横断パンジャンドラムであるメロスでは精密攻撃は不可能だ。

 目標地点に到着後、でたらめに転がるだけである。


「効果的な攻撃ではないけど、時間稼ぎにはなる。それが狙いだと思う」


 ストーンズの降下機兵たちは対処せねば被害は広がる。電磁装甲を採用しているメロスを簡単に撃破できない上、一定のダメージを受けると大爆発するのだ。

 確かにダメージは与えることは厳しいが、敵兵もこの爆雷を対処しなければいけない。


 アルゴフォースのパンジャンドラム対策はネットで捕まえて誘爆させるという手法だ。

 不規則に飛び跳ねるものが多い。動きを止めることが先決だ。数々の苦い思いをして編み出した対処法でもある。

 アンチパンジャンドラムウエポンは車両。アルゴフォースは用意していない。


「構造が簡単とはいえ、メロスと認識できるレベルで構築できるのは一人しかいない」

「うん。私もあの人だと思う」

「マルジン。発狂したSAN値0戦術家だっけ。きっと本人が名付けた名前じゃないな。ぴったりだけど」

隠者ハーミツトだよ。英国の勝利を予言したから予言者と戦術家の面もあるってだけ」

「あんな構築技士が二人いたら怖いと思うな……」


 コウはそういうのがやっとだった。少し生温かい視線を背後から感じるのは気のせいだろう。

 私の目の前にいるのに、と言わない優しさを持ったアシアのエメだった。

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