プロメテウスからの贈り物――フェンネル

 アストライアを旗艦とする空母打撃軍とアルゴナウタイの空戦は熾烈を極めていた。


 戦闘機エッジスイフトだけではなく、駆逐艦や巡洋艦もよく戦っている。

 これらの艦もMCSで動いている。極めて少数の人員で動く。アストライアに随伴するために潜水能力があり、戦闘時には船体を半分ほど沈めることもできる。


 アストライアも武装が備えられている。

 60ミリガトリング砲を対空砲に転用した近距離防御用対空兵装。同時に対空ミサイルも発射できる防御兵装だ。だが射程は短い。

 対戦闘用の大型レールガンが二門。

 

 汎用のミサイル発射機は対空と対潜兼用だ。各箇所八カ所装備してある。

 そして通常の艦では装備できない大口径レーザー砲を四問用意している。全長800メートルを超える艦には、やはり強力な防御兵装が必要なのだ。


 大口径レーザーの管理を行っているのは、ポン子だ。この二問を個別管理することにより、通常より性能が上昇する。エメを守るための戦闘においては、彼女の能力はファミリアと遜色はない。

 他のファミリアたちもエメの方針に従い、それぞれ防御兵装を操作していた。


「航空優勢を取られた、か」


 エメが呟いた。徐々に包囲網は狭まっている。

 航空優勢があちらにあるということは、エッジスイフトの補給が困難になったことを意味する。


「ここまで持っただけ上出来だ。皆、よく持ちこたえてくれている」

「ええ、本当にそう思う」


 師匠との会話する。 こちらの被害も大きくなっている。

 

「アストライア。弾切れの子たちは、可能なら通路甲板から回収を。できる?」

『できます。二機回収、二機発進となります』

「それでいい。アプローチ・コントローラーに指示を」

『了解しました』


 アプローチ・コントローラーにより、着艦希望のエッジスイフトを船体の指定位置に指示する。拘束ワイヤーが機体を捉えると、アストライア艦内に引っ張り込むのだ。

 先端の電磁カタパルトより、補給を終えたエッジスイフトが発進する。

 第一甲板が屋根となっており、空爆から発進、着艦する戦闘機を守っているのだ。


「まずい…… 敵目標、周囲の巡洋艦と駆逐艦に回っている。被弾状況を確認。航行不能となる前に潜水して逃げて!」


 対空弾幕の激しさに、周囲の護衛艦からの排除に移ったのだ。

 大威力の対艦ミサイルに耐えるほどの防御力はない。MCSと同じAスピネルを動力とするリアクターなのだ。装甲厚といってもたかが知れている。


 しかし、どの護衛艦も潜水せず、対空戦闘を行っている。


「みんな……」


 それぞれ護衛艦には、MCSに二人しか乗っていない。被弾し浸水してもダメージコントロールなど出来ないのだ。

 彼らのことを思い、胸を締め付けられるエメだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「エメちゃんが退避しろってさー」

「きょひー」

「おなじくきょひー」


 防空護衛艦に乗っているのは、二人のハリネズミ型ファミリア。エメと仲が良かった二人。チック君とタック君だった。


「でも、もう持たないよー?」

「囮になろっか」

「そうだね。リアクターが破壊される前に。もう限界だよー」

「囮もできないぐらい。轟沈予測、三分後」


 そこで彼らは一瞬体を震わせる。

 彼らの体が光り輝いたのだ。


「これは…… MCSと完全リンク?」

「スピリットリンクシステム発動だって!」

「機体性能あがるみたい。発動!」

「アラート出てるよ? 発動したら僕たち死ぬって。でも今の状況、関係ないよね」

「関係ないよ!」

「エメちゃんを守るよ!」

「守るよー!」

「エッジスイフト隊! 当艦はアストライア近海より離脱。当艦に集中する敵機の撃墜をお願いされたし! 十分は持ちこたえる予定!」

「了解だが、お前たち、何をするつもりだ! おいこたえろ!」


 応答した鷹型のファミリアも異常事態に気付く。彼らの体が輝いているのだ。


 船体の機動力が増す。レーザーは規定の出力以上の性能を発揮し、次々とコールシゥンを撃ち落としていく。


 光り輝く防空巡洋艦。それは最後の灯火を思わせた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「チック君? タック君? 何が起きているの! 早く脱出して!」


 エメが叫んだ。今ならMCSを海中投下すれば、助かる可能性が高い。潜水艦の友軍はたくさんいる。


 彼らが乗る防空巡洋艦が、信じられない機動を発揮し、敵機を撃墜。アストライアから離れていく。

 集中砲火を受けているが、機体にまったくダメージを受けていない。アストライア並の防御力になっている。


『異常事態発生。防空巡洋艦のウィス出力がAカーバンクル並に上昇。機動力、限界性能突破。解析不能』

「どういうことなの!」


 アストライアが解析不能とは、想像を絶する事態だ。


『不明です。いや、ファミリアが――おのれ、プロメテウスか!』


 アストライアが憎々しげな声を発する。あまりにありえない事態。


「教えてアストライア。何が起きているの」

『チックとタックはMCSと完全同調し、リアクター性能を限界にまで上げています』

「それって」

『ええ。そんなことをして、テレマAIコアの処理能力とファミリアの肉体が耐えきれるわけがありません。コアがショートします』

「止めさせる方法はないの?!」

『ありません』


 彼女たちが会話している間も防空巡洋艦は一人、囮となって孤軍奮闘していた。

 そして、完全に停止する。

 MCSのコックピットが映し出された。


 人形のように停止した、チック君とタック君がいた。

 目を見開いたまま、ぴくりとも動かない。


 その光景も数秒。すぐに爆発が発生した。


 リアクターを破壊され、船体が折れ曲がる防空巡洋艦。


『防空巡洋艦、轟沈を確認。データ回収完了。スピリットリンクシステムというものが発動したようです』

「初めて聞く……」

『私も初です。機体限界に近いダメージを受けた場合のみ発動可能。フェンネルOSの処理をファミリアと同調させ、先ほど言った効果をもたらします』

「いらない! そんな効果!」


 エメの魂の奥底から迸る、初めての絶叫。


『当然です。――発動条件はもう一つありました。あなたに対する親愛の情です。あなたを守りたいという思いが、スピリットリンクを発動するのです』

「いやぁ……」


 エメは思わず顔を覆った。

 むしろ、その方が耐えられない。なんて残酷なことをする神様なんだろう、プロメテウスは。本気でそう思った。


「アストライア。スピリットリンクを使わせないよう制限、皆に指示を」

『無駄です、そういう類いのものではないのです。これは発動してしまうものなのです』

「くっ……」


 歯を食いしばるエメ。


『これがプロメテウスの贈り物。プロメテウスの火の一つ。MCSとファミリアに関するものだとはわかっていましたが、このような効果だとは……』


 以前解析を試みたプロメテウスからの贈り物。


「プロメテウスの神話だ。プロメテウスは人類を哀れみ、盗んだ火を巨茴香オオウイキョウ――フェンネルの茎の髄を火口にし神々を欺いて、鍛冶の神から火を盗み人に火を与えた。だが、その火は大いなる争いの数々を生み出した。フェンネルの名を持つOS。決して利点だけとは限らない、か」


 師匠がプロメテウスの話をエメに聞かせる。


「彼らの思いが、機体を動かしたのだ。ファミリアである私にはよくわかる。例え魂が滅しても君を守りたかった」

「こんなの……コウだって絶対喜ばないよ……」

『はい。プロメテウス、フェンネルになんてものを仕込むの。ファミリアからすれば守りたいものを最後まで守る、最後の願いの灯火。――守られる方の身にもなりなさい!』


 あのアストライアが、怒りをもってプロメテウスを糾弾する。


 そういっている間にも、次々と周囲の艦隊が光り輝く。ウィスの出力が上がっていく。

 彼らもまた、エメを守るためにスピリットリンクを発動させているのだ。


 コアの回収さえ出来ればファミリアは再生できる。だが、これはコア機能そのものを殺すシステムだ。もう、二度と逢えないのだ。


「みんな…… ごめんなさい…… ありがとう」


 初めて彼女は、涙をこぼした。


「みんなを巻き込んだのは私。浅はかな私のせい。負けられない。ありがとう。私は負けない。みんなを、守る」


 歯を食いしばり、決死の形相で彼女はエッジスイフト部隊に指示をする。

 一秒でも、この戦場を維持するために。 

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