ダメージ・コントロール
「アシア! どうなっているんだ!」
MCSでコウが叫ぶ。
エメたちの会話が聞こえてきたのだ。
「ファミリアの命を犠牲にし、兵器性能を向上する。そんなシステム、あってたまるものか!」
エメにとって、命を失うより辛い事態になっているのだ。
コウには痛いほどわかる。ファミリアはヒトなのだ。兵器ではない。
だが、このシステムは明らかに呪いの類いだ。
『いったでしょ。コウ。あいつを信用しちゃだめって。神話の由来。その名がプロメテウスからの贈り物。
「こんなものが普及したら、ファミリアが兵器に……」
『それは大丈夫。トリガーは絆。絆がない相手がいない場合は発動させることができない。機体限界でもないと発動できない。これはむしろ死にゆくファミリアの願いに呼応した贈り物なんだと思う』
アシアが力無く答えた。ファミリアがそう願う気持ちは誰よりもわかるのだ。
「く……」
「コウ。それは仕方ないぜ。俺だって発動する。っていうか発動しちまうと思う」
ヴォイが通信に割りこみ、コウを宥める。彼は怒っても、悲しんでもいなかった。ただ、受け止めていた。
「ヴォイ! 絶対お前は発動させるなよ?」
「無茶いわないでくれ。発動するに決まっているだろ? 俺はヴォイなんだぜ。それが答えだ」
ヴォイは断言した。チックとタックがスピリットリンクシステムを発動するのも当然と思っている。本当は自分が代わってやりたかった。
三分ももたないで終わるところを、十分以上持たせたのだ。それだけあれば、多くの敵を撃墜できただろう。
「すべてのMCSに、といっていたか」
『そうね。言ってたわね。すべての、プロメテウスからの
「エメ……」
遠く、一人で戦う少女を思う。何も出来ない自分が恨めしかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
防空巡洋艦は既に全艦轟沈した。
護衛駆逐艦も一隻、また一隻と轟沈し、ついに残り二隻となった。
アストライアに投下される対艦ミサイル。
アストライアはよく耐えているが、大威力の攻撃を受け続けるとなると話は別だ。
「エメヲマモル」
ポン子も砲撃手として参加している。
敵戦闘機などたった一人の女の子の命を奪いにくる、薄汚い害鳥にすぎない。
「や、やめてくれ。なんて正確な照射を。も、もう持たない!」
コールシゥンのパイロットが悲鳴をあげる。普通なら外れるはずの熱線が、食らいついて離れない、。
ポン子はレーザー砲を駆使し、照射し続ける。大口径のレーザー砲には、電磁装甲で防ぐには限度がある。炙られつづけたところが溶解し、爆発していく。
だが、ポン子は深追いしすぎた。
一発の大型ミサイルが着弾する。照準をそちらに向けたときはすでに遅かった。
船体が大きく揺らぐ。
「何?! 凄い威力………」
『大型爆撃機まで引っ張り出してきたか。対艦弾道ミサイルです。これは迎撃も厳しいです』
直径1.5メートル。全長10メートルを超える巨大ミサイルだ。飛翔速度はマッハ15に達する。アストライアの対空システムといえど迎撃は困難だと思われた。
「爆撃機。エッジスイフト、爆撃機を優先して。いや、違う。それが狙い…… 対空戦闘引き続きに訂正。爆撃機は数人が向かって。対艦ミサイルは対空砲で対処」
要撃機の最大の目的は爆撃機撃破だ。エメはそれを陽動、囮の類いとみた。
エッジスイフトの何機かは迎撃に高度に上がるが、他のものは対空戦闘を維持する。
巨大な対艦弾道ミサイルが爆撃機から投下されたのだ。これは要塞エリアに対しては使用禁止レベルの威力。
だが、アストライアは要塞エリアではないのだ。使用は許されるだろう。
『通常の対艦ミサイルもとんできます。こちらはワイヤー誘導。ウィスを通して貫通力を上げてきています』
「エメ。ウィスを使っているワイヤー誘導のほうが危険だぞ。射程も三十キロはありそうだ」
「わかってる。ワイヤー方式が本命。ワイヤー誘導の対艦ミサイル迎撃急いで」
爆発力は弾道対艦ミサイルのほうが高いが、本命は貫通力を高めたワイヤー誘導型式の対艦ミサイルにある。
一度装甲を抜かれると、そこから脆くなる。
「ここにきて投入する、か」
『防空艦と要撃機が減少したことにより、爆撃機を投入してきたようです』
対艦ミサイルで重要なのは貫通力と爆薬の威力。二十一世紀なら戦艦より装甲が薄い空母などを相手に、より防御が薄い場所を狙う前提の運用となる。
だが宇宙航行可能であり、宇宙塵や隕石落下にも耐えうる宇宙戦闘艦はどの部位の装甲も強靱だ。その装甲を抜く、対艦攻撃は常に研究されている。
駆逐艦二隻では死角も多く存在する。多数の編隊による対艦攻撃をもって、直接アストライアを攻撃する戦術に切り替えたのだ。
「さきほどのワイヤー誘導型ミサイル解析急いで。対艦弾道ミサイルの迎撃優先順位も注意。ワイヤー誘導型は優先最大」
『了解しました』
「あと一時間もあれば…… きっとP336要塞エリアが優勢を取れるはず。それまで持ちこたえないと」
だが、エメの予想は良い意味で裏切られた。
五分後、バリーから通信が入る。
「エメちゃん! こちらは航空優勢を確保。地上部隊も安全に展開できる!」
相当頑張ってくれたのだろう。エメもアストライアも想定外の早さ。
「助かります。バリー司令」
「それはこっちの台詞だ。早く潜水して逃げてくれ! 数千対百機じゃ無理だ!」
エッジスイフトも少なからず撃墜されている。敵の数が桁違いだ。性能だけで優位性は埋められるモノではない。
現在、交戦中のエッジスイフトは百三十機。だが、時間経過するにつれ減っていくのは間違いない。
敵機の数も二千を超えるのは間違いない。
「まだです。このまま潜水すると、この数の航空機がそのままそちらに向かい、制空権を確保されてしまいます。敵の狙いはそれもあるのです」
敵も無能ではない。確実にアストライアを仕留めるだけの戦力を用意してきた。彼女たちが今逃げたら、この数の戦闘機がP336要塞エリアを強襲するだろう。
「しかし!」
「もう少しだけ持たせます」
「ええい! 俺たちがそちらに行く。もちこたえてくれよ!」
「先ほどもいいました。邪魔です。間に合いません。そんな暇があるならP336要塞エリアを守ってください」
通信を切った。バリーの言うとおり、潜水すればきっと逃げ切れるだろう。だが、それは敵の思うつぼ。そのままその数でP336要塞エリアの制空権を奪うだけなのだ。
そのためにも粘る必要があった。
「まだ戦える」
エメは、諦めずに上空のエッジスイフト部隊に攻撃タイミングの指示をだす。
だが、敵も次々と手を打ってくる。
「対空兵器、潰されました。あと残り、四つです」
ファミリアから報告が次々に入る。
再び強い衝撃。衝撃に強いはずのMCS型操船室も大きく揺れた。
「左舷、一部破損しました!」
「被害状況確認。浸水は軽微。該当区の隔壁閉鎖。ダメージ・コントロール急いで!」
エメが被弾破損箇所を確認し、続けざま指示する。
強固な宇宙艦の装甲をついに貫通する。
「了解! 防水作業移ります!」
「こちらクワトロシルエット隊、応急作業入ります!」
船体ダメージなど覚悟の上だ。
「敵可変型シルエット多数確認! 甲板に乗り込んできます!」
悲鳴に似たうさぎ型ファミリアの通信。
「艦内放送に切り替え。総員、艦内戦闘用意。ファミリアは潜水艇で避難ができるように。セリアンスロープのみんな、お願い。守って」
「了解でっす!」
うさぎ型セリアンスロープのエイラが、にかっと笑って敬礼して通信してくる。
数少ない整備班を率いてくれているのだ。彼女には感謝しかない。アンティークシルエットを倒した功績でエポナを与えられる程の武勲を立てた彼女は本来なら前線で活躍できるはずなのだ。
エイラのエポナと作業機のクアトロがそれぞれ小太刀型のブレードを装備する。
切れ味は抜群。アルゲースが作ったアークブレイドの量産型。これを授かるだけで誉れ高い。
だが、狭い艦内にクアトロは不利なことは否めない。
「甲板に乗り込んできた可変シルエット、二十機以上です」
甲板では、エレベーター部分を狙い破壊工作が進んでいる。
「どれぐらい持ちそう?」
『一時間程度。もっと早いかもしれません』
「潜水はできないか。わかった」
エメは端末を走らせる。
「エッジスイフト部隊、帰投先はP336要塞エリアへ変更。三十分後速やかに行動せよ。艦内総員、三十分後同時刻脱出準備開始」
『エメ。同時刻にあなたを脱出させます』
「拒否します。アストライア」
多くのファミリアに犠牲を強いたのだ。自分だけ生き残るつもりは毛頭なかった。
それが例え、ファミリアたちが望んでいなくても。
『艦長の殉職は禁止事項です。二十世紀には艦長の最後離船の義務はなくなりました』
「最後まで戦うのです。殉職ではありません」
『詭弁は認めません。あなたが退避しないとファミリアもセリアンスロープも退避できません。あなたの自己満足のためにファミリアとセリアンスロープを道連れにしますか?』
アストライアははっきりといった。
その言葉はエメの急所を貫く。
「早期警戒機より緊急通信入りました! 当艦隊六時の方向。海上より当艦隊に急接近する未確認部隊あり! 機影、照合完了。該当データなし! 速度、約マッハ四と思われます!」
うさぎ型ファミリアが二人の会話に割って入る。
マッハ四以上の速度を出せる戦闘機は限られる。味方でもタキシネタのみ。敵機ではまだ確認できていない。
『六時の方向? ストーンズとはまったく逆の別大陸とは、どういうことです?』
アストライアが疑問の声をあげた。六時の方向ならば、大洋の向こう側。彼らが戦っているストーンズたちの拠点とはまったく別のパイロクロア大陸しかない。数千キロは離れているのだ。
「ここにきてさらに敵か。エメ。脱出するんだ」
「敵ならなおさら、持たせないとダメ」
師匠がエメの説得を始めるが。かたくなに彼女は拒否する。敵ならば、アストライアで引きつけないとP336要塞エリアが側面から攻撃を受けることになる。
だが、ファミリアが告げる叫びと内容は希望に満ちあふれていた。
「友軍信号あり! 味方です! その数およそ、確認できるだけで百数十機以上!」
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