ファミリアの怒り

「あらあらやーねえ。いい大人が失禁なんて」


 おばちゃん風の狸ファミリアが、モップとバケツを持って掃除にやってきた。


「奥に席を用意してますから、そちらに移動してくださいな」

「ありがとう」


 ファミリアの心遣いに感謝する。


「もうすぐお嬢さんの着替えも終わりますよ」

「コウ。エメが着替えてますので、迎えにいってあげてください」

「わかった!」


 慌てて狸おばちゃんにエメの場所を聞いて向かう。


 コウがいなくなったあと、三人が小声で会話を始める。


「あの三人組はこの要塞エリアには居られないでしょうね。ファミリアは情報が自動伝達しますから」

「間違いないにゃ。風のように怒りが伝わって、あの三人はファミリアにとって居ない存在と同じにゃ」

「でも不愉快極まりないよね。さて私達は、と。ちょっとBANGとやってきますか」


 ブルーも内心激怒しているのだ。

 にゃん汰がびっくりする。ブルーがそこまで怒っているとは思わなかった。


「うちがいくつもりだったにゃ。ブルーさん、いいの? ネレイスだと無理しなくても」

「ブルーでいい。私も怒っているの。とてもね」

「じゃあ私、残ります。撃つほうは苦手で。晩ご飯はみんなで食べましょう。あとでお店連絡しますね」

「あんただと突撃して惨殺しかねないにゃ。お店はよろしくにゃ。ブルー、行こう」

「ええ。美味しいお店期待しているわ、アキ」


 二人はフードコートを出て、アリステイデスに向かった。


 エメは着替え終わったエメを見つけ、駆けよって抱きしめ、抱え上げた。


「エメ。大丈夫か。ごめんな、俺のせいで」


 泣きそうなコウにエメはびっくりして目を見開く。

 抱きしめられた腕は、とても優しく力強い。


「コウのせいじゃない。大丈夫。濡れただけ。怪我はない」

「そうか」


 コウはエメを抱きしめたまま、しばらく動かない。エメの気持ちを思うと、なおさら吉川が許せなかった。

 エメはそれだけで、とても嬉しかった。


 二人が戻ると、アキが一人だけいた。


「あれ、二人は?」

「連絡があってちょっと戻りました。夕食はみなで取りましょうと約束しましたので、またあとで合流しますよ。エメ? いいお洋服用意してもらいましたね」

「うん。ファミリアのおばさんが」

「良かった。でも、コウ。せっかくですから、もう数着エメのお洋服を三人で見に行きませんか。時間もまだありますし」

「いいな、それ。エメ、夜まで時間もある。行こう」

「いいの?」

「いいにきまってます。私達だけだからゆっくり選べますしね。あの二人にはちょっと悪いですが」

「うん、あの二人に悪い。でも、ちょっと行きたいな」


 エメがおずおずと言った。大人数で自分の買い物だと気が引ける。でも三人ならそこまで気を遣わない。行きたいのだ。


「あの二人には後日、別途で誘うよ。三人で服を見に行こう、エメ」

「うん!」

「エメが、アキの服を選んでやってくれ」

「嬉しい提案ですね。コウでもいいですよ?」

「私も!」

「俺センスないからな……」

「関係ない。コウが選んでくれた服が欲しい」

「私もです!」


 そうして三人はエメの洋服選びに色々な店を回ることになった。

 エメはすっかり上機嫌で、その様は若夫婦そのもの。アキも内心嬉しく、尻尾がぶんぶん振られていたのは言うまでもない。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 吉川たちは後ろを警戒しながら必死に走っていた。


 話しかけようとするとファミリアの目が鋼色になる。ホラーの世界に迷い込んだようだった。

 彼らを前にすると、ファミリアが停止する。それだけはわかった。彼らを認識できないように振る舞っているとしか思えない。

 

 公共の交通機関も使えず、ファミリアがいる店全般も使えない。町中にいながら、無人の街にいるような絶望的な状況だ。

 とくにファミリアが多い要塞エリアだったことが、彼らに災いしている。


 後ろをみながら走っていると吉川が巨大な熊にぶつかった。

 蜂蜜を買い食いしていたヴォイだった。


 鼻歌を歌いながらのんきに道の往来を歩いていると、吉川たちがぶつかってきたのだ。


「お、すまねえな。前を見て走れや。兄さん。立てるか」

「くそうぜえ熊野郎! さっさと道開けろや!」

「……」


 ヴォイの動きが止まった。

 周囲のファミリアから三人に対する情報が入ってきたのだ。


 この熊だけ、周囲と反応が違った。


 瞳が灰色の単色になり、爛々と赤く光り始める。

 地響きのような音。うなり声だった。


「オマエラ……コロス…… コウトエメニキガイヲクワエルヤツ、ゼッテーコロス」


 目は赤く光り、よだれが垂れる。興奮状態に入ったのだ。

 言葉も機械のような音声となる。


 ヴォイは誰よりもコウやエメと一緒にいるファミリアだ。例え自壊しても、この三人を許せるはずがない。


 頭上にいるツバメ型のファミリアが実際に見た映像が、ヴォイに共有される。

 割れたグラス。迫るエメの頬。飛び込んだにゃん汰の機転と飛び込んだツバメのファミリアの特攻で間一髪で間に合ったもの、そうでなければ致命的な一撃だったはずだ。


 彼女のウィッグを公衆の面前で奪うなど許されない。ましてや割れたグラスで顔面殴打は悪逆非道。地獄さえ生ぬるい。幼いエメにした仕打ちを考えると、八つ裂きにしても物足りない。


 だが、その前に肉体にリミッターがかかる。人に危害を加えないための安全装置だ。

 その事実がなおさらヴォイの怒りをかき立てた。


「コロ……ス!」

「ひ、ひぃ!」


 うなり声をあげ、目を爛々と光らせながらリミッターに負けないとじりじりと三人に近寄ろうとするヴォイ。


 ファミリアに殺意を向けられたことは初めてだ。山岡と新島もその凄まじい殺意に失禁する。

 ヴォイが動けないうちに、慌てて移動する。


 三人がいなくなったあと、ヴォイの周囲にファミリアが集まってきた。


 犬や小鳥型が密接する。ヴォイの瞳がもとに戻り、リミッターも安全装置規定内まで感情も戻った。

 密接したファミリアたちが、感情負荷を分担してくれたのだ。


「すまねえ、みんな」

「お互い様だ。やることあるんだろ。いってこい、熊公!」


 ツバメ型のファミリアが片目をつぶり、ヴォイを促す。気の良い男だった。


「ありがてえ。いってくる!」

「がんばれよ!」


 ヴォイは急いでアリステイデスに戻った。熊の襲歩は恐ろしく早いのだ。


「ヴォイ。オハヤイオカエリデスネ」


 整備ドックにいたポン子がヴォイに気付く。


「コウとエメが襲われてな。多分、ブルーとにゃん汰とアキが戻ってくる。機体を用意してやらねえと」

「エ?」

「コウを殺しかけた連中がエメまで襲ってな。可哀想に町の往来でウィッグまで剥がされた。俺の情報を送る」

「トウゼンデス。ファミリアジョウホウ、キョウユウカンリョウ。――ゼッタイニユルサナイ」

「おうとも。もし三人見かけたら、機体は用意してあると伝えてくれ」

「ワカリマシタ」


 そういってヴォイは、残ったファミリアたちと一緒に機体を急いで用意する。


 それはさらなる狙撃仕様として完成されたスナイプと、にゃん汰が自分用にカスタムしたライフルを装備したエポナが二機。アキとにゃん汰の分だ。

 ブルーとにゃん汰がアリステイデスに到着したときには、すでにスナイプとエポナが出撃準備を完了していた。

 

「ヴォイ! 助かるにゃ!」

「事情は共有している。アキは射撃苦手だから来てないか。二人とも、いってこい!」


 ヴォイが目を赤くしながら言っている。


「俺のかわりにぶちかませ!」

「任せて」


 ブルーが請け負う。

 ヴォイもまた、彼女たちに負けず劣らず激怒しているのが痛いほど伝わった。


「にゃん汰。念のため。殺さないようにね」

「なんでにゃ?」

「コウが悲しむからよ。ヤツらが死んだことじゃなくて、貴女がコウのために人を殺した事実が、ね」

「うむ。そういわれると辛いにゃ。仕方ない。警告だけにしとくにゃ」

「……実は私も撃ち抜きたいんだけどね。彼らはもう、人類側に居場所はない。ストーンズ側の傭兵になるしかないでしょう。禍根を残すことになる」

「でも、コウが悲しむと」

「ええ。あいつらの命より、そちらのほうがよほど大事でしょ?」

「そうだね!」

「脚とコクピットは残しましょ。さっさとここから出て行ってもらいたいし。不幸な事故があったら、それはそれでおしまい」


 冷酷に言い放つブルーだった。

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